第20話 宗教って怖いわ……


「『くま妖精ようせい』じゃないですか⁉」


 と烈風アウル。私が抱えている桃色熊ピンクベアを見て、そんな台詞セリフいた。

 記憶はないが、知識としての情報は引き継いでいるらしい。


 時折、私が知らないことを知っていたりするので助かる。

 しかし、肩をすくめた様子から、あきれているのだろうか?


 いや、楽しんでいるように見えなくもない。

 彼の基準はどうも『私が楽しそうにしているかどうか』のようだ。


 もっと自分の意思を尊重して欲しいところではある。


「見る相手によって『姿形が変化する』という不思議な熊ですよ」


 たまに見掛けます――と教えてくれた。

 敵意や先入観を持たない私には、無害で可愛い姿に見えるらしい。


(どう見ても、熊のヌイグルミなのだけれど……)


 逆に罪人や悪意をらすような相手には、恐ろしい怪物の姿にうつるそうだ。

 そのまま、みずからが作り出した幻影に食べられてしまう――という話である。


(現状ではにわかに信じがたい話ね……)


 大人しく抱っこされている桃色熊ピンクベアは「クマクマ♪」と言っているだけだ。

 人をおそって食べるような熊には見えない。


 私としては――可愛かったから、烈風アウルに見せてあげよう!――と思っただけなので、その必要がなかったことにガッカリしてしまう。


 つい連れてきてしまったが、迷惑だっただろうか?

 〈世界樹ユグドラシル〉から果実リンゴを作り出すと、桃色熊ピンクベアに差し出した。


「ごめんね……これあげるから、仲良くしてね」「キュキュッ」


 店長も一緒に謝ってくれる。


「クーマ? クマッ!」


 と桃色熊ピンクベアなにを言っているのか分からないけれど、果実リンゴを手に嬉しそうにしているので問題なさそうだ。


「集落があったので、後で送りましょう」


 と烈風アウル


「集落?」「モキュ?」「クマ?」


 私たちはそろって首をかしげた。烈風アウルの話によると〈世界樹ユグドラシル〉には妖精や精霊たちが暮らしている世界へ通じる通路があるようだ。


 世界を正しく運用するために、日夜働いているらしい。

 そんな話、初めて聞いた。


「私、そんな場所、知らないけど……」


 とつぶやくと、


「ここは〈神域〉ですからね。『妖精界』や『精霊界』へ行く必要があります。その熊は迷い込んでしまったのでしょう」


 そう言って烈風アウル微笑ほほえむ。

 同時に――そうだったのか!――と自分の言葉に納得するから心配になる。


 どうにも知識は持っているが、上手く引き出せていないようだ。

 今回みたく、けが必要らしい。


 これはもっと、おしゃべりをする必要がある。


(けれど、今はそれよりも……)


なにそれ⁉ 私も行ってみたい!」


 私は目を輝かせるのだった。



 ◆◇◆◇◆



 曲が終わり『ディヴライブ』のメンバーが戻って来る。


「どうでしたか? 女神ラムダ様! わたくし、上手く出来ていましたか?」


 とニンスィキル。目をキラキラと輝かせて聞いている。

 私が――よくやったわ!――とめると、


「ありがとうございます♡」


 飛び切りの笑顔で微笑ほほえむ。

 それはファンの皆に見せてあげて欲しいところだ。


 今の彼女には姉をうらんでいた、あの頃の面影は微塵みじんもない。

 純粋に私の役に立てることが嬉しいのだろう。


(宗教って怖いわ……)


 思わず、溜息をきそうになる私だったが、


(いや、神様は私だった!)


 と再び現実と向き合うことにする。周りでは熊妖精となった元神官たちが「クマクマ!」と言いながら、一生懸命に裏方をつとめている。


 もう人間には戻れないので、後で『妖精界』に連れていってあげよう。

 私たちは無事(?)にニンクルラとニンスィキルを和解させた後、神殿の幹部らのもとへと向かった。


 流石さすがに高位の神官ともなると信心深いようだ。

 みな一様いちように私の姿を確認すると、その場で平伏ひれふした。


 これには燐火ローズも満足だったようで、機嫌が直る。

 私もOL時代の無能上司やセクハラ上司を思い出し、少しだけ気分が良くなった。


 ここまでくれば、協力させるのは簡単だ。王都が海に沈んでしまうことを伝え――回避するための方法がある――と希望を与える。


 まずは『神に選ばれしディヴァイン乙女アイドル』の候補と演奏ライブするための会場を準備させた。

 候補の女性は罪人がいいでしょう――と告げる。


 罪を軽くすると言って、強制参加させると共に、逃げると罰が重くなるむねほのめかす。頑張るための動機を与え、逃げ道をふさぐ作戦だ。


 文句を言いつつも、彼女たちはしたがうしかない。

 最初は戦場の近くで兵士たちに向け、演奏ライブを開催した。


 『愛と美の女神アフロダリス』の〈神格〉を持つ私にいのりをささげることで、彼女たちは美しくなり、荒れた大地にバラが咲き誇る。


 『いくさの女神』の一面も持つアフロダリスの神力で、戦いを勝利へと導いた。

 死を覚悟していた兵士たちにとっても、歌姫たちが女神に見えたことだろう。


 実績と愛好家ファンを作ることで、信仰と金を集める。

 要は水蛇みずちと同じことをすればいい。


 彼は商人たちの欲を刺激したのに対し、私は兵士たちの欲を刺激した。更には人に注目されることでお金にもなり、いくさに勝利したことで国からも感謝される。


(正直、上手くぎて怖いくらい……)


 今、演奏ライブ会場ではMC――ではなかった。

 神殿長と大隊長の有難ありがたい話が始まっている。


 盛り上がるようにラップを教えておいたが、大丈夫だろうか?


『HEY!YO! 神殿長だ! 有難ありがたい話をするぜ! チェケラ!』


『大隊長だYO! お前ら最後までついてこい! YEAH!』


『暑いパッション! 困難なミッション! あきらめるワケにいかナイッション!』


『呼ぶぜゴッデス! 諦めるなガッデム! ヤル気のないヤツはゴーホーム!』


『今、頑張らなければ、この国沈む!」


『今、皆の祈りささげよ、この国頼む!』


「「今、力合わせる! 生き残ること、それがオレたちのドリーム!」」


 会場が更なる熱気に包まれる。


(うん、大丈夫そうね!)


 やはり、こういうことは組織のトップがやるに限る。日本の会社の場合、思い付きで新人や可愛い女の子にやらせようとするから、微妙びみょうな空気になる。


 部下は立場上、盛り上げなければいけないので必死だ。

 名物社長を広告塔として打ち出すようなモノである。


 彼らには是非、頑張って盛り上げて欲しい。

 特に今回は国の存続が掛かっている。


 真面目にふざけてもらうしかない。

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