第9話 内緒ですよ☆


 始まりの村『ギルタブリル』――錬金術師アルケミストの隠里ともいうべき場所で、かつては『死の都』として恐れられていた場所でもある。


 そう呼ばれる原因は大規模な伝染病が、この地を中心に発生したことにあった。

 詳細は不明だが、ペストやインフルエンザのたぐいだろう。


 記録には『人から人へと感染した』とある。

 病気の感染を恐れた暴徒の手により、辺り一帯は火の海になったという。


 この地の動植物、知識や伝統が失われた。

 だが、結果として――アウトブレイクは防がれた――とも言える。


 今となっては、その時、生き残った住民たちを中心に少数の人々が集まって、ひっそりと暮らしているようだ。


 錬金術師アルケミストの村といっても、表向きはバラ園などを管理しているに過ぎない。

 香水の原料となる『ローズオイル』や副産物である『ローズウォーター』を作って、生計を立てている。


 貴族たちの間でも評判がいいため、農業特区としてあつかわれていた。

 限られた特権階級の人間のみが知っている場所だ。


 これには世界三大宗教となった『聖王教』の影響がある。

 『聖王教』はバラの美しさや芳香が『人心を惑わす』として禁忌タブーとしていた。


 結果、おおやけの場での栽培は難しくなり、このような隠里に白羽の矢が立ったのだろう。香水の生成が〈錬金術アルケミー〉と相性が良かったのもある。


 私が始めて出会った人間の少女。

 彼女の名前は『ジョゼフィーヌ』といった。


 年齢は十四といった所だろうか?

 まだ、あどけなさを残す顔立ちに、年齢に不釣り合いな知性を持っている。


 恐らくは貴族の娘だろう。だが、正妻の子供ではない。

 世の中には、存在しない事にした方が都合のよい人間もいる。


 そういった人間が、この村には送り込まれているようだ。

 彼女も、その一人なのだろう。


 親から捨てられた少女。

 つまりはバラ園共々『いつでも処分できる存在』であった。


 そんな理由からか、時折、権力闘争に敗れた貴族の親族も来るようで、村全体の教育のレベルは高い。


 まあ、世界が滅びてしまう今となっては、どうでもいい話だ。

 表向き〈錬金術アルケミー〉の継承は途絶えたかのように見える。


 しかし、一人研究を続ける変わり者がいた。

 それがジョゼフィーヌの祖父である。


 隠居した変人貴族で、家族とは馬が合わないようだ。

 療養の名目で『片田舎に送られた』と考えるのが妥当だろう。


 本人にとっては、好きなことが続けられるので好都合のようだ。実際にジョゼフィーヌとは血はつながっているようで、彼女が身の回りの世話をしているらしい。


 〈錬金術アルケミー〉について詳しく知りたかったのだが――最初から手詰まりかな?――そう思っていた私にとっても、有難い話である。


 問題はジョゼフィーヌの祖父が自他共に認める『変人である』ということだ。

 職人気質なのだろう。会話には苦労すると思われた。しかし――



 ◆◇◆◇◆



 私が外套フードを外すと、ニンクルラの態度は一変する。

 恐らくは『水の精霊が宿る』という瞳が要因なのだろう。


 神々こうごうしい姿として――私の姿は――彼女の瞳にうつるようだ。


「女神様とはつゆ知らず、失礼な態度をとってしまい、申し訳ございません!」


 ニンクルラは両膝を床に突き、両手を合わせ、必死に祈る。

 この地では上層階級の人間ほど、信心深い。


 神殿が立てられ、様々な儀式が行われているのだから当然だろう。

 日本でも『まつりごと』は『政』まつりごとであり、『祭りごと』でもある。


 人々をつなぎ、社会を形成する上で、神は必要な存在だ。

 私も、こういう対応をされるのは一度や二度ではない。


(まあ、実際に女神だから仕方がないのだけれど……)


 魔力に適性のある人間が私を見た場合、魔王と誤認するらしい。

 その逆に信心深い者たちからすると輝いて見えるようだ。


 後光が差す――というヤツだろうか?

 神だの聖女だのと呼ばれてしまう。


(いったい、私の身体はなにで出来ているのだろう……)


 燐火ローズの作ってくれた神力偽装の効果がある外套マントがなければ、真面まともに外を歩けないのが現実である。


「落ち着きなさい、ニンクルラ。私の名は女神ラムダ」


 と告げる。


(本当は『山田』だけれど……)


 転生した際、地上へ声を届けたことがあり、うっかり名乗ってしまった。

 いつの間にか――『ヤマダ』から『ラムダ』へ――名前が変わっていたというオチだ。


(もっと、カッコイイ名前にすれば良かった……)


 と今では後悔している。


「ラムダ……様?」


 とニンクルラ。聞き覚えのない名前なのだろう。

 日本で例えると、ここは政治家などが利用する料亭に該当する場所だ。


 その一室で、こんな対応をする破目になるとは思わなかった。


(最近は『美少女エルフ』で誤魔化すことを覚えたというのに……)


 一層いっその事、今から語尾に『エルフ』と付けるべきだろうか?

 しかし、彼女の表情は歓喜かんきに満ちている。


 若干のづらさを感じつつ、


「恐らく、この地では、別の名で伝わっているのでしょう」


 そんな私の言葉に、


「海の女神『ティアムス』様ですね!」


 ニンクルラは声を上げ、キラキラとした瞳で私を見詰めた。

 まるで恋する乙女である。


(宗教って、怖いわ……)


 信仰されるのは有難いが、度が過ぎると恐怖を感じる。

 まだ、私の精神は『人間側にある』ということだろう。


 海の女神ティアムス――確か『全てを運んだ』みたいな伝説があった気がする。

 この国は海に挟まれているため、海からの恩恵が大きい。


 恐らくは火山の影響があるのかもしれない。流れてくる溶岩を海の水で押しとどめて出来た地形であるのなら『建国神の一柱になった』というのもうなずける。


 大地を創った女神としても、海の守り神としても、国民から愛されているハズだ。


「内緒ですよ☆」


 と言って、私はウインクをする。否定も肯定もしない。

 ニンクルラが勝手に勘違いをしているだけだ。


 しばらくは、その設定を使わせてもらうとしよう。しかし、考えようによっては『シン女神ラムダ』として再起動リブートした方がいいのかもしれない。


 世の中には『変わるモノ』と『変わらないモノ』がある。

 そして、大抵の場合は思い通りになってはくれない。

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