第10話 妹がいるの?


 始まりの村『ギルタブリル』――こういった閉塞へいさ的な村だからこそ、昔ながらの風習や信仰が残っていたりもする。


 この村の住民たちにとって、バラが自分たちの命綱であることは理解しているのだろう。当然、大切に育てられる。


 また、育種――人為的に作り出したり改良したりすること――も行われていた。

 要は品種改良で、バラの場合は異なる品種同士を交配するのが基本のようだ。


 土壌改良や土づくりも研究されていて、地上には白い灰が降り積もっているというのに、村の温室ではバラの花が咲き誇っていた。


 世界の崩壊を防いだ際には――バラの苗と培養土を分けてもらえないだろうか?――と本気で考えてしまう程である。


 まるで『この村だけ、常春のようだ』と感じてしまう。

 流石さすがは『愛の女神』を信仰する村だ。


 愛と美の女神『アフロダリス』――この地方に伝わる女神。

 その象徴がバラであった。


 バラの花の美しい見た目や香りが『愛や美』というモノを連想させるのだろう。

 いつしか『愛の女神』が、この村にける信仰の対象となっていた。


 どうやら、ジョゼフィーヌの祖父は私をその『愛の女神』と勘違いしたようだ。

 嬉しいような、恥ずかしいような、むずがゆい気持ちになる。


 元来は豊穣の植物神、春を司る生殖の女神でもあった。

 この村とは相性がいいのだろう。


 また、錬金術師アルケミストは『聖王教』よりも、古い神々を信仰している。

 すぐに私が――『愛の女神』である――と結び付いたようだ。


 『戦の女神』としての側面も持つのだが『美しい花にはとげがある』ということだろう。まさしく、とげのあるバラのような存在だ。


 祖父が感動で震える中、ジョゼフィーヌはキョトンとしていた。

 これが信仰心の差らしい。


 最初は苦労するかと思っていた交渉だったが、ジョゼフィーヌの祖父からはあっさりと情報を聞き出すことが出来た。


 女神様々である。ただ、私がこれから起こるであろう悲劇を予測していれば、今よりも状況が良くなったハズだ。


 その後悔は今も消えない。



 ◆◇◆◇◆



 信心深いニンクルラ。彼女は信託を得たのだという。

 その内容は――この国はもう時期、海に沈む――というモノだった。


 私の記憶には、そのような史実は存在しないのだが、一蹴いっしゅうしていいような話ではない気がする。彼女の言葉を信じるのなら、ニンクルラは『預言者』なのだろう。


(いや、精霊を宿す瞳を持つから『見者』シャーマンなのかな?)


 私が『空中都市』と呼んでいる場所にも神は住んでいる。

 その神々の誰かの仕業なのだろうか?


 後世の歴史でも、この都市は残っている。

 津波のような一時的な被害だと考えた方が良さそうだ。


 ただ、地震の記録はない。

 海底火山の噴火で、揺れを伴わない津波が発生することはある。


 しかし、それが理由であるのなら、一定の周期で発生しているハズだ。

 一度だけとは考えにくい。


 地盤沈下や大雨の可能性もあるが、記録には残るだろう。


烈風アウルに相談した方がいいかも……)


 もしかすると、彼がこの場にいないのは、それを調査している可能性がある。


「それで神殿へ報告に行ったのですね……」


 私の言葉にニンクルラはうなずく。都市が沈没することを神殿へ報告した彼女だったが、神官たちに監禁されてしまう。


 この都市は交易により、成り立っている。

 余計なことを吹聴されて、影響が出るのを恐れたのだろう。


 権力者が自分の利益を追求するあまり、物事の本質を見失うのは珍しいことではない。


 ニンクルラの場合は、王のきさき候補でもある。

 口封じをされずに済んだようだ。


「でも、わたくしが捕まっても、妹がこのことを知っているので大丈夫です」


 と語る。待って――と私。

 大体、この手の物語は妹に婚約者を取られるのが定番である。


「妹がいるの?」


 その質問に、


「はい、わたくしと同じ銀色の髪で、大人しい少女です……」


 と答えるニンクルラ。妹のことを疑っている様子は一切ない。もし、先に神殿へ情報を流し『姉が捕まるように操作していた』としたらどうなるのだろう?


(婚約破棄からの国外追放、ニンクルラを失って国は海に沈む……)


「その妹が裏切った可能性はありますか?」


 彼女に聞いた所でムダなのは分かっていたが、一応、確認をする。


「妹は、とても悪いことが出来るような性格ではありません」


 とニンクルラ。思った通りの回答だ。


(それって、猫をかぶっているだけなのでは?)


 私も妹だったから分かるのだが、姉に反発するよりも、しおらしい態度を取っていた方が男性からの受けがいい。妹というだけで、男は変な幻想を抱くようだ。


 姉や妹がいない男性の場合、特にその傾向けいこうが強い。私の場合は姉である双子の性格が悪かったため、自分を守る意味でも、逆らわないようにしていた。


(いや、そんなことよりも……)


「聞きたいのだけれど……」


 嫌な想像をしてしまい、私は蟀谷こめかみに指先を押しつけながら声に出す。


「はい、なんでしょうか?」


 と無邪気なニンクルラ。


「もし、あなたになにかあった場合、その妹が代わりを務めるのかしら?」


 私の問いに、


「その通りです。妹がニンクルラとして、わたくしの代わりを務めます」


 そう答えて彼女は微笑ほほえんだ。

 なにがそんなに嬉しいのだろうか? 更に続けて、


「一緒に育ったので、わたくしのフリをするのは得意でしょう」


 見抜かれることはないかと存じます――と説明までしてくれた。

 取りえず、事件の概要が見えてきた気がする。

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