第9話 攻略対象・1 黄金の聖女

『どなたでも、お望みの聖女を攻略してご覧に入れましょう』



 何でもないことのようにイリスは言った。好きなお菓子を選んでくださいね、というのと大差ない口調で。

「どなたでも、とは…………頼もしいですね」

 内心では戸惑いながらも、それを押し隠し、アルヴェルディスは言った。何も出来ない自分がイリスを頼ると決めたのだ。ならば「出来るのか?」などと疑うことは、どれほど失礼なことか。

 ただイリスを信じる。それが今のアルヴェルディスにできる、唯一の、そして最良の手だ。

「ただ、攻略するにも動きやすい順番というものがあるでしょう。それゆえ、とくに厄介な聖女数名の中からひとりを貴女に選び、攻略していただきたいと思います。よろしいか」

「はい、殿下」

「では、順に説明していきましょう」


 アルヴェルディスは急く気持ちを抑えるために、あえてゆっくりとした言葉で話し始める。

 攻略してゆく上で、手強そうな聖女、あるいは厄介な背景バックを持つ聖女は4名おります。

 そう話し始めると、ほんのわずかにイリスは目を細めた。


「その4名とは、黄金の聖女、炎の聖女、慈愛の聖女、蜜の聖女。概要だけかいつまんで説明しますが、疑問があれば随時お訊ねください」

「はい、殿下。それでは、お願いいたします」

「ええ。――ひとり目は、黄金の聖女アシェン・リヴ=リール。商業都市同盟ハイズ=ラヴァの聖女です」

 イリスはちいさくうなずいている。彼女も知っている名のはずだ。

 アルヴェルディスが名を挙げる四人は、いずれも――良くも悪くも、名の知れた聖女ばかりだ。中でも、このアシェン・リヴ=リールの知名度といえば抜群である。

 なぜなら、彼女は『世界の富の終着点』ハイズ=ラヴァの中でも三指にはいる豪商の娘であり、と言われる人物なのだ。しかも当の本人も否定するどころか、聖女の地位を利用し、公然と私財を蓄える始末。

 俗世から遠ざかった聖女のはずなのに、天才的に金集めがうまい――ゆえに、ついた二つ名が、黄金の聖女。


「大聖女もご存知のように、我が国はハイズ=ラヴァと多額の交易を行なっております。武器も、宝飾品も、情報も、かの国を通せば最上級のものが手に入る。当然、対価も跳ね上がりますが……それでも、今ある交易路や繋がりをみずから手放すわけにはいかない」

 ハイズ=ラヴァとの繋がりが最も活きるのは、なんといっても戦の時だ。最新鋭の武器も、食糧も、傭兵も、ハイズ=ラヴァを通せば確実に手に入る。なにより、戦の資金さえ借り入れることができる。

 だからこそ、ハイズ=ラヴァを味方につけているかどうかで、戦の勝敗が決まるとさえ言われるのだ。

「今は大陸の戦争屋アラトヴァが猖獗をきわめている。あの西の蛮族との戦に備えねば……そのために、ハイズ=ラヴァの機嫌はなんとしてもそこねたくない」

 だからこれがひとり目、とつぶやくように、アルヴェルディスは言った。

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