第2話 吸血族の少女と拷問冒険者

それは、冒険者になって1週間ほど経ったある宴の帰りの話だった。

僕がそろそろ人間たちに自分が吸血族ヴァンパイアであると公表しようと考えながら宿に帰っている時のことだった。


「おい!何へたばってんだ!!立てやコラ!」

「吸血族なのに人間にボロクソやられて恥ずかしくねぇのかよ?」

「ゆ、ゆるして…く、ゲホゲホっ…」

「おい、何ボソボソ言ってんだ?いい加減黙れよ」


人間が少女を拷問している?いや、俗に言う『魔人狩り』か。


「おい、お前たちは一体何をしているんだ?」

「何をって、見りゃ分かるだろ…って、お前、まさか噂の新人!?」

「あと、戦う前に言っておく。僕は吸血族だ」

「誰がそんなウソを…」

「この耳と鋭い犬歯を見ても同じことが言えるか?」

「まさか、お前は…」

「そう。僕も吸血族です。なので…」

「お前も殺してやる!いくぞ!」

「吸血族は若いのから根絶やしにするもんだからなぁ」

「これで俺たちも英雄に…」


一斉に3人が降りかかってきた。何とか応戦できるといいけど。


「言い残すことはそれだけですか?」

「それだけも何も、新人なんかにられるわけ…」

「『あかき月光』」


まず1人気絶。初めて使うスキルだったけど、何とか成功した…。


「お前、そんなことして許されるとでも…」

「僕はただ、同胞を守りたいだけです!」


勢いまかせに2人目。


「おい…、なぁ、一旦話をしないか?」

「同胞を、それも大人の男が少女を惨い目に遭わせたんだから、生かしはするが、許しはしない」

「やめ…」


少女は、とても傷ついていた。

服は破れ、目立つ切り傷、あざ、刺し傷があり、長くこの環境が続いたことを物語るように、その顔は痩せこけ、疲労困憊している様子だった。

今は彼らの手出しが止んだからか、安堵の表情を浮かべて眠っているように見える。


「そうだ。療術『蒼き月光』」


療術をかけると、少女の体中の傷は消え、痩せこけていた顔も幾段かよくなったみたいだった。とりあえず、宿に連れ帰ることにした。



「…っあれ?ここは…、まさか?」

「おはよう。やっと起きた?」

「お前、あいつらの仲間か!?」

「ああ、あの人たちならどこかの道に拘束して置いてきたよ」

「もしかして、私が最後に見たあいつらを襲ったやつって…」

「ああ、多分昨日の僕だよ」

「そ、そうなんですか!?疑ってごめんなさいっ!」

「いいよ。君はあの冒険者たちから拷問を受けてたんだよね?」

「はい。でも、昨日のこととは思えません。まさか、大人に立ち向かってくれる優しい同胞に出会えるなんて…」

「もしかして、僕が吸血族だって分かるんですか?」

「はい。そういえば、私たち自己紹介がまだだったね。私はブルーハ・チョンチニーっていいます。12歳です。人前では、アオイって名乗ってます。だから、アオイって呼んでほしいんだけど、いい?」

