第3話 子育ては難しい


 可愛らしい双子の姉妹。

 自然と周囲の人々は姉たちを甘やかし、姉たちは私をあわれむようになった。


 普通であることが、そんなにもいけないことなのだろうか?

 本来ならば――私が成人して、家を出れば終わり――そんな話だったのだろう。


 しかし、母が病気で亡くなってしまった。

 周囲の人々は姉たちを「可哀想だ」と更に甘やかす。


 それで彼女たちは勘違いをしたのだろう。

 母の残した生命保険のお金があったのも良くなかったようだ。


 家事も手伝わずに、遊びほうける二人。

 若い頃は、それで良かったのだろう。


 母が生きていれば、注意してくれたのかもしれない。

 しかし、大人おとなになった彼女たちの性格は悪く、結婚も出来ずにいた。


 今ではすっかり、実家暮らしの不良債権と化している。

 どうやら、結婚している女性や自分たちより若い女性が憎くて仕方がないらしい。



 ◆◇◆◇◆



 正直なところ、美少女に生まれ変わったのは――姉たちを見返したい!――そんな願望が私の心の奥底にずっと沈殿していた。


 ただ、それだけだったようで――


(今となっては、特に美少女になる意味はなかった……)


 と反省している。素直に反省できる私、えらい!

 過ぎてしまった事に、いつまでも悩んでいるのは時間のムダだ。


 私は切り替えることにする。


「街に着いたの?」


 お目目ぱっちり! 無邪気をよそおう完全無欠の美少女である私の言葉に――ああ、見えてきた――と密林ジャガーは前方を指差す。


 石造りの壁に囲まれた大きな都市が見えてくる。


「美味しい物があるといいわね♪」


 過去の夢を見た所為せいで、暗い気持ちになってしまった。

 ワザと明るく振る舞う私に、


「俺は主君マスターの作ってくれた食事の方がいい」


 と密林ジャガー。私は不器用なりの彼の優しさが嬉しくなり、


いヤツめ」


 そう言って、彼の頭をワシャワシャした。

 この世界では珍しい黒髪黒瞳。


 童顔であることも加わり、彼の姿は日本を思い出させる。


めてくれ……」


 その言葉と同時に密林ジャガーの手が、私の顔におおかぶさる。

 むぎゅー!――彼の大きな手によって無理矢理、遠ざけられてしまった。


(もう少し、触っていたかったのに……)


「むーっ」


 とほほふくらませる私に――そんな顔をしてもダメだ――と密林ジャガー

 単にれているだけだろう。


 私としては、母親が息子を可愛がるようなモノである。

 これも幼い頃に母を亡くした反動だろう。


(さあ、思う存分、私に甘やかされるがいいさ!)


 両腕を広げ、彼をめようと思った時だった。


「あれ? また髪が伸びたみたいね」


 以前、彼の頭を抱き締めて、チクチクしたことを思い出す。

 硬い髪なので、切るには特注のはさみが必要なのだ。


 柔らかい私の髪とは大違いである。


「街に着いたら、切ってあげるね♪」


 そう言って、私は微笑ほほえむと――チョッキンチョキチョキ――かに真似まねをする。


「いいから、大人しくしていてくれ……」


 舌をむぞ――密林ジャガーはそう言って、溜息をく。

 なんだかんだで、心配してくれるのが嬉しい。


(やっぱり家族って、こういうモノよね!)


 ひとり浮かれる私は足をプラプラさせながら、御者席で鼻歌を口遊くちずさむ。

 確かに、道が舗装されているとはいえ、馬車の上は揺れる。


 土が剥き出しの地面は『幾分いくぶんマシ』というだけで、時折――ガタン!――と大きく上下に動いた。こんな中、寝ていた私は大物なのだろう。


 通勤電車で立ったまま寝る技能スキルを持つ私にとっては、荷馬車の御者席で寝るなど、容易たやすいことよ!


「ねぇ、めて、めて♪」


 頭を突き出す私に対し――なにをだよ?――と彼は疑問に思ったのかもしれない。

 だが、言われるがまま片手を手綱たづなから放し、頭をでてくれた。


 ただ、外套フードの上からというのが納得いかない。

 女神である私が姿をさらすと、とんでもない事になる。


 そのため、全身をすっぽりと茶色ベージュ外套マントおおっていた。

 今ならまだ、人目も少ない。荷台に一人、お客さんがいるくらいだ。


「これ……少しくらいなら、とってもいいかな?」


 私の問いに、彼は慌てて外套フードかぶせた。


めてくれ、大騒ぎになる」


 と少し慌てた様子だ。

 直接、頭をでて欲しかっただけなのだが、悪いことをしてしまった。


「ゴメンさない」


 私が謝ると、


「いや、気を付けてくれればいい」


 そう言って密林ジャガーは顔をらす。

 もっと気の利いた言い方があったのでは?――と彼なりに考えているのかもしれない。


 一度は砕け散った私の魂――その欠片かけらを分け与えた『神の子供たち』。

 この世界から不要とされ、消えてゆくだけの存在に私は新たな名前と使命を与えた。


 立ち上がり、再び生きること――

 武器を取り、共に戦うこと――

 世界を巡り、滅びから世界を救うこと――


(そして、母である私を甘やかすことだ!)


 どうやら、調子に乗り過ぎたらしい。

 彼はこの間、最愛の女性を失ったばかりである。


 心の距離は、これから少しずつ詰めていけばいいだろう。

 時間はたっぷりとあるのだ。


「私、頑張っていいお母さんになるわ!」


 と立ち上がり、拳を握り締めた。

 そんな私を――分かってないな――といった目で彼は見る。


 私としては、改めて決意表明をしたつもりだったのだが上手くいかない。

 いやはや、子育てとは難しいモノである。

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