炎の聖女リラン
第13話 帝都入城
なんという大きな都市だろう。
初めてこのシルグレンを訪れた時に抱いた感想を、もう何度目になるか、リランは繰り返し思う。
レーヴェリア帝国の首都――かつては陽の沈まぬ帝国、眠らぬ帝都と呼ばれたこの地も、往年の面影を失ってひさしいと聞いていた。
(まったく、これのどこが、しゃようの帝国?)
パレードの最中だというのに、リランはため息をつきたくなる。西の蛮族と呼ばれる故郷アラトヴァの首都とは天と地ほどの差だ。道は美しく整備され、市民たちの服装は清潔で質も良く、多くの商人が出入りして活気があり、ひと目見て肌の色も違うとわかる、大陸中の人間が集まっている。
これほど繁栄している街を、リランは知らない。ここへ来るまでに通ったいかなる街も、いかなる国の首都も、これほどではなかった。
(陛下は、なにをおかんがえかしら)
リランは揺れる馬上から、横を並走している騎乗のアラトヴァ王を見た。背筋を伸ばし堂々として、下半身は柔軟に構えて自在に騎馬を乗りこなしている。だが、真っ直ぐ前へ向けられたその目の奥で、王がなにかを考えていると、リランにはわかる。
帝都の繁栄の理由を考えているのだろうか。それとも、この街を攻める時の手順を練っているのだろうか。ついに先祖代々の恨みを果たす機会を得たと、内心の歓喜を抑えているのだろうか。
陛下、と声をかけようとして、その時、わずかに大きく馬体が揺れた。大人ならば何でもない程度のことだが、幼いリランのからだは大きく揺らぎ、均衡を失いそうになる。リランはとっさに鞍の縁を強く掴んだ。すぐに背後の女性神官が腰を支えてくれる。
冷たい汗がいく筋も背を流れていった。一瞬全身が宙に浮かんだかと思った。
「リラン様、大丈夫ですか」
「……ええ」
嘘だ。もともとリランは高い場所が苦手なうえ、地に足がつかない状態をことさら嫌う。馬上などその典型のようなものだ。聖女らしくと横座りを強制されたせいで、姿勢もなかなか安定しない。
昔の記憶が蘇りかけて、リランはぎゅっと目をつむる。
(あれはかこ、もう、おわったこと)
今のリランを害せる者など存在しない。なぜならば、リランは大陸一の軍隊を持つアラトヴァの聖女。自身も炎を自在に操り、一瞬で敵を焼き尽くすことだってできる。
(そう、わたしは、こんなところでしなない)
やがて、華々しい行列とともに、リランたちは
大神殿へ入ると、息をつく間もなく、本殿へと通された。長い長い絨毯のうえを、ちいさな歩幅でゆっくりと歩く。
囁き声が、
(だいしんでんなのに、こんなにうるさいの。アラトヴァのしんでんは、もっと、ずっと、しずかだったのに)
そう思って、くすりとちいさくリランは笑う。
祖国アラトヴァの王都にも神殿がある。礼拝者などろくに訪れない、きれいなだけの空っぽな神殿が。
アラトヴァでは、誰もが日常の中で神には祈らない。目に見えぬ神よりもおのれと、おのれで成し遂げた結果を信じる――そんなお国柄だ。だから、聖女たるリランの仕事がやってくるのは、戦の時だけ。出征前の戦勝祈願、そして戦勝後の報告と感謝の礼拝。
それ以外の時間は、いつもひとり、リランは奥にこもって書物を繰っている。アラトヴァには書物を写せるだけの技術を持つ者も、読み書きできる者もまともにいない。リランに与えられる書物は、すべてアラトヴァ王が戦で略奪して来たもの。神殿には、リランがあと十年かかっても読みきれないほどの書物が積まれている。早く戻って、あれらの書物すべてに目を通してしまいたい。いずれも王の治世の助けとなるだろう、古の賢人たちによって記された貴重な文献ばかりなのだ。
そんなことを考えていたリランは、しゃんしゃんと甲高い鈴の音に、はっと我に返る。本殿の両脇に参列していた者たちがうるさいほどの衣擦れの音をたてて平伏してゆく。
ふれ係が変声期前のうつくしい声を高らかに響かせ、告げる。
「――控えられませい。大聖女イリス様のおなりにございます」
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