第16話 兇手

 リランがレーヴェリアに到着して二日後、すべての聖女が揃ったと連絡がきた。


 すでに到着していた聖女たちは、全員大神殿に滞在していたので、しきたり通りに皆で礼拝に参加した後、城へと向かう手筈になっている。

 例年であれば各国の聖女と国王は、華やかなパレードで帝都中を巡り、歓迎されるという。

 だが、今年はかなり短縮された日程となり、大神殿から城へ馬車で向かうだけとなった。理由はあまりに明快――今年の来賓にはアラトヴァ王と黄金の聖女がいる。いずれも悪名高く、多くの敵と、大きな影響力を持っている。万が一命を狙われたら外交問題になるがゆえの対策なのだろう。


 集まった聖女たちは、大神殿で合同礼拝を済ませた後、自国の王あるいはその代理とともに馬車に乗る。パレード仕様の無蓋馬車は色とりどりのリボンと花に飾られてたいそう目立つ。まるで道化の乗り物だ。

 リランはアラトヴァ王じきじきに抱き上げられて、馬車に乗る。座席へ普通に腰掛けては何も見えないので、護衛兼お目付け役の女性神官の膝に座る。

 やがてすべての馬車に聖女が乗り込み、支度が整うと、一台ずつ聖女を乗せた馬車が走り出す。リランたちの馬車は、列の後方に位置していた。

 絹のリボンでゆわえた小粒な金鈴が、しゃんしゃんしゃんとせわしない音を立てる。

 リランは、列の先頭をゆく大聖女イリスの馬車を眺めた。目の良くないリランにも、遠目で分かるほど華やかな乗り物だ。


「これだけめだつなら、とおくからでもねらえますね」

 柄にもなく冗談を言うリランに、王はほんのわずかに驚いたような顔をしてみせた。

「誰ぞ狙う予定があるのか、リラン」

「いいえ。このきょりでは、わたしのほのおより、ゆみのほうがかくじつにとどくはず」

 リランの操る炎は強力だが、万能ではない。みずからの周囲、半径一身分(1メートルちょっと)より離れると、途端に威力が落ちてしまう。

 そのためにリランは何度も悔しい思いをしてきた。、無理もないことだと頭では理解しているが、感情はなかなか納得できない。


「ふむ。矢を射るにしても、この風向きでは潜伏場所が限られるな」

「へいかならば、どこからねらいますか」

「矢などより、直接短剣を握って懐に飛び込む方がはるかに確実だ。私ならばそうする」

「かくじつ、ですか」

「ああ。――それより、我が聖女よ、大神殿はどうだった。各国の聖女が集まったのだろう。おもしろかったか」

「はい。とてもよいけいけんをさせていただきました」

 大神殿へ滞在している間、予想もしなかったような小さな騒動が次々と起きた。

 たとえば、黄金の聖女アシェンが、大聖女イリスへ喧嘩を吹っかけたり。たとえば、慈愛の聖女シリルが 黄金の聖女のあけすけな物言いに目眩を起こして、倒れたり。とにかく、さまざまなことが起こった。同じ聖女として幻滅されたくはないので、リランは話すつもりはなかったけれど。




 やがて馬車は城へ到着する。城門の目の前の大広場に、きらびやかに飾り立てられた馬車が二十台ほども集まるさまは、なかなかに壮観だ。

 聖女たちを取り囲むように、ずらりと並ぶ貴族たちが配置されている。遠慮のない好奇の眼差しを向けられ、居心地悪そうにしている聖女も少なくなかった。

 なかでも、近年勢力を増している戦争国家アラトヴァの聖女であり、十にも満たない幼さのリランは、とくに注目の的だった。


 だが当のリランはというと、裾の長い聖女の衣装を踏みつけぬように馬車から降りることに集中していて、それどころではない。階段も山もそうだが、のぼりよりはくだりの方が転びやすいものだ。

 とくにリランは小柄で――端的に言うと足が短いので、大きな段差のある馬車への昇り降りは毎度苦労する。

 アラトヴァ王の手を借りて、片手で長衣の裾をつまみ、しずしずと降りはじめる。

 その時。


「――――アラトヴァ王!! ダイダロスの仇!!」

 男の怒声がふいに響いた。何かと思った次の瞬間、警護の兵士のなかから複数人が飛び出して、リランたちに向かって突進してくる。

 その場の誰よりも早く、リランの主が動く。彼は片手で儀礼用の短剣を引き抜くのと同時に、もう片方の手でリランを馬車のなかへと押し戻す。

 でも、リランの目にも、兇手たちの姿が焼き付いている。いずれも、手に刃物を握っている。


(まにあわない)

 ここは戦場ではない。王以外の護衛は帯剣を許されず、まともな武器もない。身を隠せる遮蔽物もなく、逃げる時間も空間もない。王を守れる者は誰もいない。

 リラン以外には。


「へいか!」

 なりふり構わずリランは馬車から飛び出して、王の腰にしがみついた。

 このひとを死なせるわけにはいかない。ただそれ以外、何も考えていなかった。

「ほのおの聖女、リエランティアのなにおいて、なんじはわがてき、わがあるじのてき!」

 舌っ足らずな声を張り上げて、天まで届けとばかりに叫ぶ。すると、カッと胃の腑の底が熱くなり、みるみる熱は全身を駆け巡る。

 同時にリランの足許から爆発的な熱気がわき起こり、それはひとの背丈をはるかに超える炎の柱となって、もっとも近くにいた兇手のひとりをたやすく飲み込んだ。


 ほの青くさえ見える、巨大な火柱のなかで、黒い人影が手足を跳ね上げ、音もなく踊っている。苦しんでいるようにも、楽しんでいるようにも見えた。奇妙な白昼夢、あるいは悪夢のような光景だった。

 リランの出した炎が賊を焼き尽くすのに、そう時間はかからなかった。かつて人間だった輪郭は唐突に崩れ落ち、同時に炎もかき消える。あとには、灰すら残らない。


 どこからともなく、畏怖の声が落ちた。

 化け物、と。

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