第19話 追憶・炎のうえで踊れ②
二度目の生を受けた時のことは、いまでもうまく説明できない。
それまでのリランは、寒村の貧しい家に生まれた、どこにでもいる子供に過ぎなかった。生まれた子のうち半数も成人できない環境で、毎日食べるものがあるだけマシ、そんな暮らしを送っていた。
そんなある時、いきなり前世の———それも死ぬ直前の記憶が蘇り、雪崩のように頭のなかに押し寄せて、溢れた。かつてリランがリエランティアだった頃の記憶も感情も、忘れることなど許さぬと言わんばかりの鮮明さで。
この世に生を受けてから数年しか経験していないちっぽけな脳で、それほどの情報の奔流を受け止めきれるはずもなく、気が狂うかと思った。
リランは3日、高熱を出し、生死の境を彷徨ったという。
そして意識を取り戻した時にはすべてを理解していた。
かつて聖女リエランティアと呼ばれていた女は、どうしたわけか、再びの生を授かったのだ。
転生———神に深く愛された者のみが許される奇跡が我が身に起こったということは、当然、すぐには信じられなかった。
だが、とにかく、リランは生きていた。何とも幼い子供の姿になって、記憶の全てを持ったまま。
そしてもうひとつ、リランが得たものがある。聖女の力だ。
気づいた時には、リランは炎を操る力を手にしていた。生み出すことも、もうひとつの自分のように自在に従わせ操ることもできた。
どうして、炎を操る力を手に入れたのだろう。何度となくリランは考えた。
聖女の力は、生前最も良く馴染んだもの、縁のあったものをよすがに発現するという。とくに、その死にまつわるものは。
古い物語にいわく、水に沈んだ祖国と共に最後まで故郷を見守った聖女は水の加護を。
毒によって殺され、強く毒を憎んだまま息絶えた聖女は医学と薬の加護を。
剣によってに領民を殺された聖女はのちに剣と武の守護を得たという。
前世の死に関わるものが、転生した際の能力になる。かつておのれの命を奪ったものは魂と強い結びつきを持つし、確たるイメージも持ちやすい。感覚としても理解できる。
でも、リランは違う。リランは炎を操る力がある、でも炎によって死に至ったわけではない。リランの命を奪ったのは、——生まれて初めて愛したひとだった。
かつての主は、おのれに仕えた聖女リエランティアを処刑した。
自分でも意外なほど、リランには彼を恨む気持ちはなかった。あの人にはあの人の理由があって、リエランティアが邪魔だったから、処刑という選択に至ったのだろう。利用価値よりも、その存在がもたらす不利益のほうが上回ったから、彼は『もういらない』と思ったのだろう。
悔しいと思うのは、彼に『まだ役に立つ』と思われ続ける自分であれなかったこと。何かを憎むとすれば、ずっと彼の隣にいられると思い慢心し、努力を怠ったかつての自分自身。
あのひとの愛したアラトヴァは、未だ豊かではなかったけれど、当時よりもっとずっと強い国となった。少なくとも、たやすく隣国に踏み潰される心配はないくらいに。
だからリランは満足した。あの人の作ったのだ、強い国を、民が怯えなくても生きていける国を。かつてリエランティアに語った夢を、実現させて、正解にした。彼に対して一体何の文句があるだろう。
そうして、リランは、此度の生を誰の記憶にも残らせないまま、平凡なままで終わらせるつもりだった。生まれ変わって、かつて愛したひとの成し遂げたことをこの目で見ることができたのだ、それ以上のことを望むつもりもなかった。
せっかく授かった聖女の力を発現させることもなく、神殿に近づくこともなく、どこにでもいる凡庸で貧しい寒村の子供として生き、死ぬ——そのつもりだった。
でも、それはかなわなかった。
転生したリランが7歳になった時、村に王が巡視に訪れた。
王、という言葉に一瞬胸が跳ねたけれど、それはもちろん、リランの愛した王そのひとではない。リランが生まれ変わるまで、百年以上の時が流れていた。あのひとが生きているはずがない。
期待などしていなかった。
それでも、リランは見つけてしまった——あの輝ける魂を。気づかない方が無理だった、あれほどの光を放つ魂が視界に現れたのなら。
王の魂は、かつてのリエランティアの主とひどくよく似た色をしていた。すべてを塗り潰してしまうような眩い白——あのひとだ、と、思った。
気づいてしまったことは、幸運だったのか、あるいは不運だったのか、どちらか分からないし、そんなことはどうでもいい。
ともかく、気づいた時、リランは王の行列の前に飛び出していた。
「陛下! しんたるみに、じきとうをおゆるしいただきますよう!」
まわりの大人たちがぎょっとした顔になる。いきなり王の進路を妨げた子供が、見目を裏切らぬ舌っ足らずな声で宮廷作法に乗っ取った呼びかけをしたのだから当然だ。
でも、リランは気にもとめていられなかった。とにかく目の前の人物のことで、リランのちいさな頭はいっぱいだった。
「どうか、わたくしをおつれください。かならず陛下のおやくにたちます」
おい、と誰かがリランの腕を引いた。
リランはそれを振り払って、一瞥さえくれなかった。
リランの視線と意識は、すべて目の前の王に向けられていた。
「わが王よ。わがまことをうけとりたまえ」
王は目を細めた。それが、聖女が唯一と定めた主に対して捧げる言葉と知っていたから。
「童女よ。そなたは聖女なのか?」
「いいえ、いまはまだ。ですが、陛下がおのぞみなら、せいじょのやくめもつとめてみせましょう」
自分が何に必死になっているのかさえ、リランはわからなかった。
ただ思ったのだ、あのひとだ、と。それだけを。
リランは無我夢中で、ありとあらゆる言葉を並べ立てた。とにかく連れて行ってほしい、それだけを繰り返した。
王は是とも否とも言わなかったが、じっとリランを見下ろして、その長い主張に耳を傾けた。そして根負けしたのかうんざりしたのか、王はそばに控えていた兵のひとりに言った。
「隊列に加えてやれ」
と。
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