第10話 攻略対象・2 炎の聖女

「――四人のうちふたり目は、炎の聖女リラン。アラトヴァの名が出ましたが、この国の聖女もひとり目と同じほどに厄介です。傍若無人、残虐非道きわまるアラトヴァの聖女」

 その名に、ふとイリスが顔を上げる。

「そのお名前……どこかで、聞き覚えが」

「大聖女もご存知でしょう、有名な人物ですから。歴代最年少、齢十にも満たぬ年齢で、アラトヴァの殲滅王に見いだされ聖女となったという」

 なるほど、とイリスはつぶやく。その反応に、アルヴェルディスは少しだけ意外に思う。もしかして、大聖女イリスは他国の聖女のことをさほど詳しくは知らされていないのだろうか。


(まあ、おかしなことではない。帝国大神殿レヴェリアスは他国の神殿を下に見るふしがあるし、大聖女から見れば他国の聖女は格下の存在だ……知る必要もないと、大神殿の者なら考えるだろう) 

 となると、やはり前情報の確認として、聖女たちの情報を話して正解だった。アルヴェルディスはちいさくうなずき、言葉を続ける。


「この炎の聖女の厄介な点は、なんといってもアラトヴァの聖女であることです。あの国は何百年も前から帝国の領土を狙い、隙あらば攻め入ろうとしてきた。それにこの数年、破竹の勢いで周辺国を旗下におさめ、帝国領にまで近づいております。目障りな蛮族どもですが……正直、今のアラトヴァと戦になれば、帝国も無傷では済まない。不用意な刺激は与えたくないというのが、正直なところです」

「確かに。我らが帝国は、もう百年も戦を経験しておりませんものね」


 イリスの相槌は、短いが端的に事実を射抜いている。

 帝国が最後に戦を経験したのは数代前のこと。現役の軍人に戦を知る者はなく、貴族たちは平和にどっぷり浸って、みずから剣を取り鍛錬するものなど絶滅寸前だ。軍備も古く、軍の高官も貴族の名誉職と成り果てている。

 この現状で、大陸一の強兵を擁するアラトヴァ軍と戦になればどうなるかくらい、箱入り育ちのアルヴェルディスでも分かるというものだ。

「さらに、炎の聖女自身も厄介な存在です。心力の強さを見いだされて聖女になっただけあり、自在に炎を操るという話です。その上、殲滅王の遠征に従軍し、みずから敵を屠るという話も」


「聖女が? ひとを害するというのですか?」

 さすがのイリスも驚いたようだ。輝く目が見開かれ、零れ落ちそうなほどだった。

「まさか、信じられません…………」

「私も同じ気持ちです。借りにも聖女たる身で、天なる神より授かった恩寵たる心力を、人間を残虐に殺すことだけに使うなど」

 イリスは口許に手を当てて、信じられない、と繰り返した。心なしか、青ざめているようにさえ見えた。


 あまりこの話題を続けない方が良いのかもしれない。アルヴェルディスはいささか強引に、次の話題に移ることにした。

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