第4恋

 あぁ、愛おしい。駿斗は隣で委員会の先生の話を聞いている佳乃をこっそりと見ていた。真剣に話を聞いてメモを取りつつ、プリントの端に先生の目を盗んで落書きをしていた。落書きをしている間は目をキラキラさせ、楽しそうだった。

「以上です。では、三年生で委員長を決めた後に係決めをしてください。カウンターで貸出をする係、本棚整理をする係など色々ありますので、各クラスで何をするか決めてください。プリントを回しますから希望を書いてください」

 思ってもいない嬉しい話に駿斗は意気揚々と、そして堂々と佳乃を見た。佳乃は駿斗の視線に緊張したような顔で駿斗を見た。

「伊藤、何にする?」

 満面の笑みで駿斗が尋ねると、佳乃は目を合わせないように視線を逸らしながら、口を開いた。

「あの、成瀬君がカウンターに入るのは少々問題があると思うので」

 敬語に引っ掛かりつつも、会話をしていることが嬉しくて駿斗は頷いて佳乃の話を聞いた。うんうんと頷いた後、敬語の他に引っ掛かることができた。

「うん?問題?何で?」

「その、図書室は静かにする場所だから。えっと、ほら、成瀬君、友達多いから、なんていうか」

 必死で言葉を選ぶ佳乃に駿斗は佳乃の言いたいことがわかった。

「あ、確かに。うるさくなっちゃうな。それはしたくない」

「その、ごめん。悪い言い方するとそうです」

 申し訳なさそうに頷く佳乃に駿斗は気にしないでと笑った。

「むしろ、ごめんな。伊藤、カウンターやりたかった?」

「いや、それは大丈夫です」

「そっか。じゃあ、伊藤は何をやりたい?」

「えっと、図書準備室で本の紹介文とか書く作業がやりたいかなって。去年、できなかったから」

「じゃ、それにするか!」

 駿斗はニカッと笑って、プリントに広報係と書いた。



 奇跡的に広報係になることができた。駿斗はこんなところで運を使ってしまったいいのかと思いつつ、佳乃の希望通りになったことを嬉しく思った。

「伊藤、何の本にした?」

 委員会の残り時間は係の仕事をすることになり、広報係はおすすめの本を選ぶことになった。スポーツ関連の本やスポーツが舞台になった小説を吟味した結果、以前読書時間で読んだスポーツと異能バトルが融合したアクション小説に辿り着いた。本を選んで席に着いた駿斗は既に席に座っていた佳乃に話しかけた。

「えっと、これですかね」

 佳乃は駿斗に自分が選んだ本を見せた。

「『ことわざ短編集』?ことわざを短編で勉強する本?」

「う、うん。面白いですよ」

 曖昧に微笑んで佳乃はおすすめ文を書き始めた。駿斗はことわざ短編集を開いた。

「お?」

 しばらくペラペラとページを捲っていると、ある一つのことわざを見つけた。

「あの、どうしたの?」

「いや、何でもない!本、ありがとう、俺も書くね!」

 佳乃に本を返し、駿斗は自分の選んだ本を開き始めた。

「えっと、うん、あの、本、逆さまですけど」

 そんな佳乃の声は考え事をしている駿斗には届かなかった。思えば思わるる。好意を持てば、好意を持ってもらえる。そんなこと、ありえるのだろうか。思っても言わなきゃ伝わらないのではないのだろうか。

「そりゃ、思われれば嬉しいけど」

 逆さの本を直すこともせず、駿斗は小さく呟いた。自分が佳乃を想うように佳乃が自分を想ってくれたらどれだけ幸せか。考えるだけで幸せになる。でも、それは本当に叶うのだろうか。悶々と今日始めて見たことわざに駿斗は頭を支配されていた。

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