第17話 賢女の勝機
賊がアラトヴァ王の前に飛び出した時、場に居合わせた者たちは悲鳴をあげた。
そして賊が炎に包まれ、灰すら残さず焼かれるのを見届けた時には悲鳴もでなかった。声にならぬ恐怖、怯え、嫌悪、おおよそ祝典の場にそぐわぬ感情が場を満たした。
「化け物」と誰かが呟いた。仮にも一国の聖女に対して許されざる暴言だったが、誰ひとりとして咎めようとはしなかった。誰もが、心の中で同じことを思っていたから。
その若さにそぐわぬ沈着さで知られるレーヴェリア皇太子アルヴェルディスでさえ、例外ではない。
神に愛されし聖女がもつという心力――実際に目にしたのは初めてだった。
(あれが、アラトヴァの炎の聖女……戦場であんな力を振るわれれば、どれほどの脅威になることか)
ごくりと息をのみ、気づけば背に冷や汗をかいていた。
聖女の心力は種々あるが、ほとんどは癒しや予知、幸運などの有益であっても無害なものばかりだ。これほどまでに攻撃に特化した力など、今までに聞いたことがない。
なかば呆けたようにそんなことを考えていたアルヴェルディスの袖を、誰かが軽く引っ張った。
我にかえると、すぐそばにいたイリスが顔をこちらに向け、いぶかしがるように軽く首を傾げていた。
「殿下? なにか、起こったのでしょうか」
それは問いというよりは断定だった。目が見えずとも、大聖女たる彼女はよく空気を読む。
アルヴェルディスは息をついた。
盲目の賢女が怯えていないというのに、帝国の世継ぎたる自分がこうも動揺していては示しがつかない。
「大聖女イリス、あなたの身に害は及びません。が……、予期せぬ事態です」
声を低め、うなるようにアルヴェルディスは言った。
「アラトヴァ王の前に賊が現れて、襲い掛かり……それを炎の聖女リランが、焼き滅ぼしました」
「焼き……?」
唐突なことに信じられないだろうと思った。実際におのれの目で見届けたアルヴェルディスでさえ、いまだに信じられないのだから無理もない。
「一瞬で、炎が現れて、あっという間に。衛兵が駆けつけるより早く、灰になりました」
「なんということ……」
イリスは口許を手で覆い、言葉を失う。それも当然だろう。ひとを救うべき聖女が逆にひとを殺すなど、敬虔な彼女が受け入れられるはずがない。
「さすがにこれだけ騒然としていては、パレードも中止にせざるを得ないでしょう。おそらく、じきに告知が出ます」
「そう、ですか……。殿下、聖女リランはどんなご様子ですか。お怪我などは」
「そこまでは。ああ、いや、少しお待ちを」
アルヴェルディスは近くを通りかかった侍従を呼び止め、いくつかの質問をする。
「賢女イリス。聖女リランは、怪我などはないとのことです。ただ心力を使ったせいか、倒れられたと」
倒れた、とイリスはおうむ返しにつぶやいた。
それから何度かゆっくりまばたきをして、首を動かし、いましがた聖女リランがいた眼下のパレードの場に目をやるそぶりをする。まるで何かを確かめるかのように。
そしてイリスは姿勢を戻すと、まっすぐアルヴェルディスに視線を合わせ、花がほころぶように微笑んだ。
「頂いた情報で、おおよその目処がつきました、殿下。――これで、炎の聖女は攻略できます」
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