第三章 トロッコ問題?

第13話 覚悟のある奴だけよ!


「着きましたよ」


 霊鳥シムルグの言葉で私は瞳を開ける。

 なにもない空間にマス目のような線だけが見えた。


 光はなく真っ暗だが、不思議と彼の姿はハッキリとうつる。


「この世界に接続ログイン――いえ、転生させますね」


 いつも通りの優しい口調で、彼は私を抱きかかえる。

 思わず――ひゃっ!――と変な声を上げてしまう。


 それを見て微笑ほほえむ彼は、まるで悪戯いたずらが成功した子供のようだ。


「もうっ!」


 私はそう言って、彼の胸を――トンッ!――とたたく。

 最初の頃と比べて、随分ずいぶんと仲良くなったモノである。


 落ち着いた彼の雰囲気に、何故なぜだか胸が苦しくなった。

 彼は此処ここで死に、新しく生まれ変わる。


 もう、会うことはない。

 大好きだった母も父も、私の前からいなくなった。


 行かないで、ずっと一緒にいて――そんな台詞せりふを彼に言えたのなら、少しは楽になったのだろうか?


「そんな顔をしないでください」


 と霊鳥シムルグ。優しい瞳で私を見詰めた。

 それだけでとし甲斐がいもなく胸がドキドキとして、顔が紅潮するのが分かる。 


(いえ、もう歳は関係ないわ! そもそも、肉体もないワケだし……)


 関係ないことを考えてしまうのは、私の悪いクセだろう。


貴女あなたとの別れが『こんなにもさびしい』と感じるようになるとは思いませんでした」


 突然の霊鳥シムルグの告白に――私も――と言葉を重ねることが出来たのなら、良かったのかもしれない。


 しかし、私は物語の主人公ヒロインには向いていないようだ。


「バカ……」


 とだけつぶやき、彼の胸に頭を預ける。

 口付けを交わせば良かったのだろうか?


 でも、それをしてしまうと、まらなくなる気がした。

 怖くなってしまった――という方が正しいのかもしれない。


 だから私は肉体ではなく、魂の口付けを彼とわす。



 ◆◇◆◇◆



 燐火ローズが放つ蛍のような淡い光。

 複数の緑色の光の粒が宙をう。


 そして、光が植物のおりへ触れると、赤く発光した。

 ジュッ!――短い音と煙を出し、植物を焼き切る。


 簡単にやっているように見えるが、加減を間違えると火事になってしまう。

 素早く正確に能力を制御できているのが、燐火ローズすごいところだ。


 バサバサッ!――植物が床へと散乱する。同時に、


「はふっ!」


 やっと出られました――とニンクルラ。

 折角の綺麗な髪が乱れ、衣服も所々シワになっていた。


 でも、何処どこか嬉しそうだ。

 緊張するのがバカらしくなったのかもしれない。


 一方でニンクルラを守るためとはいえ、植物のおりに閉じ込めてしまった。

 密林ジャガー気不味きまずいのか、周囲を警戒するフリをしている。


 彼女と視線を合わせようとしない。

 偉い偉い!――と私は燐火ローズの頭をでる。


 次はずかしがっている密林ジャガーの番だ。

 おで、おで――と手招きをするが近づこうとする気配すらない。


 警戒されていたのは私だったのだろうか?

 首をかしげると――キュキュイ?――と店長も私の真似まねをした。


 仕方がないので燐火ローズへ、


「私の代わりに頭をでてあげて」


 とお願いする。


「はい♪」


 笑顔で答える燐火ローズ。ええや。


「おいっ!」


 とツッコミを入れる密林ジャガーに、


でていいのは、でられる覚悟のある奴だけよ!」


 私は自信満々に言い放つ。

 だが、それ所ではないようで近づく彼女を拒否する密林ジャガー


 しかし――それではアタシが怒られてしまいます――と燐火ローズ

 彼女のうったえ掛ける瞳に負けたようで、彼はされるがままに頭をでられている。


 その様子が『カワイイ♪』と思えてしまった。


(これが息子を持つ母親の気持ちね!)


