戦場、初投入

「――いや、分かってねぇだろ」

「お、何だ何だ?えらく凹んでんな?」

「おう、自分の迂闊さにな」

 耳元を掠ったバレーボールくらいのエネルギー弾にうんざりしながら身体をズラし、柱の陰に隠れ直す。項垂れた頭を立てた両膝の間に埋めた。にやにやと覗き込んできた顔が鬱陶しく、鷲掴んで押し退ける。全力で楽しんでらっしゃるなクソッタレ。

 再度溜息を吐こうとした矢先、響いた轟音に黙り込む。揺れと共に頭上から降ってきたコンクリート片に閃架のパーカーのフードを摘まんで深く被せ直した。ついでにこっちへと引き寄せる。うろちょろすんな危なっかしい。

「いや、あんた、マジ、さあ」

 ぶつぶつと意味のない言葉に首を傾げる彼女から敵の方へと顔を逸らした。

 相手の数は大凡20人。約10倍。隣で余裕そうにヘラヘラしている阿呆は自称雑魚。つまり俺1人で20倍の数を相手取ることになる。それもガッチガチに武装した非合法集団を、だ。

「これなら野宿した方が何100倍もマシだったぜ」

「あら、スリルはお嫌い?」

「程度によりますねぇ」

 昨日までブッ倒れていたヤツを連れてくる場所でもなければ、一昨日会ったヤツを護衛として連れてくる場所でもない。このまま普通にトンズラしてやろうか。

 ……いきなりこの武装集団のド真ん中に朗らかに挨拶していった時はビビったが、複数の銃口が向けられる中、避ける素振りもないのは更にビビった。と、いうか動いたところで避けられないから棒立ちになっていた、の方が正しいのかもしれない。

 あわや蜂の巣にされる寸での所を俺が掬い上げ、何とか柱の陰に押し込んだから無事なものの、あのままだったら焼け死んでたぞ。

「なぁに、そんな大層なスリルじゃないさ。アオ君なら余裕だと思ったんだけど、ダメだった?」

「煽るにしても雑なんだよなぁ」

 適当な事言いやがって。俺の何を知ってんだ。それとも何だ?俺について既に調査済みか。情報屋さんよぉ。

 とはいえまぁ、普通に考えて、閃架自身にもこの場を切り抜けるだけの”何か”があるのだろう。その内訳は共有して欲しいもんだが、自分の手札は他人にペラペラ話すもんではない。俺だって自分のことを何も説明してないし、説明する気もないんだ。閃架のことを責められない。

 この突然参加させられたパーティーは俺の実力が見たい、とかそういうアレなのだろう。若しくは実はあった入社試験とか。そうでもなけりゃただの馬鹿だ。

「一昨日はボロボロになって逃げ帰る羽目になっちゃったからねぇ。今回は武力カードをひっさげてのリベンジだ」

 顔の横に掲げたダブルピースをちょきちょき動かす閃架をじっとり睨む。

 ……ただの馬鹿だったのかもしれない。

「手首以外に外傷あったんすか」

 上半身を膝の上に投げ出し、声色と同じように下から閃架を見上げる。ちょきりとピースが開閉した。

「ちょっと掠めただけだよ。ダメっぽかったからとっとと逃げてきちゃった」

「軽傷なら良いですけど。昨日手首の手当した時に言ってくださいよ……。帰ったら診ますからね」

「えぇ……」

 俺がやると言っているのに、何がそんなに面倒なんだか。

 顔を顰める閃架に溜息を吐く。流石にマズいと思ったのか、閃架が気を取り直すように態とらしく咳払いをした。

「何はともあれ是が非でも。今回は成功させなければならん。さもなければ商談がご破算になってしまう」

「あ~、クライアントがどなたか知らないけど、この街この業界で仕事失敗したら舐められそうすね」

「舐められる……アホほど舐められる……。今後の仕事全部無くなるかもしれない……」

「そりゃ大変だ」

「他人事みたいに言うじゃん……」

 そりゃ他人事だし。

 項垂れるながら倒れ込む閃架を柱の陰に引っぱり込む。閃架の頭が有った所をエネルギー弾が掠めた。危ねぇなぁ。

 閃架がふざけているのは事実だが無意味にぼやいている場合ではないのも事実らしい。

 やれやれ。

「と、いうわけで悪いがとっとと倒してきちゃってよ“異在者イグジスト”」

「言っとくけど“存在異義レゾンデートル”を当てにしてんなら無駄ですよ。ちゃんと測ってはないがタグカラーで言うなら“ヴァイオレット”だ」

「え?」

 存在異義レゾンデートル”の影響規模を表す色は下から2番目。人間が観測できるものの、日常生活では役に立たない。スプーン曲げ程度の能力だ。

 目を丸くする顔に鼻を鳴らす。確かにローカラーでわざわざこの街に来る奴は珍しい。当てが外れたらしいにも胸がすく。それでも、“存在異義レゾンデートル”ばかりを頼りにされるのは気に食わない。

