第14話 許せないことがある


 目を開けると、巨大な樹木の上に立っていた。

 おだやかな陽光が差し、さわやかな風が吹き抜ける。


 『原初の海』を渡る旅で長い事、忘れていた感覚に、


「うわぁ……!」


 私は思わず感嘆かんたんの声を上げてしまった。

 少し声が高い気もするが、そんなことは些細ささいな問題だ。


 先程までは黒一色で、なにも無かった空間。

 それが一瞬で緑がしげり、青く晴れ渡った空が広がっている。


 小鳥のさえずりが聞こえ、蝶も花の蜜を探して飛び回っていた。


(虫が苦手な人にはえられない空間かな?)


 そんなしゃかまえたことを思いつつ、自分の髪へと手を触れる。

 長くて綺麗な金色の髪は、陽光に当たると輝いて見えた。


 私は裸足はだしで白いワンピースを着ている。

 背もちぢんだらしい。


 この場合は『子供になった』というのが正解だろうか?


(どうやら、転生は成功したみたいね……)


 地面は確かに樹木なのだが、巨大すぎて大地と区別がつかない。

 遠くには大都市や牧場、海など、様々な景色の映像が浮かんでいた。


 恐らくは〈世界樹ユグドラシル〉に記録され歴史データ残滓ざんしなのだろう。

 可能性の途切れた歴史があり、枝葉の末端のように先細さきぼそり消えている。


 見えているのは、その消えた世界の光景のようだ。


(こんなにも、世界が美しいと感じるだなんて……)


 死んだ私にとっては大発見である。

 霊鳥シムルグが『この場所を気に入った』というのも理解できた。


 恐らくは、この世界に生きる者でなければ、世界の美しさを理解できないのだろう。私の魂が、この世界に取り込まれた証拠しょうこでもある。


 この時をもって、私は世界の一部となり、生まれ変わったのだ。



 ◆◇◆◇◆



 水蛇みずちと名乗った男の話から、要点は三つであることを理解する。

 一つ目は『双子の女神』の存在。


(私としては邪神認定だけど……)


 世界を崩壊に導くことが目的のように思えるが、その真意はさだかではない。

 ただの趣味なのか、復讐なのか、動機は不明である。


 世界の崩壊を防ぐことが目的の私たちとは相反する存在だ。

 いずれは、この『双子の女神』と対決しなくてはならないだろう。


 二つ目は『私の存在が歓迎かんげいされている』ということだ。


(上から目線なのが気に入らないけど……)


 これまでも世界を救おうとする存在はいたらしい。【勇者】や【聖女】も異世界より召喚されたことがあるようだが、根本的な解決にはいららなかった。


 逆に世界を混乱させてしまったように思える。

 私も例外ではない。ただの元OLだ。


 しかし『女神として現れた』ということで稀有けうな存在らしい。

 未だに世界を救えてはいないのだが、人々の希望をつないでいる。


 そういう観点から、最も優秀な成果を残しているそうだ。少なくとも世界が崩壊する原因となる【特異点】まで辿たどり着いた存在は私だけらしい。


 評価されても嬉しくないのは、相手が双子だからだろうか?

 そして、三つ目――


(これを朗報と思うかは、私たちの行動次第だけれど……)


 敵は一枚岩ではないようだ。

 水蛇みずち自身が密告といっていた通り、この時代における状況を教えてくれた。


 彼らの目的が『世界の崩壊』であるのなら、黙って見ていればいいのだが、それでは面白くないと彼は判断したらしい。


 そもそも『双子の女神』は大雑把おおざっぱな指示しか出しておらず、使徒である水蛇みずちたちは好き勝手に動いているそうだ。


 めプ(舐めたプレイ)というヤツだろう。

 相手を小馬鹿にして、おちょくるのが好きな連中のようだ。


 『双子の女神』の指示ではなく、水蛇みずちが楽しむためだけに情報を教えてくれた。

 このことから、必ずしも『世界を崩壊させること』が目的ではないらしい。


 いくつか敵の思惑パターンを想定することは出来るが、まずはこの時代を救うのが先である。

 女神の立場から言えば、失敗しても別の異なる世界線へ跳べばいいだけなので、やり直しは可能だ。


 例え多くの人々が死んだとしても、同じ魂を共有する存在が並行世界で生きている。


(この世界線で生きる人たちにとっては、受け入れがたい話でしょうけど……)


 ワザと失敗して、次で成功させる手もあった。

 そのつもりで、情報収集を優先させていたのは確かだ。


 むしろ、戦うべき相手が分かったことは僥倖ぎょうこうと言えた。


(けれど、どうしても一つだけ、許せないことがある……)


 それは食事の邪魔をしたことだ。

 ご飯を食べる邪魔をした――これは万死ばんしに値する。


 『食べ物の恨みは恐ろしい』ということを教えてやらなければいけないようだ。

 私がそんなことを告げると、


君主マスター……」


 密林ジャガーあきれたような表情で私を見た。

 なにか、間違っていただろうか?


 折角、燐火ローズが気を利かせて、料亭を予約してくれたというのに台無しになってしまった。怒らずにはいられない。


(まあ、密林ジャガーとしては、相手の実力の方が気になるのだろうけど……)


 あの様子から、他にも能力を隠していることは予想できる。

 考えても仕方のないことだけれど、対策を取るのは悪い事ではない。


 そのためにも一度、状況を整理しよう。

 水蛇みずちが行ったのは、ニンクルラの妹であるニンスィキルをそそのかすこと。


 元々、素養があったようで然程、手を貸す必要はなかったらしい。

 優秀であり、人気者の姉がいて、その影武者として育てられた。


 性格がゆがむのも仕方のないことだろう。時代的にも女性の一番の価値は『子供を作ること』なので、ニンクルラの代わりを用意しておくのは、むしろ普通の考えだ。


 まで、子供は親の所有物――生まれて来る時代が悪かったと言える。

 また、水蛇みずちは神官たちにも取り入っていた。


 この時代はまだ、神と人との距離が近い。

 神殿にも、かなりの権力がある。


 神子みこが行う神託はまつりごとにおいても重要な位置をめていた。

 それこそ、王の権威をおびやかす存在だ。


 精霊が宿る瞳を持っていることから、神子みことしての役割も期待されている真面目なニンクルラ。


 神殿側からすると融通の利かない彼女を王のそばに置くより、まがい物でも野心のある妹のニンスィキルを次の女王にえた方が色々と都合がいいのは確かだ。


 ニンクルラを悲劇の主人公ヒロインと考えていたが、ニンスィキルもまた、姉の代役でしかない人生を送る運命らしい。

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