第7話 女子の戦い方


復讐ふくしゅうはしないの?」


 今の彼の能力なら、国をひとつほろぼすのも、難しくはないだろう。

 『密林ジャガー』――私が彼に新しく与えた名前であり、魂に刻まれた能力。


 彼の周囲の植物は途轍とてつもない早さで成長する。

 一夜にして、街を森へと変えることができるだろう。


 西洋ではかつて、森は悪魔の住処すみかとされた。

 山や川に神が住むとした日本の文化とは異なる考え方だ。


 人を殺すことなく、恐怖へおとしれるには十分な能力である。

 今の彼なら動物だけではなく、魔物を使役しえきすることも可能だろう。


 人々の集まる旗となり、人を束ねるのが王とするなのなら、彼の存在は王の持つ力の対極にある。


 単純な疑問でしかなかった私の質問に対し、彼は首を横に振ると、


「俺は多くの人の命を奪ってきた……」


 その資格はない――と答える。

 家族のいない子供が、組織や宗教の手によって、洗脳されることはあるだろう。


 彼は人を殺すすべを叩き込まれたらしい。

 ただ任務で、この村をおとずれ――人間らしく生きることを知った――それだけだ。


 組織から追われ、復讐する意味も見出みいだせなくなったのだろう。


「守るモノも、もうないからな……」


 と寂しそうに語る彼に、


「私がいるじゃない!」


 強く宣言する。霊鳥シムルグにお願いされた『世界を救う』という約束。

 この時、私は少しだけ、その本当の意味を理解できた気がした。


 意味を与え、意味を考える。

 言葉が人を生かし、心を揺さぶる。


 毒にも薬にもなる人間の持つ能力。

 彼は私に、人の可能性を見出していたのだろう。



 ◆◇◆◇◆



 魔法とも科学とも違う〈錬金術アルケミー〉。

 この世界では異端とされる秘術となっていた。


 魔法の脅威による人々の支配。

 神々の奇跡とされる神秘の力。


 薬学や職人の技術とも異なる知識。

 歴史から排除するだけなら、時の権力者に働きかければ容易だっただろう。


 しかし、きんを生成し、人に不老不死を与える。

 権力者が自らの欲望のために、その技術を独占しようとするのも道理だ。


 勿論もちろん偽物にせものも多かったが〈錬金術アルケミー〉がなくなる事はない。

 霊鳥シムルグとの約束もあったので、転生した私は〈世界樹ユグドラシル〉の記憶を辿たどった。


 過去に五度、世界が滅んだ理由はすべて〈錬金術アルケミー〉にあることが分かる。

 世界の終着点にはいつも『錬金術師アルケミスト』の影があった。


 欲に駆られた人間たちの末路――


(そう考えることも出来たのだけれど……)


 同じような理由で世界が五回も滅ぶのだろうか?

 なにかあると考えた私は〈世界樹ユグドラシル〉の記憶を更に辿たどることにした。


 〈世界樹ユグドラシル〉には、これまでの世界の記録が蓄積されていて〈天命のしるし〉を持つ私は、自由に調べることができる。


 結論から言えば〈錬金術アルケミー〉は魔法と科学の『いいとこ取り』であり、世界を滅ぼす脅威にはなり得ない。


 それこそ『隕石の落下』や『天変地異が起きた』という理由の方がしっくりくる。

 つまり、世界の崩壊は人為的に引き起こされていることが分かった。


 しかし、根拠はない。歴史の影で何者なにものかが暗躍しているようだ。

 世界を滅ぼしてどうするのか? それとも、ただの娯楽なのか?


 目的は分からない。

 私も前世では『世界から消えてしまいたい』と願っていた人間だ。


 だからこそ、敵の気持ちが理解できる。

 改めて人類の歴史を調べてみたところ、転換期は六つ存在するようだった。


 そのいずれにも女性が関わっている。

 私は【悪役令嬢ヒロイン】と呼称し、一人ずつ、問題を解決していくことに決めた。


 まずは『道楽姫』と呼ばれるニンクルラと接触することにした。

 彼女の浪費癖により国はかたむき――本来は『世界最大の港湾都市になる』ハズだった――この街の発展は百年遅れてしまう。


 それだけの間、人の流れと物流がとどこおってしまっては、この地域の科学と経済の発展に関わる損失は計り知れない。


 人々が暮らしを守るために流した血の意味も、肥沃である大地の意味も、すべては風化していく。


 平和な暮らしがあれば、文明がどれだけ発展したのか――

 食料が多くあれば、どれほどの民がえることなく暮らせたのか――


 そう考えると、彼女の罪は大きい。

 ただ、今、私の目の前で美味おいしそうに肉串を食べている彼女が『人類の敵になる』とは、どうしても思えなかった。


(やはり、見落としがあるみたい……)


 私は彼女を仲間たちへと引き合わせることに決める。そのためにも――


「お腹を空かせておかないと、夕飯が食べられないわ!」


 と鼓舞こぶした。

 まだ食べる気か!――そんな表情で密林ジャガーが私をにらんだけれど、気にしない。


「腹が減ってはなんとやらよ♪」


 人は食べ続ける限り、戦うことができるのだ。


(多分、そんな意味だった気がする……)


 これは暴食ではなく、戦うために必要なことなのだ。

 空腹は最大の調味料。勝つためには避けては通れない道である。


「これが女子の戦い方なのよ♪」


 女性が美味しい物を食べられる世界は平和への第一歩だ。

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