第12話(1)作家さんに無理はさせません
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「お疲れ様です、マル……先生」
私はマルガリータさんに頭を下げる。
「え、せ、先生ですか?」
「はい」
「い、いや、モリさん、今までみたいに、マルさんって呼んで下さいよ」
「いやいや!」
私の言葉にマルガリータさんはビクッとする。
「え、ええ……」
「……そういうわけには参りません」
「な、何故ですか?」
「……先生がベストセラー作家だからです!」
「だ、だからといって……」
「少なくともこういう公の場では、作家と担当編集というケジメを今まで以上にしっかりとつけなければなりません……」
「は、はあ、そういうものですか……」
「そういうものです」
「ただ……」
「はい?」
「少なくとも公の場では……とおっしゃいましたよね?」
「……まあ、はい」
「では私的な場ではこれまで通りの関係性ということで構わないということですね?」
「あ、はい……これまで通りというのが、いまいち分からないような……」
戸惑う私にマルガリータさんが畳みかけてくる・
「公的な場に影響を及ぼさなければ、私的な場でどのように交流を深めても問題ないと……そういうことですね?」
「ああ、はい……そ、そうなんですかね?」
私の答えにマルガリータさんは笑みを浮かべたように見えた。
「私的な関係性に何らかの進展があっても、大丈夫だと!」
「えっと……何をもって大丈夫なのかにもよりますが……」
「問題ないということですね? 先程モリさんは、この問いにはいとお答えになりました」
「え? ま、まあ、はい……」
「それならば結構です」
「そ、そうですか……」
何かヌルヌルっと外堀を埋められてしまったような気がするが、まあ、それはいい。
「そこで、ここは? どこなんでしょうか?」
マルガリータさんが周囲を見回す。白い壁に覆われたさほど広くない部屋だ。
「えっと……ここは体育館です」
私は答える。
「体育館?」
マルガリータさんが戸惑う。
「あ、来られるのは初めてですか?」
「いや、別の体育館にはありますが、もう少し大きい方……」
「ああ、それは第一体育館の方ですね」
「え、ええ、確かそうでしたね……」
「本日お越し頂いたのは第十三体育館の方です」
「け、結構多いんですね、体育館って……」
マルガリータさんが苦笑する。
「そうなんです、この国は案外広いですから」
「えっと……」
「はい」
「今日はこちらでサイン会ですか?」
「いいえ」
「え? あ、トークイベントですか?」
「いえ」
「え? 違うんですか?」
「全然違います」
「ぜ、全然違う……?」
私の言葉にマルガリータさんははっきりと困惑する。
「サイン会もトークイベントもこの間、行って頂きましたよ」
「そ、そうですよね……そ、それでは何を……」
「……こちらを」
私はある物をマルガリータさんに手渡す。マルガリータさんはそれを確認する。
「こ、これは……マスク?」
「はい、『転移したらプロレスラーになった件』、通称『転スラ』の著者であるマルガリータ先生に、謎の覆面レスラーとして、プロレス団体とのコラボマッチに参戦してもらいます!」
「ぜ、絶対、嫌です!」
マルガリータさんは激しく拒絶する。
「さあ~皆さん、お待ちかね~選手の入場だ!」
「うおおおっ!」
「赤コーナー! マッドに大量の血の雨を降らす、この国のプロレス界一の嫌われ者ながら、その圧倒的なまでの強さで絶対王者に君臨する! チャンピオン・グレゴリー選手!」
「イエーイ!」
「ブゥゥー!」
大きな声援とそれをかき消さんばかりのブーイングが入り交じり、会場は早くも異様な雰囲気に包まれている。
「それでは青コーナー! 今や知らないもののいない、大ヒット小説、『転移したらプロレスラーになった件』、通称『転スラ』で、この国に未曾有のプロレスブームを巻き起こした才媛が今宵、なんと自らマッドに上がることになったぞ!」
「うおおっ!」
「まさか自分がリングデビューとか、おもしれー女!」
観客は早くもヒートアップしている。司会が続ける。
「それでは、挑戦者、マルガリータの入場だ!」
「キャアア! ……?」
「ウエーイ! ……ん?」
「マルガリータ、軽やかにロープを飛び越えてリングに入場だ!」
「ざわざわ……」
「観客がざわついています! その理由はもっとも! 本当にマルガリータ先生ですか⁉」
「え、ええ……」
「声高っ! って、そうじゃなくて先生、声の調子がおかしくないですか?」
「ちょっと風邪を……でも大丈夫です」
「そ、そうですか、思ったよりガタイが良いんですね?」
「プロレス用に仕上げてきました」
「な、なるほど……それでは、コラボマッチ、3分一本勝負、レディ……ファイト!」
「ふん!」
「おっと、グレゴリー選手とマルガリータ先生がリングの中央でがっぷり四つに組んだ!」
「む……アンタ、マルガリータ先生じゃねえな? 何者だ⁉」
「お、大声を出さないで下さい。担当編集のモリが先生の代わりを務めます……」
私は『転スラ』にも出てくる、主役の青いマスクを被ってリングに上がった。冷静に考えれば、怪我の恐れがあるプロレスなどさせられるわけがない。まったく、会場の熱気に当てられて、どうかしていたようだ……。まあ、後は適当にそれっぽく立ち回ってもらえば……。
「ふざけんな! 俺はマルガリータ先生の大ファンなんだぞ! だからこのコラボマッチとやらも受けてやったのに! なんで知らねえ男とプロレスしなきゃならねえんだ!」
「えっ⁉ ちょ、ちょっと待って、チャンピオン! 技がガチだから!」
私は見事なヘッドロックを極められる。どうしてこうなった。
「作家の代わりに、時には体を張るのも辞さない……へ、編集愛、確かに受け取りました」
リングサイドでマルガリータさんが何故か顔を赤らめながら拳を握る。拳を握る前にタオルを早くリングに投げて欲しい……。あ、ヤバい、意識が遠くなる……。
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