「いいよ。僕はシドラ・コエクシスト。よろしく」

「私、あなたのことをお兄ちゃんって呼んでもいいですか?助けてくれて嬉しかったし、何より私、ずっとお兄ちゃんが欲しかったし…」

「そ、そんなことを言ってもらえたのは初めてです」


その時、耳を穿つような轟音?が響いた。


「外で何かあったのかな?」

「…恥ずかしいけど、私のおなかの音です」

「なら、どこか食べに行く?」

「いいんですか!?…あ、でもまたあいつらに会ったら…」

「大丈夫。僕、安全でおいしいお店を知っているので」

「そこでお願いします!」

「でも、服がボロボロだから先に服を買いに行こうか」

「え!?お、お兄ちゃん、そういうことは早く言ってよ…」



「お兄ちゃん、この服はどう?」

「…かわいいけど、戦いには向いてないね」

「確かに…。お兄ちゃんについてくなら戦うことも考えた服装にしないと…」

「こっち来て。アオイに似合いそうな軽装があったよ」

「どれ?」


僕が選んだ軽装は、蒼と白のワンピースの胸と肩に鉄版メタルプレートがついたものだ。


「やっぱりお兄ちゃんは私のことが分かってくれてるんだね」

「その、ただ女の子らしくて戦いやすそうな服を選んだだけで…」

「お兄ちゃん、どう?似合ってる?」


アオイが急にのぞき込んできて、思わずびっくりしてしまった。


「び、びっくりしたよ…」

「もう、お兄ちゃんったら、照れちゃって」

「と、とりあえず、お腹空いてるなら早くお昼ご飯にしよう。」

「お腹は減ってるけど、まだいいかな。次はどうする?」

「どうする、って…。そうだ、武器買いに行こう。アオイはどのジョブにする?」

「私はやっぱり冒険者になって、剣を使いたいかな。お兄ちゃんだって使ってるし、昔話だと吸血族の英雄さまたちはみんな剣で活躍してたし」

「なら、まずは短剣にする?」

「私は最初っから両手剣が使いたいな」

「え!?大丈夫なの?」

「私、昔っから力持ちだったし、きっと大丈夫だよ」

「でも、まずは試してみてから…」

「その方が、いいのかな…」


そう呟くと、彼女はヘロヘロとその場に座り込んだ。


「大丈夫!?どうかしたの、ねぇ、ねぇ!」

「ただ…、お腹が…空いて…、力が…」

「ちょっと待ってて、今すぐ連れてくから。店員さん、これください!」

「試着中のお客さんに着せたままはちょっと…」



「いらっしゃい、久しぶりだね。おや、今日は1人じゃないのかい?」

「実は、このは昨日拷問さえていたところを助けたんですけど、この娘、吸血族なんです」

「そうかい。かわいい娘だね」


「あ、ありがとうございます。と、ところで、ここは何が食べられる…お店…なんの?」

「ここは異世界の料理『ラーメン』のお店だよ。色んな味があっておいしいよ」

「らー、めん?色んな味があるの?オススメの味って?」

「僕のおススメは豚骨ラーメンかな」

「豚骨ラーメン?もしかして、家畜用に改造されたオークの骨でも使うの?」

「うん。それで出汁ダシを取るんだよ」

「何それ!?面白そう」

「じゃあ、それにする?」

「うん!」

「すみません、豚骨ラーメン2杯お願いします」

「私は麺のおかわりも欲しい」

「そんなに食べれるの?結構重いよ?」


「実は私、食べる量が多くて…。一文無しで追い出された時は死ぬかと…」

「追い出された?」

「な、何でもないよ」



「へいお待ち」

「それじゃあ、いただきます」


アオイはまず一口、麺をすすった。すると、目がカっと見開かれた。


「お、おいしい!!何これ!?」

「気に入ってくれた?」

「うん!」


そして、アオイは僕でも1杯食べきるのがせいぜいな油ギトギトの豚骨ラーメンを2杯も食べた。


「まさか、本当にあの量を食べきるなんて…。すごいね」

「そ、それほどでも…」

「それで、アオイも冒険者になるの?」

「そうすれば、お兄ちゃんとずっと一緒にいられるから。」

「なら、連合ギルドに冒険者登録しにいこう。」

「冒険者登録?」

「冒険者登録をすると、ステータスが付与されて、ステータスが上がったり高難易度の案件クエストを達成すると、階級ランクが上がるんだ。」

「それなら、私も登録しようかな。」


そんな会話をしていたら、けたたましい警報の音がした。


『緊急案件クエスト発生、緊急案件発生!!大量のデーモンがこの町に向かって北上中!あと5分無しでこの町に辿り着く模様。今すぐ出陣できる方は、町の南関所に集合してください!!』


「緊急案件?」

「アオイ、戦える?町の人間や同胞の為にも戦おう」

「うん!」



大量発生するデーモン――。この世に存在する迷惑な集団の1つである堕天使連合バサウェルの率いる中級悪魔の集団。一般人からすると死を覚悟せざるを得ない案件の1つだけど、近年は発生していなかったからか緊張感が走っていた。


