第5恋

 結局頭の中を思えば思わるるに支配された駿斗は時間内におすすめ文を書き終わることができず、居残りをしてしまった。

「あーもう、ちょっとは話せたかもしれないのに俺の馬鹿」

 部活に行く前に少しでも話せればと思っていたのに、居残りのせいで部活に遅れてしまい、駿斗は肩を落とした。

「あっ」

 部活に行く途中、漫研の部活動で廊下のイラストを貼り替えている佳乃を見つけた。あまりのショックで無意識に佳乃の部室を通るルートで部活に行こうとしていたようだ。

「い、伊藤!」

 声をかけると、佳乃は目を見開いた。漫画のようにキョロキョロとした後に自分だと気づいた佳乃は戸惑ったように駿斗を見た。

「えっと、どうしました?」

 まるで壁を作るように答えてくれた佳乃に寂しさを感じつつ、千載一遇のチャンスを棒にふるうわけにはいかなかった。

「あー、えっと、それ部活のやつ?」

 話すことが思いつかず、駿斗はわかっていることを聞いた。

「あ、これ?えっと、そう、部活のやつ」

「伊藤が描いたの?」

「う、うん、それもある」

 イラストを見ようと近づくと、佳乃は戸惑ったように頷いた。

「へぇー!上手だね!さっきも委員会の時、描いていたよな!」

「え、何でバレてるの」

「あっ、このキャラ見たことある」

 数枚のイラストの中から見たことあるキャラクターを駿斗は指さした。

「うん、好きな作品のイラストかな」

「へぇ!本当に上手だな!」

 イラストの話しなのか、敬語を使わなくなった佳乃に満面の笑みで駿斗は佳乃を見た。その笑顔に佳乃は意外そうな顔で駿斗を見た。

「ん?どうしたの?」

「いや、何でもない、です」

「そ、そぉ?じゃ、俺はそろそろ部活に行こうかな」

 佳乃の反応に首を傾げつつ、部活を思い出して駿斗はリュックを背負い直した。

「あ、そうだよね、最後まで残って書いていたもんね」

「そうなんだよ、考え事してて一回読んだことあるのに全然集中できなかった」

「そういえば途中まで本が逆さまだったよね」

 佳乃は思い出したのか、小さく笑った。自分との会話に初めて佳乃が笑顔を見せたので、駿斗の顔は熱くなった。そして、平然を装うように会話を続けようと頷いた。

「う、うん、全然気づかなかった。ことわざの方が気になって」

「ことわざ?あの、短編集の?」

「そう。思えば思わるるってやつ。俺的にはあまり納得いってなくて」

 佳乃と会話ができることの嬉しさと会話の勢いで思わず本当のことを話すと、佳乃は何かを考え始めた。

「伊藤?」

「私は好きだけどね、これ。思えば思わるるって思っている側からしたら嬉しいから。思ってもらいたいって気持ちわかるし」

「えっ!待って、伊藤、思ってもらいたい人いるの!?」

 思わぬ佳乃の発言にこの世の終わりかなのではないかというくらい駿斗は必死の形相で食いついた。

「え、まぁ、うん」

 あまりの勢いに佳乃も正直に頷いてしまった。その返答に駿斗は目を見開いて固まってしまった。さっきまで会話ができたことが嬉しくて、太陽の日差しが強い真夏に話しているのではないかと錯覚する暑さの中ではしゃいでいたのに、一気に身体は冷めてしまった。駿斗の夏は冬に変わり、胸のときめきの代わりに絶望を強調するかのようにドクドクと駿斗の中で警鐘を鳴らしていた。

