第11話(4)コンセプト

「……ぷはっ!」


「ああ、ヨハンナさん!」


 私は海面に顔を出したヨハンナさんに海岸から手を振る。


「モリさん!」


 ヨハンナさんも私に気付き、泳いで寄ってくる。


「お疲れ様です」


「お疲れ様です。えっと、今日はなんでまたこちらに待ち合わせを?」


 ヨハンナさんが私に尋ねる。


「会社に来てもらうよりこちらの方が近いと思ったので……」


「こちらの方が近い?」


 ヨハンナさんが首を傾げる。


「はい」


「よく分からないですね……」


「とりあえずあちらの方へ向かいましょうか」


 私は少し離れたところを指差す。


「あちらですか?」


「ええ、そうです」


「このまま泳いでいっても?」


「それでも構いませんよ」


「う~ん……」


 ヨハンナさんは顎に手を当てて考える。


「ヨハンナさん?」


「並んで海岸沿いを歩いた方が、時間がより多くなる……あざといかしら? いや、これくらいしても罰は当たらないはず……」


 ヨハンナさんがなにやらぶつぶつと呟く。


「あの……どうかしましたか?」


「あ! い、いえ……」


「もしかして……」


「え?」


「具合でも悪いんですか?」


「そ、そんなことはありませんわ!」


「そうですか……」


「あの……ワタクシも陸に上がります!」


「え? まだ少し距離がありますが……」


「大丈夫です!」


 ヨハンナさんが陸に上がり、私と並んで歩き出す。


「本当に大丈夫ですか?」


「ええ、大丈夫です」


「それなら良いのですが……」


「う~ん、良い風ですね~」


 ヨハンナさんが伸びをする。私も同調する。


「今日は暑すぎず、風も吹いていいですね」


「本当に……」


「実はですね……」


「ええ」


「今日は確認してもらいたいことがありまして……」


「確認?」


「はい、最近は色々立て込んでおりまして、事後報告になってしまって恐縮なのですが……」


「事後報告?」


「ええ、まあ、何を言っても言い訳になるのですが……」


「別に構いませんよ」


 ヨハンナさんが笑みを浮かべる。


「え、本当ですか?」


「もちろん、内容によりますが……」


 ヨハンナさんの視線がすぐに厳しいものになる。


「そ、そうですよね……」


 私は噴き出る汗をハンカチで拭う。


「もっと涼しい格好でいらっしゃったら良かったのに……」


「いえ、これも仕事ですから」


「仕事?」


「あ……」


 私は口を抑える。


「いや、もう遅いですよ。大体分かっちゃいました」


 ヨハンナさんが私の顔を覗き込んで悪戯っぽく笑う。


「サプライズ的に演出したかったのですが……」


「ふふん、狙いは外れましたね~」


「残念無念……!」


 私は地面に跪く。ヨハンナさんが戸惑う。


「え⁉ そ、そんなにガッカリすることなんですの⁉」


「まあ、気を取り直して……見えてきましたね、あちらです」


「⁉ あ、あれは……⁉」


 私の指し示した先を見て、ヨハンナさんが驚く。


「ヨハンナさんの小説の大ヒットを受け、小説の世界観を出来る限り再現させた期間限定の『コンセプトカフェ』ならぬ『コンセプト海の家』です!」


「コ、コンセプト……海の家?」


「はい、作中でも度々登場しますよね。海の家?」


「え、ええ、でもまさか……こんな立派なものを作って……頂けるなんて……」


 ヨハンナさんはもう既に感無量と言った感じだ。とはいえ、仕事は進めなければならない。


「ヨハンナ先生!」


「先生⁉ ワタクシのことですか?」


「そうです。そろそろ慣れて下さい」


「いや、これがどうしてなかなか……気恥ずかしいものがありますので……」


「とにかく、このコンセプト海の家、明日にプレオープンを控えておりますので……」


「また、急な話ですね……」


「そのことに関しては本当に申し訳ありません!」


 私はヨハンナさんに頭を下げる。


「まあ、それはもう仕方ありませんわ……」


「そう言って頂けると……それで先生にはいくつか確認を……」


「確認……なにをですか?」


「まず、この海の家の内装です!」


「……店の外装も含めて、魅力的な挿し絵にほぼ近い形で再現してもらいました。ワタクシから言うことは特にありませんわ」


「そうですか! それは良かった!」


 私とその周囲にいるスタッフに安堵する声が広がっていく。


「スタッフさんですが……ルックス重視ではなく、感じの良い方を揃えてくれましたね」


「はい、面接を何度も行いましたから……」


「男の子の服装はカッコイイし、女の子の服装はカワイイ……良い感じですわ!」


 ヨハンナさんが右手の親指をグッと立てる。私たちはまた安堵する。


「……お待たせしました! 目玉メニューの『焼きそば』です!」


「いただきます……うん、とっても美味しいですわ♪」


「そうですか、良かった!」


 私たちはヨハンナさんの反応に三度安堵する。


「こんな海の家を作って頂いて、次回作の構想も膨らみますわね……」


「え? そ、それはどんな感じですか?」


「……ふふっ、それはまだ内緒ですわ」


 ヨハンナさんは私の顔をじっと見つめてから、さっと顔をそらすのだった。


「?」


「焼きそばのおかわり下さいます~?」

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