戦場疾駆
▽▽▽▽
閃鬼――そう、閃鬼だ。如月閃架のもう一つ、若しくはいくつ目かもわからない個有名。
それはこの街に来て1ヶ月未満の俺でも知っている都市伝説だった。
オカルトに右足を、SFに左足を、混沌とした異世界に首まで浸かったこの街でしとやかに流れる四方山話。街談巷説。道聴塗説。その一つ。
俺の雇い主はメチャクチャ有名な情報屋だった。
――まぁ現在やっている事は情報屋の範疇じゃないんだけどな!
細かい、どころか大まかな事情も一切知らずに放り込まれた戦場で、とにかく銃ぶっ放している連中をブチのめして欲しいらしい。いくらなんでも雑過ぎないか?
いやもう別の職業だろ。押し入り強盗とか。こいついつもこんなことやってんのか?
砂埃の臭いに鼻を鳴らしながら壁の向こうを伺う。下ろしていた大きめのフードを被り、顔を隠した。
うーん取り敢えず閃鬼とオソロのパーカーにしたけど、激しく動くとずり落ちそうだ。もっとちゃんと隠せる方が良いのだろうか。ちょっと何か考えるか?いや、態々そんなことをしなくとも、直ぐに閃鬼の元から去るか。腕が治るまでなのだから。
何はともあれ、取り敢えず今回の件をとっとと終わらせちまおう。
ちょっとでも安心させたくて背後の閃鬼に手を振った。
実際このくらいの戦闘、大した手間でも無い。これでも“外”で一番デカい傭兵組織で上位5人には入ってたんだ。
閃鬼が詰めていた息を細く吐き出したのが聞こえて、ひっそりと口角を上げた。
短期間なんだし、せいぜい格好つけておくとしようか。
壁の向こうを伺い、タイミングを計る。
双刀を持ち直し、短く息を吸った。身体の痛みは無視できる範囲内だ。戦闘に支障はない。
静かに息を吸って、吐く。
眼前の柱を弾丸が抉ったのを合図に陰から飛び出した。向けられた何十もの銃口に向かって地面を蹴る。
項のヒリ付く感覚に従って僅かに足を緩める。瞬間、足下で弾丸が爆ぜた。伝わる振動に煽られて加速する。顔面に向かって飛んで来たエネルギー弾を短剣で切り上げた。次いで胸部に向かってくる弾丸をもう片方で斬り払う。
武器製造業者『ネルフィリア』。高価な値段に相応しい攻撃範囲と速度があるが、共通して1番エネルギー密度が高い、中心3.6cmを一定以上の速度で通過すればエネルギーそのものが霧散するという欠点がある。
要するに、弾丸斬りが出来れば当たらない。
にしても成程、“それなり”。どいつもこいつも俺にぴったり照準合わせて引き金を引いてくる。動いている相手に当てるって難しい筈なんだが。この街はどうにも破落戸のレベルが高い。物騒なことだ。
とはいえ“それなり”。訓練はされていても統率はされていない。弾幕が薄い。この程度のベール、切り裂くことも網目を潜ることも簡単だ。
聞いて感じて、足を止めず腕を動かし。
避けて、斬り上げ、斬り裂き、躱して、斬り払い。
口角を上げる。
オーキードーキー。おおよそ向こうの出来ることは把握した。
そんじゃあまぁ、俺のターンだ。
相手の懐に一気に飛び込み、顔を上げる。
引きつった双眸と目が合った。俺に向ける、痺れる様な恐怖が伝わってきて喉奥が震える。
「――クハッ」
堪え切れず噴き出しながら、低く捻った体を跳ね上げて相手の胸を斬り裂いた。同時にもう一本を手近な奴に向かって投擲する。銃身に弾かれること無く、骨と骨の間を貫いた。
向けられた銃口に身体を勢いよく後ろに倒しつつ、片腕を跳ね上げた。俺が躱した弾丸が当たった奴と斬り裂かれた奴、前後で悲鳴が同時に上がる。
――うん。良いな。