 小さく零した舌打ちに触れる肩が跳ねた。

 ん。

 口を開くよりも速く、肌を炙った弾が壁を抉る。黄色掛かった光が弾けた。照り返しが眩しくて目を細める。いい加減、鬱陶しくなってきた。

 軽量化された銃身と反動に対して、高い攻撃力と広い攻撃範囲。凝縮されたエネルギーの迸り方。遠目に見える銃身のデザイン。

「“ネルフィリア”の武器だよなぁ。……結構高ぇってのによく集めたな」

「詳しい、ね。武器好きなの?」

「男の子は大体好きだろ」

「……そうだね」

「冗談だ」

「え」

 俺としてははこの街のハイパースーパーテクノロジーを詰め込んだ武器よりも、ただ鋼を重ねて打っただけの刀の方が嫌いじゃないが。

 それはともかく。

 探られてんなぁ。

 敵ではなく、閃架に。

 伺う視線に離された肩。たどたどしい話し方。さっきまでならなかった肯定。

 本当に存在異義レゾンデートルのみを当てにしていたから、外れて焦ってるのかと思ったが多分違う。なんだか距離を探られているような。

「……別に怒ってはないですよ」

「うぇっ!?」

 奇声を上げながら閃架が背筋を伸ばした。当たり、だろうか?きょどきょど動く瞳にそれだけではないような気もして、僅かに身を乗り出した。

 と、俺がもたれ掛かっている柱の芯をエネルギー弾が捉えたらしい。今までにない大きな振動が背中に伝わる。柱の一部が欠けて地面に落ちた。

 建物の外見はデカめのテナントとかが入ってそうな変哲のない廃ビルだった。中に入った現在も俺の感では罠は無い。多少ドンパチやらかしても崩れることはないだろうが、ここ1階だったからなぁ。もし上階5階分が崩れると脱出が面倒だ。

 多くなった砂埃に閃架が咳込むをする。纏っていた妙な緊張も消えてしまった。

繰り返し喉を鳴らす閃架に喉の奥で笑いながら緩めていた彼女のマフラーを引き上げた。柔らかく、大きな布に顔の下半分が埋まる。もごもごしている閃架の頭をフードの上から何度か叩くように撫で、腰を上げる。身体を伸ばしながら切り替えた。

 怒るよりも存在異義レゾンデートルが無くても強い奴がいるってことを教えてやろう。

 傍らに投げ出してあったバックパックをひっくり返す。耳障りな金属音に閃架が眉を寄せながらこちらを向いて、積み上がった中身にぱちり、と目を瞬かせた。

 膝でにじりよってきた閃架のそわそわとした視線を感じながら掌より一回り大きい金属片を手に取り少しだけ逡巡する。

 いつもだったら大刀にするところだが――今回は威力よりも手数が多い方が良さそうだ。

 ぶちまけられた金属片のパーツ同士を嵌め込み、パズルのように組み立てる。

 興味深げに覗き込んで来る閃架の視線と小さな感嘆の声を受けながら創り上がったのは小振りな二振りの刀。継ぎ接ぎだらけで不格好ではあるが切れ味に問題は無い。

 手の中でくるりと回し、何度か宙を斬る。慣れた手応え。風を斬る軽やかな音。うん。刀も俺も問題はない。

 聞こえてくる一人分の拍手に気を良くし、最後にもう一度手の中で回してから刃先を下げた。

「行くの?」

 聞こえて来た潜めた声に振り返る。手を叩いていた閃架がちろりと柱の向こうに視線を送った。感じる遠慮の気配に困惑しながら、こちらを向く閃架の視線と入れ替わって柱の向こう側を見る。

「まぁこんなとこで何時までも籠もってるわけにも行かないですしねぇ。そろそろ相手も待ちくたびれてる頃でしょ。一緒に来ます?」

「秒で蜂の巣」

「そっすか。んじゃあ大人しく待っててください」

「……大丈夫?」

 僅かに震える声に振り返る。仕事では何度も聞いた不安の声色。ただしこの声では初めてだ。

 自らの足の遅さをドヤ顔サムズアップで宣言していたのとは一転、いつもの飄々とした笑顔を作ろうとして失敗した、出来損ないが俺を見上げていた。

「……え、今?」

 思わず漏れた素直な疑問に閃架が唇をひん曲げた。そのまま気まずそうに視線を逸らす。

「いや、ええ……」

 ボロボロの身体をこんなところに連れ出して、この土壇場で心配って。

 いや馬鹿じゃん。薄々分かってたけど。俺の命を気まぐれと衝動で扱いすぎだろ。人を何だと思ってるんだか。

「く、ははっ」

 腹の奥をくすぐる感覚に口角がほころんでいた。折角尖らせた感覚が散っていく。ああもう、何だってんだ。

 だらしない顔を見られたくなくて、チラチラこちらを伺ってくる閃架の額を人差し指で押し、仰け反らせる。「う゛ぅ~~」と頭を振って脱出した閃架が赤くなった額を押さえた。責めるような視線が俺を見て、ゆっくりと見開かれた。なんだよ。

 ぐ、と眉間に皺を寄せて渋い顔を作った。


 ――大丈夫も何も。


 伸ばした腕で閃架の頭をかき混ぜる。グラグラと揺れる頭と唸り声に喉の奥で小さく笑った。

 嫌いじゃねぇな。

「その為の俺だろうが。任せとけ、給料分くらいは働くぜ」

「……ん。じゃあよろしく。」

「おー。んじゃ、大人しくな、閃――閃鬼」

 押されるがまま顔を俯かせ、目尻を赤く染める閃架のコードネームを、屋号を呼ぶ。初めて呼んだもう一つの名前がやけに澄んで聞こえて、撫でていた腕が止まった。

 コードネームは身近だった。前の職場もそうだったし、俺自身にも付いていた。ただの中二病の戯れだと思っていたのに。——格好付けたくなんじゃんか。

 覗き込んだ閃鬼の顔色はさっきよりもしっかりと視線があった。

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