第12話 店長が黙っていない


 〈世界樹ユグドラシル〉は【神域しんいき】と呼ばれる場所にある。

 私としては概念空間ととらえていた。


 要はパソコンやスマホの中みたいなモノだろうか?

 『仮想現実バーチャル』と言い換えた方が伝わるかもしれない。


 魂をアカウントとするのなら、それぞれに権限が設定されていた。

 人の行動は歴史となり、〈世界樹データベース〉に保管されているようだ。


 世界はひとつではなく、可能性によって、様々な形で分岐している。

 それが枝のように見え、〈世界樹ユグドラシル〉と呼ばれる所以ゆえんだろう。


 通常、人はひとつの世界しか体感できない。

 しかし、実際には『様々な可能性の世界を生きている』というワケだ。


 魂はひとつだが、一人の人間は複数の世界に『同時に存在している』ことになる。

 パソコンやスマホに――複数の世界アプリをインストールしている――と考えるのがいいだろう。


 RPGや恋愛シミュレーション、アクションゲームをインストールしていても、通常はひとつのゲームしかプレイ出来ない。


 〈世界樹ユグドラシル〉とは恐らく、あらゆる世界とつながるための『ネットワークとしての役割を兼ねている場所』だと思われる。


 魂を強化する事こそ世界を――〈世界樹ユグドラシル〉を――成長させる事になるのだろう。

 そのためにも、魂を次の舞台ステージへ上げる必要がある。


 偶然とはいえ、その壁を越えたため、私は資格を得たらしい。

 上位の権限を手に入れたようだ。


 情報にえうる魂となった――と考えるべきだろうか?

 通常の魂では刺激が多すぎて、この空間では消滅してしまうのだろう。


 自分が複数いて、同時に操れる――そんな例えが一番近い。

 基本オリジナルとなる魂は〈世界樹ユグドラシル〉の中で眠り、今、外にいる自分は『もう一人の自分』というワケだ。


 補完されている魂が無事なら『何度なんどでも世界に生まれ変わることが出来る』ということになる。


 裏を返せば、権限を持つ神は『魂を管理することが可能だ』と言えるだろう。

 残念ながら今の私に、そこまでの能力はない。


 〈世界樹ユグドラシル〉に保管されている魂の情報を盗み見る程度だ。

 また、困ったことがある。


 一度は砕かれてしまった、この魂。

 それが『原初の海』を渡ったことで、新たな能力を獲得してしまったのだ。


 私は『神喰い』ゴッドイーターと命名することにした。

 条件を満たすことで、相手の〈神格〉を奪うことが出来るらしい。


 霊鳥シムルグからも〈神格〉の一旦をゆずり受けた。

 砕けてしまった私の魂の欠片かけらと交換なので、無理に奪ったワケではない。


 形見として受け取った――という意味合いニュアンスの方が正しいだろう。

 ただ、今から考えると『この所為せいで女神になった』と思われる。



 ◆◇◆◇◆



 密林ジャガーの投げた短剣ナイフめた水の壁。

 それが――ゴポゴポッ!――と音を立て、消失する。


 短剣ナイフからびた植物の根が、水を吸収したらしい。

 相手の防御壁に穴を開けた。


 水の壁が消失したため――カランッ!――と音を立て、二本の短剣ナイフは床に転がる。

 すで密林ジャガー穿うがたれた穴を狙って、寸鉄すんてつ投擲とうてきしていた。


「待ってください!」


 蛇男は声を上げたが、慌てた様子はない。

 実際にそんな音はしないが――ぐにゃり――と相手の腰が後方に百八十度倒れた。


 まるで骨など無いかのような動き。

 飛んで来た寸鉄すんてつを余裕でかわす。正直、気持ち悪い。


 加勢しようと思ったのか燐火ローズも身構えるが、密林ジャガーはそれを手で制した。

 相手に殺意がなかったことも理由だろう。


 しかし、単純に――燐火ローズを戦わせたくない――と思ったのかもしれない。

 植物のおりでニンクルラを完全に防御しつつ、密林ジャガーは相手の動きに注視する。


「いやいや、降参です」


 と蛇男。曲げていた腰を元に戻す。

 体勢を整えた――というよりは『上体を起した』という表現の方が適切だろうか?


 いずれにせよ、気持ちの悪い動きだ。

 相手は降参のつもりで、ひじを曲げ、両手を上げる。


 能力を使えるのであれば、その姿勢に意味はない。

 密林ジャガーが本気で戦った場合、王都が森になってしまう。


「いいわ、話を聞きましょう」


 と私。両手にそれぞれ短剣ナイフを持ち、身構える密林ジャガーの横から顔を出す。


「おかしな真似まねをしたら、店長が黙っていないからね」


 相手をおどすのも忘れない。

 店長も乗り気で――キュキュッ♪――と鳴く。


 私の頭の上で、白いモコモコ毛玉ボディのまま立ち上がり、打撃練習シャドーボクシングを始める。

 打つべし、打つべし、打つべし!


「それは怖いので、遠慮します」


 とは蛇男。彼は店長の能力を知っているのだろうか?

 私もつい最近――店長の真の姿を――知ったばかりだ。


 できることなら、けしかけたくはない。


「なら、なんの用? あなたたちの正体、目的、能力を教えなさい」


 私は強気に出る。


(どうせ、素直に教えてはくれないのでしょうけど……)


 そんな風に思っていたのだが、


「ワタシの名は『水蛇みずち』――この世界を崩壊へと導く女神に従う者です」


 とお辞儀じぎをする。右足を引く、貴族社会の挨拶ボウ・アンド・スクレープだ。

 どう見ても、拱手きょうしゅ礼をする文化圏の出身に見えるので、違和感しかない。


「今回の目的は密告です」


 と告げた後、


「ですが、その前にラムダ様へ『おめでとうございます♪』の挨拶ですね」


 贈り物プレゼントも持って来ましたよ――と水蛇みずちは口のはしり上げる。

 微笑ほほえんでいるつもりだろうか?


 目が細いため、元から笑っているようにしか見えない。

 そのため、表情から感情を読み取るのはめた方が良さそうだ。


「わーい、やったぁ♪」「キュキュウ♪」


 私と店長はそう言って、両手を上げた後、


「――て、なるかいっ!」「キュウッ!」


 床に物を投げつける仕草をする。それを見て――アッハッハッハ!――と大袈裟な動作で両手を叩き、拍手をする水蛇みずち


 どうやら、日本のお笑い文化にも詳しいらしい。


(これはあなどれない相手ね……)


 警戒を強める私に対し、


「いえいえ、本当ですよ」


 と水蛇みずち。続けて、


「我があるじはゲームをしたいようです」


 などとろくでもない発言をする。

 どうやら、世界を破壊する側の神がいるらしい。


(この場合は邪神プレイヤーとすべきかしら……)


 とんでもない相手が出て来てしまった。どうして世界が滅びの道へ向かうのか、不思議に思っていたのだが、彼らが裏で動いていたようだ。


「ワタシが仕えるのは双子の女神様でして、ラムダ様のことを気に入ったようです」


 水蛇みずちは嬉々として語るが、私としては、ちっとも嬉しくない。


(特に双子というのが気に入らない……)


「ラムダ様には、我々のゲームに参加する権限が与えられます」


 と水蛇みずち。話の流れから、贈り物プレゼントというのはそれらしい。

 全力で拒否したい所である。

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