最大の難は味方かもしれない

▽▽▽▽

 言われるがまま裏に路地へと方向を転換する。弾丸が今さっき曲がった角を数発抉った。

「回避指示は?出せます?無くても良いですけど」

「出せる。けど多分、そんなに必要ないよ」

「ん?」

「直ぐに撒けるでしょ」

「ほお」

 断言。 

俺の片腕に引っ掛けるように背負っているバックパックが邪魔だったのか、閃鬼が押し退けた。ずり落ちたそれが邪魔しない様注意しながら背負い直す。

「あ、50㎝先左折です」

「カーナビみたいですね!もっと前に言えや!」

 普通はm単位だろ。

 急な道案内には足だけでは間に合わなくて。手も使いつつ急カーブする。示されたのはギリギリ閃鬼を抱え込んだ状態で通れる狭い路地だった。収まりきらなかった閃鬼の爪先が壁を擦る。

 指示自体はギリギリではあるが道案内に淀みはない。目的地が決まったのだろうか。

「あと高度上げて」

 決まったっぽいな。

 言われるがままに、数度の方向転換を繰り返し、


「あ」

「あ?」

 閃鬼の声に振り返った。

 こちらに向かって飛んでくる円錐型のシルエットは2つ。棚引く黒煙。鼻に付く火薬の臭い。

 遠目に何度か見た覚えのある外見ではあるが、ここまで至近距離では見たことがない。しかも自身に向かってくる状態は。

「ミ、ミサイル……」

 ヒクリと口角が引き攣る。

 腕の中、戦闘能力皆無っぽい体から上がる「うわー、すげー」という暢気な声。

 もくもくと勢いよく吹き出る煙に白く烟る向こう側。狙撃手が居るであろう地点を思わず振り返った。

 俺が想定した奴――後輩君は町中でミサイルぶっ放す程滅茶苦茶な奴じゃないと思っていたのだが。人違いか、思い違いか。はたまたこの街が滅茶苦茶な場所だから、朱に交わって赤く染まってしまったのだろうか。それはもう染料じゃなくて血の色だろ。

「っていうか閃鬼余裕じゃん!良くあるんですか!こういうこと!」

「まあ割と……」

「あるんだ!?」

 治安悪いなホント!

 そんで今までどうやって生き残って来たんだこの娘っ子は。

 方向の急転換。大きく左にルートを変える。近くの縁から飛び降りて高低差を作る。今までの小さなフェイントではなく、大きく突き放す動き。たとえ追尾式だろうと性能の悪い品なら振り切れるんだが。

「あー、追ってきてるね……」

「みたいですねっ!」

 ゴウゴウと背後から迫る、威圧感のある音に舌を打った。

「……どうしよっか!」

 腕の中から上がる弾んだ声。興味深そうにこちらを見上げてくる閃架に呆れた笑いを向ける。まさかのノープランか?

「なんで俺に聞くかな……」

「いや、あたしがなんか言ったとしても実行役は君だし……。アオがどれくらいできるかよくわかんないもん」

「あー、そうなるか?」

 納得しかけていや、やっぱおかしくないか?と思い直す。とはいえ、ここで言い合いしている暇はない。

「ってか、どっか目的地があったんじゃないんです?」

「スナイパーを撒く当てだったんだけど、追尾ミサイルは想定外で……」

「あー……」

「そっちはあと3分くらいかな」

「ふむ」

 周囲を見回すがそれっぽいものはないなぁ。いや、それっぽい、ってのが何を探せばいいのかわからないけど。

「そうっすねぇ。引きつけたミサイルをギリギリで避けて、壁にでもぶつけてみます?爆発の有耶無耶で逃げましょうか」

「追尾の精度高いけど大丈夫?大分近くまで--爆風食らうくらいまで引きつけないとダメじゃない?」

「まぁ、大丈夫でしょ。爆発範囲も何となく分かりますし……。任せてくださいっ

て。それより目的地が近いなら直ぐにでも発信機どうにかしなきゃ」

「それはあたしがやる。というわけでアオ」

「あ?」

 背中側に回した腕をもぞもぞと動かす閃鬼に「危ないですよ」と声を掛けた。まぁミサイルの邪魔にならないようにする為か狙撃も止んだことだし、大丈夫だとは思う、がッ。


「歯ぁ食いしばってね」

 ――は?


 脊髄から背骨まで、一気に引っこ抜かれた様な強烈な違和感に踏み出しかけていた足が勢いよく膝から折れた。

 撃たれた時よりも大きな振動に閃鬼の悲鳴が上がる。

 項から固形物が引き抜かれる感触に総毛立つ。頭のてっぺんから爪先に掛けて強制的に鋭くされた全神経が伸びた爪の先で引っかかれる感触。力が抜け――いや、ダメだろ。 

 緩んだ足を無理矢理前に進める。支えたのは意地と矜持だ。既に俺のミスで一発食らっている。これ以上は格好付かない。

 脹脛を弾丸が掠めた。瞬き分でも遅れたら風穴が空いていた。背筋を走った寒気がそれ以上の違和感に呑み込まれる。

 呻き声を漏らすよりも口角を上げる方を優先させる。大きく口を開いて息を吸った。

「何かするときゃ言えよ!」

 怒鳴る。

「言ったじゃん!」

 俺がここまでオーバーなリアクションをすると思っていなかったのだろう。俺以上に慌てた閃鬼が殆ど叫んだ。

「おせーし足りねーよ!」

「ごめんて!な、なんとかして!」

 しますけど!