 魂のレベルが、上昇した気がする。私と目が合った店長はテーブルの上でクルリと回り――キュキュイ!――キメ顔でポーズを決めた。


(よし、キミにはドングリをあげよう!)


 ニンクルラを椅子に座らせ、髪をかす。

 はわわわわ……い、いけません!――と抵抗する彼女に私は、


「女神の命令です――いえ、命令よ!」


 と言って大人しくさせた。

 恐らく、今一番辛いのは彼女だろう。


 水蛇みずちは用件を伝えると、来た時と同様に忽然こつぜんってしまった。

 身体や周囲の物質を水に変えられるのだろう。


 水の中に取り込んだモノは光さえも、自在に操れるようだ。

 透明人間となった彼を追跡するのは至難しなんわざといえる。


 色々と情報を聞けたのはいいが、ニンクルラには辛い真実を知る機会となってしまった。


(さて、どう切り出したモノか……)


 綺麗な銀髪をいじりながら考えていると、


「あの方は、悪人だったのですね」


 とニンクルラが先につぶやく。

 『あの方』というのは水蛇みずちの事だろう。


 私たちとニンクルラを合流させるために、監禁されていた彼女を助けたのだという。当然、善意からではない。


 むしろ、これから起こるニンクルラの悲劇を『華麗に演出しよう』というふしさえ見て取れる。


 恩人だと思っていた人間の悪意に触れ、ショックを受けているようだ。


「ああいうのは、クズっていうのよ」


 私は否定した。人には善と悪がある――非常に分かりやすい考え方だが『善でもあり、悪でもある』というのが私の考え方だ。


「盗みを犯した人間は悪よね?」


 私の問いにニンクルラは――はい――とうなずく。


「人を殺した人間も悪でいいわよね?」


 再び、私が問うと――はい――とニンクルラは答える。


「では『盗みを犯した人間』と『殺人を犯した人間』はどちらがより悪かしら?」


 当然『殺人を犯した人間』を選択する彼女に対し、


「そうね、善も悪も、相対的なモノよね」


 と答える。迷子の子供を助けるのも、怪我人を治療するのも善。

 では、どちらがより善なのか? 人はどうしても比較してしまう。


 言葉で綺麗事きれいごとは言えても、内心では違うと思ってしまうモノだ。


「少なくとも、私があなたと出会えたのは彼のおかげよ」


 それは間違っていないでしょ?――私の問いに、


「はい……」


 ニンクルラは答える。

 私が悪と断定してしまえば、殺人を生業なりわいとしてきた密林ジャガーは悪になってしまう。


 ひとり生き残った燐火ローズは、ただの被害者なのだろうか?

 彼女の知性を持ってすれば、守れる人はいたハズだ。


 悪いのは時代である。あの時代、多くの人々は絶望していた。

 そんな人々の心の均衡バランスを崩すのはむずかしい事ではないだろう。


 簡単に答えを出せる問題でない――と私は考える。

 いや、二人に魂の欠片かけらを与えた私は、考え続けなればいけないのだ。


「人は意味を作り出すことが出来るの」


 私はそう言って、ニンクルラを立ち上がらせる。

 彼女の髪は元通り、綺麗になった。


 衣服は燐火ローズに直してもらう方がいいだろう。

 目で合図を送り、お願いする。


 確か聖書では、悪魔は人間ではなく、神の敵対者だったハズだ。

 人々を惑わし、神から遠ざける存在。


 つまり水蛇みずちをどうあつかうかは、女神の仕事である。


「私たちとの出会いを運命に変えなさい!」


 今回に限っては、悪と決めつけるのではなく、これから起こるであろう悲劇に立ち向かうための力に変えるべきだ。


 少なくとも、彼女は誰かを恨んで力に変える性格タイプではない。

 よりよい未来を切りひらくために、今回の出来事をかてにする方が合っているだろう。

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