そのままバク転して一回転。横腹を掠った熱と衝撃。次いで僅かに感じた痺れを強く踏み込んで置いていく。合わせられた銃口から逃れる為横に大きく飛び退き、着地先の相手の肩口に刃先を突き刺した。さっきまで居た場所をいくつもの光線が通り過ぎる。
突き刺した刀を逆手で持ち直し、支えにする。痛みに呻く首元に空中で足を巻き付け、ぐるりと1回転。相手の体を振り回し、そのまま勢いよく地面に叩きつけた。どがん、と良い音。
ふぅ。
相手が動かなくなったのを確認し、砂埃を払いながら立ち上がる。周囲をぐるりと見回した。
「おーおー、結構減らせたじゃん。これなら何とかなりそうじゃねぇの」
閃鬼が隠れている壁の向こうを伺う。呼吸音、鼓動、伝わる気配は正常。オッケーオッケー。
何発か掠っているものの、命中した弾はない。敵の数は残り半数ほど。吊り上がった唇をぺろりと小さく舐めた。
近くに倒れる男に刺さる双刀の片割れを引っこ抜く。くるくると手の中で回しながら、顎を上げて煽った。
「~~~~~ッ!オイ、アレ持って来い!!」
勢いよく減らされる仲間達にギリギリと歯ぎしりしていた男が悲鳴の混ざった声を上げる。リーダーの叫びに冷や汗をダラダラ流しながらキョドっていた連中が背中を叩かれたかのように走り去っていく。バタバタと統率のない足音が無様だった。
“アレ”、ねぇ。
追いかけることはできるけれど。何やら面白そうなものが出てきそうな気配に足を止める。手遊びする様に回転させ、持ち直した刀身のパーツを外した。
残った数人による申し訳程度の弾幕を躱しながら双刀をガチャガチャやっていると何処かから5人掛かりで巨大な大砲を引っ張り出して来た。
チャージされきった証明か、銃口から稲妻が迸っている。撒き散らされる派手な音とゲーミングな火花に「ゲェ」と舌を出した。繁華街のネオンよりも派手な輝きは不気味なほどに不自然だ。
「3489式電子大砲か。まっ、たそれなりのモン持ち出してきやがったな」
先程のただ電子エネルギーを撃ち出すだけの銃とは違い、超高度多重圧縮虚構化算術式によって、ちょっとした街1つを賄えるだけのエネルギーを弾1発に縮小させた挙げ句、なんかよく分かんないけど偶然出来たとかいう、触れたものを削り取って消失させる面白技術を混ぜた超科学大砲――だったか。
“ネルフィリア”の最新商品だ。肌に突刺さる空気とイカつい図体を裏切ることのない、桁違いの威力を予感する。お高かっただろうなぁ。
銃口から一際大きくネオンピンクの火花が散った。こっちは組み立て完了まで後4工程。
「ギャハハハハ!抉れちまえ!!」
テンションキマった小悪党……。
短時間で一方的に半数を減らされたことがそんなにメンタルにキたのか、なんかヤバいモンでもキメてたのか。はたまたもっと単純にトリガーハッピーするタイプなのか。明らかに様子のおかしいリーダー殿に手の動きを速めた。
リーダー殿が大砲から伸びるハンドルを握った。発射ボタンに向かって高々と腕を振りかぶる。振り下ろされる直前、俺の手元でガチリと音が鳴った。
「死ぃねぇぇええ!!」
減り込むんじゃないか、という勢いでボタンが押し込まれた。目に悪い虹色の光弾が放たれる。真っ直ぐに向かってくるそれに目を細め、最後の1工程を嵌め込みながら踏み込んだ。
迸る熱に眼球の水分が蒸発する。
光が肌を焼く寸前、身の丈ほどの大刀を高々と振り上げた。
ド派手な光球も、お高い大砲も、だらしなく口を開いた小悪党も全て纏めて。
「ぅ、らァっ!」
思いっきり刀を振り下ろす。
バチンッと耳を劈く鋭い音。解き放たれた電流が両腕に走る。
虹色の光が爆ぜ、視界が白く眩んだ。
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