第15話 その必要はないわ!


 転生したばかりの私は、目の前の大樹を見詰めていた。

 見上げる形になってしまうのは、子供の姿になった所為せいだけではない。


 天をつらぬくように、どこまで伸びている大樹。

 これが〈世界樹ユグドラシル〉なの?――そんなことを考え、顔を上げていると、


「モキュっ!」


 鳴き声と一緒に突然、私の顔に張り付いてきた白いモコモコ。

 引きがしてみた所、どう見ても『エゾモモンガ』にしか見えない。


 クリクリした瞳に小さな白い毛玉ボディ

 食物連鎖があるのだとすれば、底辺の生き物だろう。


 攻撃するすべを持っているようには見えない。

 そう言えば『転生特権』ともいうべき――設定オプションを選択できる――という話だった。


 私は相棒として『可愛い小動物』を依頼リクエストしていたのを思い出す。

 エゾモモンガは警戒心が強い。それが私になついている。


 霊鳥シムルグが約束を守ってくれたのだろう。


「丁度、神の最高傑作と呼ばれた生物の魂があるようです」


 そんなことを言っていた気がする。

 エゾモモンガのことだったらしい。


 てっきり『ベヒモス』や『レヴィアタン』みたいな存在を想像していたが、思い過ごしだったようだ。


 『大福』や『白玉』みたいな名前がいいだろうか?

 いや、あせって決める必要もない。


「あなたも来る?」「キュキュイ?」


 私の問いに首をかしげる小動物。

 可愛かったので、頭の上に乗せ、連れて行くことにした。


(歩いていれば、その内、誰かに会えるでしょ……)


 その考えが甘かったことを――私はのちに――痛感することになる。



 ◆◇◆◇◆



 ニンクルラが衝撃ショックを受けているのは『妹に憎まれていたことを知ってしまったから』だけではない。


 この国をもうすぐ『海神かいじん』がおそうらしい。

 海に沈むというニンクルラの予言は、そのことを示していたようだ。


 すぐに対処すれば良かったのだろうが、肝心の神殿は腐敗している。

 わば、この状況を作り出したのは神殿なのだ。


 水蛇みずちからの話を聞いていた時点で私は、


(似ているな……)


 と考えていた。密林ジャガーを仲間にした『錬金術師の里』。

 燐火ローズが暮らしていた『薔薇庭園の村』。


 そのどちらも人間が自らの手で、自分たちの首をめているようにしか見えない。

 今回も神殿の人間が海神を怒らせたのが原因である。


 『双子の女神』は人間の手によって、人間を滅ぼさせるのが好きなようだ。

 この時代はまだ、神と人とのつながりが強い。


 正しく祭事を行い、海神へと人々の祈りを捧げていれば、こんな事態にはならなかった。なにもかもが手遅れである。


 錬金術師アルケミストは古き神々を信仰し、神力を得ていた。しかし、神殿が力を持ったために海神は邪神としてあつかわれるようになったのだろう。


 錬金術師アルケミストは異端とされ、この街を去っていった。

 信仰が得られなければ、神力をこの地へ届けることはできない。


 行き場を失った神力に加えて、邪神だという人々の思い込み。

 神が人々からの信仰を力とし、願いを具現化してくれるというのなら――


(行き場を失った神力が王都を飲み込むのも、自然な流れね……)


 私の考えは甘かったらしい。ニンクルラの暴走さえおさえれば、都市は発展し〈錬金術アルケミー〉にも、いい影響を与えると考えていた。


 だが、すべては手遅れだったようだ。この地で『海の女神ティアムス』を信仰しているのは、もはや王族やそれに連なる者たちだけだろう。


 貿易によってもたらされる富により、古い風習はすたれてしまった。

 民衆は神殿が新たに作り出した新しい神にすがる。


 錬金術師アルケミストは神力を知っていたため、正しく使う方法も分かっていたのだろう。

 しかし、神殿の連中は違う。


 いつしか〈錬金術アルケミー〉を如何いかがわしいモノと考え、錬金術師アルケミストを街から追い出してしまった。


 そして、行き場を失った神力は暴走し『邪神である』という人々の願いを叶えようとしている。


 止める方法は唯一ただひとつ――水の精霊が宿るという瞳を持つニンクルラを生贄いけにえささげる――という方法だ。神とのつながりを象徴する神子みこ


 それを海へと返すことで、神とのつながりを断ち、今後の神力の供給を断つことも出来る。


 つまり、世界を崩壊から救いたいのなら『ニンクルラを殺せ』ということだ。

 世界か、少女か――私たちにそれを選択させるために、水蛇みずちはニンクルラを私たちに合流させ『ご丁寧に状況を説明してくれた』というワケだ。


(性格がゆがんでいる……)


 いえ、それが彼らのり口なのだろう。世界を救おうとしている私たちに『世界を滅ぼす手伝いをしろ』と言っているのだ。


「わたくし、覚悟を決めました」


 とニンクルラ。自らを生贄とするつもりなのだろう。

 本来は神殿側と妹の手により、殺されるはずだった。


 それが『自らの意思で生贄になる』という選択に変わっただけである。

 燐火ローズなにか言いたそうに私を見詰めたが、私の判断に任せることにしたようだ。


 結局、なにも言わなかった。密林ジャガーも同様だが、彼の場合は『私の命令にしたがう』と最初から決めているからだろう。重たい空気の中、


「その必要はないわ!」


 と私。同時に部屋の中に一陣の風が吹いた。


「きゃっ」「はうっ」


 短い悲鳴を上げる燐火ローズとニンクルラ。


「キュー」


 と店長が食卓テーブルの上を転がる。

 そして、風がむと同時に、


「おっと、これは失礼しました」


 聞きなれた丁寧な口調。服装は王城に勤める文官のモノだろうか?

 整った顔立ちのため、様になっている。


烈風アウル……遅かったわね」


 私が彼の名前をつぶやくと、


「申し訳ありません」


 烈風アウルは頭を下げる。

 水蛇みずちわざとらしい挨拶あいさつとは違い、さわやかでカッコイイ。


 おや?――と烈風アウルは私の顔をのぞき込むと、


「お腹、空いているんですね♪」


 そんなことを言って微笑ほほえんだ。

 どうやら私の機嫌が悪いのは『空腹が原因だ』と考えたらしい。


 それを聞いた密林ジャガー燐火ローズは口元に手を当て、肩をふるわせるのだった。

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