第6話 一番の被害者


くやしいの?」


 夜中だというのに、村の中は明るい。

 民家には火が放たれ、村全体が明々と燃えているからだ。


 戦いは終わり、武器がつかり合う音も、人々の悲鳴も聞こえなくなった。

 そんな中、私は煙にもかれず、火の粉すら寄せ付けないで立っている。


 それは烈風アウルが守ってくれているからだ。

 目の前の少年は崩れた民家のへいを背に、寄り掛かるように倒れていた。


 そのため、背の低い私を見上げる形で視線が向けられる。

 兄としたっていた男に裏切られ、愛しいと思っていた人は彼をかばって死んだ。


 誰が悪いワケでもなく、大切な人を守るための行動である。

 歴史をかんがみる限り〈錬金術アルケミー〉に関わる存在は消される運命にあるようだ。


 第二の故郷ともいうべき村は、国を守る兵士たちの手によって蹂躙じゅうりんされてしまった。


 最後まで戦った彼の左目はつぶされ、右腕は折れてしまっている。

 腹部には槍が突き刺さり、常人であればすでに虫の息だ。


 私に向かってなにか話そうと口を動かす。

 しかし、ゴポゴポと音を立て、口から出るものは真っ赤な血液だった。


(『ニ』『ゲ』『ロ』)


 口の動きから察するに、そう言っているのだろうか?

 彼にはもう、信じるモノもなく、守るモノもないハズだ。


 この村にとって私は〈錬金術アルケミー〉に必要な道具を作ってもらうために、滞在していただけの存在である。


「もし、ここで貴方を助けたのなら、復讐をするの?」


 私はたずねたが、会話は成立しそうにない。それでも――


「いいわ、助けてあげる」


 彼と過ごした時はわずかだったけれど、誰かのために動ける人間を見す見す死なせてしまうのは違う気がする。


「私の魂の欠片かけらをあげるから、一緒に来て……」


 もう、私の言葉は届いてはいないのだろう。

 それでも、彼が一人で死ぬのは可哀想だと思ってしまった。



 ◆◇◆◇◆



 宿に着くと、部屋を取る。仲間との合流は別のお店だ。商人御用達ごようたしの宿ということで、馬車の見張りもしっかりしていて、食堂は商談の場と化している。


 宿代の値は張るが、元は十分に取れるだろう。

 助けた少女の名前は『ニンクルラ』。


 私が対峙すべき〈六人の【悪役令嬢ヒロイン】〉のひとりと同じ名前である。

 青の瞳は水の精霊の力が宿っているからだろう。


 特徴も一致する。恐らく、本人で間違いはない。

 だが、史実と性格が異なる。


(これは情報を集めてからの方がいいわね……)


 彼女の正体がバレると厄介なことになりそうなので、私と同じく外套フードかぶってもらうことにした。


「約束の時間まで、まだあるがどうする?」


 密林ジャガーの言葉に、


「決まっているじゃない!」


 食べ歩きよ!――と私。彼はみずからのひたいおおうように手を顔に乗せる。


(そう言うと思っていたが、実際にそう言うとは思っていなかった……)


 そんな所だろう。

 期待を裏切らない女――それが私だ。


 一方でニンクルラは、どういう反応をすればいいのか分からずに戸惑っている。

 私は彼女の手を取ると、


「さあ、行くわよ!」


 宿の外へと連れ出す。常人よりも身体能力は優れていた。

 ニンクルラのような少女を引っ張り回すのは簡単である。


 重要なのはお互いを知ること。

 そのためには、一緒に美味おいしい物を食べるのが一番だ。


 港もあり、王都というだけあって、街のにぎわいもひとしおだ。

 海が近いので、風がベトつく気もするが、すぐにれる。


 港から市場へ続く通りは、屋台がズラリと並び、お祭りのようだった。

 きっと毎日、こうなのだろう。


 しかし、この街を悲劇がおそうことになる。

 王妃として嫁いだニンクルラ。


 彼女には浪費癖があったのだ。

 元々は王様が性的不能者だったことが起因する。


 先天的性不能は、手術で治せないこともない。

 だが――魔法がある――この世界では、医療の発達が遅れていた。


 女性として構ってもらえないニンクルラの興味が、衣装や宝飾品へ移ったとしても仕方のない事だろう。


(他の男性と関係を持って、子供が出来ても大問題だしね……)


 王族として身持ちが堅い点は評価できる。

 だが、その反動は物欲へ向いたようだ。


 王妃へ衣装や宝飾品を売りつけることが出来れば、商売の成功を約束されたようなモノであった。


 商人たちはこぞって、品物をき集めた。

 ニンクルラは湯水のようにお金を使ったという。


 彼女なりに王様を好きになろうとした結果だろう。

 政略的な結婚であり、恋愛が成り立つような世界ではなかったのかもしれない。


 しかし、彼女は王様を好いていたように思える。

 でも、好きな相手に振り向いてもらえない。


 そのことが彼女の精神的苦痛ストレスでもあったようだ。

 結果、国庫は空になる。


 度重なる増税により、国民が反乱を起こすのは道理であった。ただ――富が集まる『ステラニア王国』を手に入れたい――と思う周辺国があるのも事実だ。


 すべては彼女ひとりの手によって、国がかたむいたように後世では語られているが、武力以外の侵略を受けていたことは容易に想像ができる。


(私がすべきことは彼女を助けることなのかもしれない……)


「ねえ、次はあっちのお店も見てみよう♪」


 食べ歩きのつもりが、いつの間にか、異国から集まった衣装や装飾品アクセサリーの買い物へと変わってしまった。無邪気に手を引く私に対し、


「ま、待ってください!」


 困惑しながらも、どこか楽しそうなニンクルラ。

 やはり、こんな女の子が世界を滅ぼす要因だなんて、間違っている気がする。


(まあ、一番の被害者は女性の買い物に付き合わされる男性よね……)


 どんな敵にも屈しない密林ジャガーの瞳が、若干くもっている気がするのは、気の所為せいではないだろう。

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