第11話 攻略対象・3 慈愛の聖女

「そして三人目は、慈愛の聖女シリル・ジリアール。歓楽の国シャン=シャディの聖女」


 無理に話題を変えたのは良いが、これも別の意味で、話すのが気まずい人物だ。もっと心の準備をしてからこの話題に入りたかったのに。

 一瞬アルヴェルディスは後悔するも、どうとでもなれ、と半分やけになって言葉を続けた。


「シャン=シャディは昔から知られる通り、大陸屈指の歓楽街シャンティ・リラとハドアナキアを擁する国。そのせいで、周辺国からは一段低く見られがちですが、ハイズ=ラヴァとは違った意味で、この世のあらゆる富と文化が流れ込む土地です」

 この国は昔から美形が多いといわれるとか、主な特産物は美女といわれるほどだとか、代々の王家は婚姻によって政治的に有利な立場を保ってきた……ということは、言わなくても良いだろう。余計なボロを出しそうな気しかしない。


「シャン=シャディの国力そのものは、さほど影響があるわけではないのです。ただ、慈愛の聖女当人が厄介で、他国の民衆の間に人気が高い。シャン=シャディに生まれながら、汚らわしい娼婦にも醜く落ちぶれた罪人にも慈悲をかけるとの評判が広まっています」

「それゆえ、慈愛の聖女、と呼ばれるのですね。――彼女は我が国の民の間にも、人気があるのでしょうか、殿下」

「ええ。彼女は民衆から見れば、心やさしく美しい、文句のつけようのない聖女だ。人気があって当然です」

「殿下はそうは思われないのですね。彼女は心やさしく美しい聖女ではないと」


 想定外の問いが投げかけられ、アルヴェルディスは驚いた。イリスの口調に皮肉っぽさは一切なく、どちらかというといたずらっぽい声音だった。だから咎められているわけではないだろうと、アルヴェルディスはの用意しておいた返答をする。

「否定をするわけではありませんが、シリル・ジリアールが文句のつけようのない聖女だとは思っておりません。話に聞く彼女の慈愛は、私には甘さでしかないように思えます」

「ひとが皆、全員同じ意見を持つことなどありません。まして、殿下は為政者としての教育を受けておいでなのですから、民衆と異なる視点でお考えになって、当然です」


 やわらかいがきっぱりした口調で言い切った後、イリスは目を伏せた。

「差し出がましいことを申し上げました、殿下。お許しください」

 その様子に、寂しい、とアルヴェルディスは思ってしまう。せっかくイリスが率直な考えを口にしてくれたと思ったのに、すぐに畏まって、世継ぎの皇子へ向けるよそよそしい態度に戻ってしまう。

(いや、これからだ。時間をかければ、私も大聖女も、今よりは打ち解けるはず)

 アルヴェルディスはすぐに気持ちを切り替えて、何でもないような声で言う。


「では、最後。四人目、蜜の聖女――」

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