「おい、あれってまさか…」

「堕天使連合中堅のラクエル!?」


なんか、モブっぽいヤツっが出てきた。


「みなさんごきげんよう。今回こそは私たちの勝利で修めさせてもらいますよ。野郎ども、その身を我らの勝利へ捧げよ!かかれ!!」


「俺たちも行くぞ!!」

「人間魂、見せつけてやる!」

「堕天使ごときに負けられねぇ!」


「僕たちも行こう。」

「ちょっと待って。秘技『蒼聖の翼』。」


その言葉を唱えると、アオイの背中からは真っ白な翼が生えた。


「お兄ちゃん、今回はお兄ちゃんの出番は無いからね?」

「え?あ、ちょっと…」


そしてアオイは空を舞い、堕天使の背後まで直行した。光の速さで回り込んだアオイは、敵との間合いをなくした…


「『星挙一閃ツージャン・ネーブ』!!!」


だが、そううまくいく訳もない。


「あなた、速いのね。翼が生やせる吸血族は滅んだと思ってたんだけど…」

「きっと、ただの突然変異だよ」

「突然変異ねぇ。それなら、私の斬撃も躱せるかしら」


「あれは…魔大剣デスティアン!?」

「逃げろ!危険だ!」


「[我が斬撃、破滅の欠片なり。歯向かいし者は、星屑と成りて散れ!!『破滅の一太刀デストロイ・バスター』]!!!」


そして直撃――。


「アオイ!!…そんな。…え?」


「私がその悪の一撃で倒れると思った?」

「なに!?これが直撃して立っていられるだと?」

「私は、昨日まで散々な目に遭ってきた。でも、今はお兄ちゃんが助けてくれて、私の傍にいるからこそ、私はこうやってアンタの攻撃では倒れられないの!!」

「ブラコン?でも、無傷でもなければ出血もしてるし、強いわけでもないでしょ?なら、素手で戦ってあげる。手加減よ」


――一瞬の隙を見て僕はラクエルの投げ捨てた剣を掴み、全力でアオイの許へ投げ飛ばした。


「アオイ!これを使って!」

「わかった!」


「ちょっと、あなたも素手で戦うんじゃないの?」

「今、この場で私がお前を倒すの!」

「待って、あなたのあの考えに私は…」

「[『デスティアン』 ファルセット解除 魔聖王剣『ブルトガング』]!」

「待て!?なぜ吸血族に魔剣のファルセット解除ができる?そんなことは…」

「いっけぇぇぇぇぇ!!!」

「ぐぁぁぁぁぁぁぁ…」


視界の眩しさは消え、堕天使ラクエルとその配下は跡形もなく消滅した。


「やっと、終わった…。」

「この嬢ちゃんに拍手!!」


そして、周りが拍手喝采に包まれた時――。


「ちょっと待て。そいつは最近町で盗みをやってた噂の泥棒だぞ」

「しかもこいつ、吸血族のくせに人間に生意気な口利くしなぁ」


アオイが「吸血族であり泥棒」とわかるだけで、視線は冷たくなってしまった。


「で、連れのその噂の新人も吸血族だ。無様だろ?人間のフリしないと生きられないなんてなぁ」


昨日の奴らが来ていた。このままだとマズい…。


「何が噂の新人だ!最初からステータスが高かったって話は吸血族だからかよ!?ふざけんな!」

「もうこの国に入ってくるな!吸血族が冒険者の中心になったら連合が腐るぞ」

「いくら活躍したといえ、これは種族ステータスの横暴としか思えん」


そんな心無い誹謗ことばが飛び交った。それでも、僕は伝えようとした。あの事実を。


「さっき皆さんも見ましたよね、アオイが魔剣をファルセット解除で聖剣に変えたのを」


「俺は幻覚を見ていたなぁ」

「私は戦うので必死だったから見てないし」


誰もが、冷たい目でこっちを見ては、嘲笑っていた。


「…っ。なら、もうこの町の危機には一切関わりません。それでは、さようなら。あとから泣きついても遅いですよ」


そして、しばらくもしないうちに世界の危機が訪れることはまだ誰も知らない。


続く 次回、吸血連合・最悪の吸血族の復活

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