第16話 内緒にしておこう


 分かったことは、どれだけ歩いても『この世界には終わりがない』ということだった。勿論もちろん、幼い少女の足では限界があるし、移動できる距離も限られている。


 それでも、世界の片鱗へんりんくらいは見て取れると思っていた。

 どうやら、物理的な法則は通用しないらしい。


 私が進めば世界が広がり、戻れば閉ざされる。

 昼と夜の感覚も曖昧あいまいで、私が望むのであれば、ずっと昼間らしい。


 太陽が存在するワケではなく、世界は私に合わせて変化するようだ。

 そのことに気が付くまで〈世界樹ユグドラシル〉の表面を歩き続けてしまった。


「こういう事は最初に説明しておいて欲しかった……」


 と私は肩を落とし、項垂うなだれる。

 不思議と疲労感はなく、お腹が減ることもない。


 その所為せいもあって、余計に歩いてしまった気がする。

 まあ、文句を言った所で、誰も責任は取ってくれない。


 考え方を変えるべきだろう。

 気付けてラッキー♪――そう思うことにする。


 また、私にはいくつかの能力が備わっていることも理解できた。


『ある程度の権限が付与されます』


 そんなことを霊鳥シムルグが言っていたけれど、この事だろう。

 私は発見した能力に対し、仮説を立てて検証することにした。


 まずは〈世界樹ユグドラシル〉の表面の操作が可能であること。

 私が進む方向に道が出来るので『変だ』とは思っていた。


 恐らく、私の『前に進む』という意思に反応して、枝葉が移動しているようだ。

 正直なところ、これでは逆に道に迷ってしまう。


(どうすれば、最初の場所に戻れるのだろうか?)


 そんなことを考えていると、次の瞬間には始まりのスタート地点に戻っていた。

 〈世界樹ユグドラシル〉の表面なら、私は一瞬で移動できるらしい。


 なかなか便利ね♪――と思えた、この能力。

 しかし、移動するためには、目的となる場所に目印が必要であった。


 基本的に〈世界樹ユグドラシル〉の景色はすべて同じだ。

 明確な想像イメージが出来ない場合、移動先の設定が難しいためだろう。


 『太い枝のある場所』や『花が咲いている場所』では移動先が特定できないらしい。追々おいおい、使いこなせるように工夫が必要である。


 取りえず、視界内なら瞬間移動が可能なことは把握した。

 同時に歩く必要すらなかったことに気が付く。


 なにやら、どっと疲れが出た。精神的な疲労だろう。

 また、これらの能力は便利である反面、同時に問題の発生でもあった。


(私は〈世界樹ユグドラシル〉から離れることが出来ないのではないか?)


 垂直に木を登っても、枝から宙吊りになっても、落下することはない。

 私の足元が常に地面となっている。


 乱れることのない髪の毛の様子から、重力が存在するのではなく、私の身体が『〈世界樹ユグドラシル〉にくっついている』と考えるべきだろう。


(自由に大樹の表面を走り回る少女……)


 それを想像するだけで、妖怪じみている気がする。


(いえ、この場合は妖精よね?)


 まあ、考えても仕方がないので、出来ることを増やす方が利口だろう。

 使えるモノはないだろうか?――と周囲を見渡した瞬間、私の目の前に突如として卵が現れた。



 ◆◇◆◇◆



 烈風アウルの能力は『風を作る』というモノだ。

 物質を風に変えることも可能で、後片付けも一瞬である。


 恐らく、水蛇みずちの能力は、この『水』バージョンだろう。

 厄介な相手だ。どう戦うべきか、考えるのは後にするとして、


「まずはお互いの情報を精査しましょう」


 と私は提案する。すると、


「そうですね。では、申し訳ありませんが、少し部屋を出ていてもらえますか?」


 お腹、空きましたよね――烈風アウル微笑ほほえむ。

 なにか私のことを勘違いしていないだろうか?


 不満は残るが、私たちは一旦、烈風アウルの言葉にしたがい部屋の外へと出た。

 突風が発生し、水蛇みずちとの戦いで植物が生い茂った部屋が一瞬で元に戻る。


 むしろ、最初の状態より綺麗になっている。

 その様子におどろいたのか、ニンクルラは目を見張った。


 明らかに魔法とは異なる力なので、当然の反応だろう。

 私はその間に、他の部屋の様子も確認する。


 店員や客は眠らされていたのか、目を覚ましたようだ。

 次第に店内が騒がしくなる。見付からない内に、私は急いで部屋へと戻った。


 店は何事なにごともなかったかのように活気を取り戻す。


「これで食事ができますね」


 と烈風アウルが私の頭をでる。

 やはり、お腹がいっぱいになれば、私の機嫌が良くなると思っているようだ。


 子供あつかいしているのもあるのだろう。

 彼は私の頭に外套フードかぶせた。


 店員が現れ、次々に料理が運ばれてくる。

 何故なぜ燐火ローズとニンクルラは、私に料理を食べさせようとする。


(別に一人で食べられるのだが……)


 その隙に烈風アウル密林ジャガーなにやら言葉を交わす。

 男同士の会話というヤツだろうか? 少し気になる。


 ある程度、落ち着いた所で、私たちは情報交換を行った。

 まずはニンクルラの紹介と、ここまでの経緯いきさつを簡単に説明する。


(ここに来る前に色々と食べたことは内緒にしておこう……)


 密林ジャガーが眉をひそめたが気にしない。

 次に燐火ローズの報告だ。彼女には神殿に潜入してもらっていた。


 若い神官たちは新しい神を信仰しているようで、神殿内で改革を行っているらしい。どうやらそれが、古い神々との決別を加速させているようだ。

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