「発信機は!?」

「外した!」

「よし!」

 詳細はわからないけど、後で良い。

 予想外の体重移動に撃たれた傷が焼け付くように痛む。その痛みを気付けに。怒声を上げると同時に腹に込めた力を全身に行き渡らせる。もう足を止めている暇は無い。

「アオ、そこのビルの間!跳んで!」

「はいはい!」

 速度を上げる。上げる。足元で弾丸が弾ける。よろめく。踏ん張る。立て直す。

 故意に作った隙。外れた弾丸を置き去りに。

 照準を合わせ直すよりも速くビルの縁を強く蹴った。

 大きく跳躍した体がビルの隙間を抜けていく。そういやこっちって市街地の方じゃなかったっけ。

 答えを出すよりも速く、視界が開けた。

「あ、ア――成程」

 元々この街は観光地として作られていた場所だ。そういう場所には全てを見下ろす高台が存在する。観覧車とか。展望台とか。

 モノレールとか。

 ビルの間を縫うように走るレールの向こう。視線は上。豆粒の様なものが高速で近づいてくる。

「あれに乗ってズラかろう、って腹か」

「当たり、だけど、間に合わないか!?」

「間に合わ、せる!」

「いやでも、ミサイルは!?」

 幸いにもすぐそこだ。地の利も悪くない。予定通り。このまま処理する。

 モノレールのタイミングギリギリだな。転びかけたことで閃鬼の計算が狂ったらしい。

 速ければモノレールに轢かれ、遅ければミサイルに撃たれる。両方とも死亡、と。 

 無茶をさせるじゃないか。良いね。今度の背筋を這いあがる震えは嫌いじゃない。

 ちらりと背後を覗き込み、タイミングを測る。緩んでいた腕に再度力を込め、閃鬼を抱え直す。ほんの僅かな減速。


 ――今。


「わっ」

 腕の中から感嘆の呟きが上がる。

 ビルの縁すれすれに頭から飛び込んだ。俺の軌道をミサイルが正確に追いかけてくる。

 一流奏者のシンバルのようにドンピシャなタイミング。ミサイルの弾頭がビルの縁障害物にぶつかるー――寸前、蛇が頭を擡げる様に縁を避けた。


「ワ―――ーーッ!!!」

「ハッハハッ!」

 見張られた碧い目がギョッと剥かれる。耳元のクソ煩い悲鳴に思わず笑い声を上げた。強く抱きしめられた閃鬼が俺に向かって身を捩る。

「ちょっ、何わらっ、ミサイルッ――」

「わーかってる」

 眼前の壁面に手を付いた。そのまま身体をビルから押し出すように体を反転させる。指先が離れる瞬間まで、通る神経の1本1本余さず意識する。力を流し込む。

 あのタイプのミサイルに付いているのは自動追尾のみではない、手動によるリモコン操作もだ。男の子は大体武器が好きなので、一目見た時からわかってる。

「だから俺もオプションパーツを使う」


 存在を創る存在イグジスト

 A4用紙程度の規模しか創作できない。異能を名乗るのもおこがましい。それでも、方向を変えたばかりで、安定していない今なら。


 ビルの外壁を材料に、A3用紙程度壁を作り出す。


「――ッ会心!」

 思わず空中でガッツポーズをかます。構造としては極単純だけれど、製作規模としては過去最高。追手に俺が異在者イグジストとバレたことは痛手だが、基本バトルでは使わないし。というか使えないし。

「モ、モノレールわぷっ」

「このまま爆風にのって跳ぶぞ!」

「ン゛ん!?」

 背後を覗き込んでいた閃鬼の頭を抱え込み、肩口に押し当てる。

 慌てたように吐き出された熱い呼吸にじんわりとパーカーが湿るのを感じる。生きてる感触だ。嫌いじゃない。

 眼鏡のブリッジが肩にめり込む。眼帯挟んでるから痛くはないだろ。

 正しくなった天地を堪能するよりも速く、思いっきりビルの壁を蹴りつける。飛び上がった背後で大きな爆発音。フードから零れる閃鬼の白髪が橙にチカチカと照らされる。。

 無形の衝撃を叩きつけられ、体がぶっ飛ぶ。服越しに伝わる爆熱に背中が炙られる。閃鬼を懐に抱え込んだ。

 瓦礫の崩れる音を聞きながら手を伸ばす。

「ッデェ!」

 バチンと平手が鉄に叩きつけられた。瞬間、凄い勢いで身体が後方に引っ張られる。

 ジンジンと痛む爪先を闇雲に立てる。今にも浮きそうな指先が辛うじて凹凸に引っかかった。

 圧、スッゴイな。今にも吹っ飛びそうなんだが!?恐らく数ある選択肢の中で、一番危険な帰路を辿ってるぞ。

 腕の力で無理矢理体を引き上げつつ壁に足を掛けようとして、ずるりと滑った。ザッ、と血の気が引く。必死に足を掛け直した。

 いや駄目だなこれ。長時間は無理だ。折を見て飛び降りよう。

「っていうかちゃんと逃げられてんの!?」

「わっかんない!」

 閃鬼の怒鳴り声が猛スピードで後ろに流れていく。

 わかんないか……。そっか……。

 掠めた振動だけでもモノレールから吹っ飛ぶな……。

 ミサイルの誤爆による土煙のせいで視界も悪いし、時速100㎞以上で移動しているから多分大丈夫だろう――ガンッ――が。

 掌のすぐ脇を弾丸が穿った。

 おっ、と……。

 

 全てを後方に押し流そうとする圧のせいで、引く血の気すらもう無い。

 あとはもう撃たれないよう祈っててね。閃鬼ちゃん。

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