第8話 賢女の実力

「謀略……なるほど、同じことは私も考えました。ようは誰にも知られることなく、聖女たちと交渉する――言いくるめてしまえば良いと。だが、とてもではないが、現実的とは思えない」

「なぜでございましょう。言葉で穏便に説得できるのならば、最上の方法ではありませんか」

 それには、理由がふたつあります、とアルヴェルディスは答える。イリスは顔をまっすぐこちらに向けて、まじめな面持ちでアルヴェルディスの言葉を待つ。


「ひとつ目の理由は、交渉のための題材――弱みを握るのが難しいこと。悪評高い聖女ほど、その証拠を見事に隠すものです。簡単に掴めはしない。……時間さえあれば可能かもしれませんが、とにかく、今の私には時間がない」

 話しながら、悔しさにアルヴェルディスは手のひらを強く握り込む。

 何とかして各国の聖女の弱みを探し出せないかと思い至ったのが半年前、調査のためほうぼうに人をやったが、はかばかしい成果はない。国内ならともかく、国外で動かせる人材などアルヴェルディスの手元にはなく、それを育てる経験もまだ、ない。

(こんな形で、おのれの未熟さを体感しようとは)

 すべてを秘密裏に進めたいなら、時間も資金も人材もいる。そのどれも持たないからこそ、アルヴェルディスは最後の手段として、イリスにすがりついたのだ。


「――そしてふたつ目の理由は、交渉を持ちかけた時点で、私が婚約を望まぬと相手方に気づかれかねないこと。とくに、一部の聖女たちの背後には、油断ならない王や海千山千の領主たちがいる。こちらから下手を踏むことだけは避けたい」

「……なるほど。承知いたしました。確かに、すこし、難しい点もございますね」

 変わらぬ口調で答えたイリスの表情を、注意深くアルヴェルディスは見る。不安や警戒、そういった表情はどこにも見当たらない。いつも通りの穏やかな微笑だけがそこにある。

 本当に、彼女には策があるのだろうか。聖女と各国の思惑を見抜いた上で、帝国の不利益になることのない方法など考えつくのだろうか。

「賢女イリス。貴女は、どのようにこの問題を解決しようとお考えですか。つまり、具体的な行動という意味ですが」

 アルヴェルディスの問いに、イリスはわずかに頭を傾けて、笑った。


「殿下が不安に思われるのも当然です。でも、ご安心ください。わたくしは一度誓約を立てた身、王家のために仕えると神に誓った以上、何としてでも実行いたします」

 その言葉に、アルヴェルディスは羞恥に顔を赤くする。イリスに本当に出来るのか、賢女と呼ばれるだけの能力が本当にあるのか――そう疑っていたのを、見抜かれていた。居心地の悪さと恥ずかしさ、申し訳なさがごちゃ混ぜになって押し寄せてくる。

「失礼いたしました。試すような物言いをして……」

「いいえ。わたくしが、はじめからこう申し上げれば良かったのです」

 その時、イリスのこの上なく澄んだ瞳が輝いた。まただ、とアルヴェルディスは思う。光宿さぬはずの彼女の双眸がこうもうつくしく輝く時、思わず居ずまいを正してしまうほどの清らかさと力強さが顔を出す。


 わずかに緊張の色を帯びたアルヴェルディスに対し、賢女イリスはこともなげに、こう言ってのけた。

「まずは殿下に安心していただかなくては。――そのために、わたくしの力量をお見せいたします。どなたでも、お望みの聖女を攻略してご覧に入れましょう」

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