第19話 熊妖精になったのね


 それはまだ〈世界樹ユグドラシル〉での家作りが上手くいっていない時のことだった。

 私が気分転換に散歩をしていると、一頭(?)の桃色熊ピンクベアを見付ける。


(クマのプー子?)


 子供の頃、そんなアニメを見た記憶があった。

 別のアニメ作品へのゲストキャラだった気もする。


「確か『ベアマン』だったかな?」


 言葉にすることで、次第に記憶がよみがえる。

 主人公はえない小学生の羽地はちミツ朗くん。


 彼はある日、宇宙熊ベアドマンから着ぐるみベアマンセットをもらう。

 装着することで、くまクマ熊パワーが使えるようになるすぐれモノだ。


 くまクマ熊パワーを生かして、仲間と一緒に正義のヒーローになる――そんな物語だった気がする。


 作中には『コピーベア』という、身代わりに使う熊のヌイグルミが登場した。

 尻尾しっぽをモフることで、モフッた人間そっくりのコピーに変身する。


 色は1号が白で2号はオレンジ、3号はピンクで4号は記憶にない。

 3号は唯一の女の子『ベアマン』で通称『プー子』と呼ばれていた。


 私が見付けたのは『プー子』の持つ『コピーベア』に似ている。


(でも、なんで動いているんだろう?)


「よし、追い掛けるわよ!」「モキュッ!」


 私の言葉に店長が呼応する。

 退屈だったのか、ヤル気十分のようだ。


 ちなみに『ベアマン』がゲスト出演した作品の方は、青い虎型ヒーローと相棒バディを組む内容で――


(『TIGER&GRIZZLY』だった気がする……)


 桃色熊ピンクベアは仲間からはぐれたのか、周囲をキョロキョロと見回していた。

 もしかしたら、なにか大切なモノを探しているのもしれない。


 どちらにせよ、隙だらけである。


「ワイルドにモフるわよ!」「モキュキュ!」


「ク、クママママママッ!」


 それが月山ウルサスとの出会いであった。



 ◆◇◆◇◆



 烈風アウルによって、らえられていたニンスィキル一行。ニンクルラが閉じ込めていた部屋から忽然こつぜんといなくなったことに動揺していたようだ。


 烈風アウルとしては放って置いても良かったのだが、ティアマス信仰に関することで聞きたい事があったため、尋問することにしたらしい。


 ニンクルラの件の他にも、色々とやらかしていたようだ。

 王宮内でも、そのことが露見しつつあった。


 史実と食い違ってしまっているが、このあたりは燐火ローズが真面目に仕事をしたことが影響する。


 水蛇みずちの作戦でもあったが、罪状が出ると接触が面倒になるため『つかまる前にらえておこう』と烈風アウルは判断した。


 どうせ縁故関係コネとお金の力で、すぐに無罪むざい放免ほうめんとなるのだろうが、私と合流する前に烈風アウルとしては情報を集めておきたかったらしい。


 また一度、つかまってしまうとしばらくの間は大人しくなることが予想される。

 らえるなら今だ――という結論にいたったワケだ。


 外套フードを羽織った私を『王族に連なる者』とでも思ったのだろうか? ニンスィキルは最初、自分はだまされただけで、なにも知らなかった、自分は被害者である。


 そんなことを必死にうったえかけていた。

 ニンクルラよりも、強者をぎ分ける技能スキルには長けているようだ。


 密林ジャガーを武官だと思ったのだろう。

 かすかにおびえた様子を見せる。


 しかし、ニンクルラが姿を現すと態度を豹変ひょうへんさせた。

 彼女が自分よりも優位な立場にいることが許せないのだろう。


 姉がどんなにひどい人間か、みにくい存在かを怒涛どとうの勢いで話し出す。

 さっきまでの女々めめしい少女とは思えない。


 一方で自分が嫌われていたことに衝撃ショックを受けるニンクルラ。

 私と出会った頃の彼女なら、えられなかっただろう。


 けれど、妹の言葉を必死に受け止める。

 短期間だが、彼女の中で変化があったらしい。


 また、私の存在も大きいようだ。

 信じられる神がいるということは、それだけで力になるのだろう。


 ニンクルラは彼女を許して欲しいと私に懇願こんがんし、一緒に罰を受けると言った。

 だが、それは逆効果だ。


 ニンスィキルにとっては、姉が自分より上の立場にいることが、どうしても許せないらしい。激しい剣幕で姉を罵倒ばとうする。


 今まで近くにはいたが、喧嘩けんかをしてこなかったことは明白で、その遣り取りは何処どこかぎこちない。一番面倒なのは、私まで罵倒したことだ。


 双子の姉がいたお陰で、理不尽にはなれている。

 涼しい顔で聞き流すことも出来た。


 しかし、燐火ローズの表情が次第に怖くなってゆく。

 終始、にこやかな笑顔ではあるのだが、これは相当、怒っているのだろう。


 能力が暴走して、辺り一帯が火の海なってはかなわない。

 もう少したがいの心情を吐露とろさせようと思っていたが、めておこう。


 私は外套フードを脱ぐ。ニンスィキルが――妖精エルフ?――とつぶやいたことから彼女の信仰心は、それほど高くはなさそうだ。


 彼女を抱き締めると、


「あなたを許します」


 と私はささやく。ニンクルラも怒っているワケではないので、問題ないだろう。

 後は彼女だけの価値を認めてあげればいい。


「ニンスィキル、あなたにしか、頼めないことがあります。あなたにしか、出来ないことがあるのです」


 私は更に続けた。この手合いのあつかいはれている。

 ニンスィキルの心に、私の言葉が響いたワケではない。


 ただ、この窮地きゅうちだっするために、私へびる必要があると考えたのだろう。


「わたくしからも、お願いします」


 というニンクルラの言葉が後押ししたようだ。

 彼女にとって『姉が自分に頭を下げる』ということは喜びらしい。


 姉が嫌いであると同時に、姉の存在に依存してしまうニンスィキル。

 心がいびつな形になっている。


 かく、私の言うことには素直にしたがってくれそうだ。

 表には出さず、内心で安堵あんどしていると、


「クマーッ」「クマクマ」「クマーッ!」「クマクマクマクマ?」


 と黄色い熊のヌイグルミたちが部屋に入ってくる。

 どうやら、月山ウルサスが来てくれたらしい。


 戸惑っているニンクルラ姉妹に、


「たぶん神官たちよ」


 熊妖精になったのね――と私は説明する。

 ニンスィキルを利用しようとしていた連中だ。


 烈風アウルが必要な情報を聞き出したのだろう。

 用がなくなったので、月山ウルサスに食べられてしまったらしい。


 ニンクルラ姉妹としても、突然のことに状況を理解できないでいる。

 だが、超常の力は感じ取ったようだ。


 神官たちが熊のヌイグルミになったことを信じてしまった。

 恍惚こうこつとした表情を浮かべるニンクルラ。


 それに対し、ニンスィキルの顔は一瞬にして青くなる。

 土下座の文化はないハズだが、彼女は頭を床にこすり付けた。


 どうやら、私の言うことに無条件でしたがってくれるらしい。

 思っていたのとは違うが、結果オーライのようだ。


 ニンスィキルが私の信者になった瞬間である。

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