「あの、でも、こんなこと言うの変って思うかもしれないけど、その、推しの話だからね?漫画のキャラの」

 駿斗の様子がおかしいことに気づき、何が地雷だったかは理解できないが佳乃は修正すべきところを修正しようとした。

「へっ?」

 自分の描いたイラストを見せながら話す佳乃に駿斗は生き返ったように佳乃を見た。

「漫画のキャラ?」

「そ、そう。このキャラが好きなの」

 聞き返す駿斗に佳乃は頷いた。

「な、なんだぁ」

「あの、本当にどうしたの?」

 今度は安心したように呟く駿斗に佳乃は本気で心配をし始めた。

「いや、大丈夫、何でもない!」

 適当に誤魔化した後、駿斗は嬉しそうに佳乃を見た。それでも戸惑ったように駿斗を見る佳乃に駿斗の頭の中にあることが浮かんだ。それは委員会で起きたモヤモヤを一気に吹き飛ばした。

「ねぇ、伊藤。伊藤はさ、思えば思わるるって好きって言ったよね?」

「う、うん」

「俺もね、思えば思わるるっていいと思うんだ。でも、俺はね、思うだけじゃ嫌なんだよ。思えば思わるるかもしれないけど、思うだけじゃ伝わらないと思うんだ。俺は行動に移して早く意識してほしいし、できるだけ長く時間を作りたい」

 駿斗はポカンとする佳乃に一歩近づいた。

「意味わかる?」

「う、うん、一応」

「よかった」

 駿斗は佳乃としっかり目を合わせて微笑んだ。

「だからさ、俺は行動に移すことにするよ。伊藤、連絡先を交換しない?」

 駿斗はスマホを取り出した。

「えっ、私と?」

「うん、ダメ?」

 無理強いせずに、それでも交換したいという思いは伝わるように駿斗は眉を下げて佳乃を見つめ続けた。ここまでされ、佳乃は顔を赤くしながら視線を下に落とした。首を少し振ったり傾げたりと自分の世界で自問自答を繰り返している。自分のことが好き、いやそんなわけないと考えているのかもしれない。そう考えると、嬉しくて駿斗はにやけそうな顔をスマホで隠した。

「伊藤、たぶんだけど、伊藤の考えていることが正解だから。ありえないとかそんなこと思わないでね」

 駿斗はキャパオーバーで固まった佳乃を愛おしそうに見つめ、スマホをポケットにしまった。

「ごめん、今日は連絡先交換、やめとく。次の委員会で交換させて。俺も頭がパンクしそうだから」

 佳乃に見られていないが、駿斗の顔も真っ赤だった。好きな子に意識してもらえたことが、彼女の世界に入れたことが嬉しくて連絡先をかっこよく交換する余裕がなくなってしまった。

「あっ!」

 しばらく幸せな無言の時間を過ごしていた駿斗は大きな声を上げた。

「やばい、部活!伊藤、俺行くね!」

 駿斗は焦ったように走り出した。しかし、すぐに引き返し、目をパチパチさせている佳乃と目を合わせて真っ赤な顔のまま微笑んだ。

「じゃあね、また明日!また、こうやって話しかけに来てもいい?」

 それを聞いた佳乃は目を見開いたまま、小さくロボットのように頷いた。

「ありがとう、じゃ!」



 それからの記憶はもうなかった。嬉しさの勢いで部活に行った後、気づいたらベッドの上で幸せを噛みしめるように目を瞑っていた。思い出すだけでニヤニヤが止まらず、思い出すだけで走り回りたい気分になり、なかなか寝付けなかった。

「あぁー、やっぱり好きすぎる」

 顔を手で覆って、真っ暗な部屋の中、駿斗は呟いた。眠れないけど、早く明日になってほしい。早く会いたい。それだけを願ってもう一度駿斗は眠りの世界に入ろうと目を瞑った。



 人生、何があるかわからない。もっとかっこよく接したかったのに、結局勢いのまま想いの一部を言ってしまった。ならば、告白だけはもっとかっこよく言ってみせる。今はまだやっと意識してもらっただけで、一瞬彼女の世界に入れただけだ。もっと自分のできるアピールをして、もっと自分のことを知ってほしい。それから告白する。駿斗はそう固く決意した。

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