第7話 正当ならざるもの

「では、殿下、確認させていただきます。わたくしが何をすれば良いか、ということについて」

「ああ」

「殿下の一番大きな目標は、いずれの聖女とも婚約せずに済むこと。それも、今だけでなく、未来永劫。相違ございませんか」

 ない、とアルヴェルディスは言う。イリスは小鳥がうたうようなかろやかさで、承知いたしました、とこたえる。

「では次に、中目標――大目標をかなえるために必要な行動。これは、祭典にお越しになる各国の聖女、および君主の方々に、自国の聖女を皇太子妃とするを諦めていただくことです」

「ほう」

「理由を説明いたします。

 皇妃さまや重臣の方々は、殿下の妃を聖女のなかから選ぼうとなさっているとのこと。ですが、どれほど皇妃さま方がご希望されようと、殿下との婚約を望んでいなければ、無理に妃とすることはできません」

 イリスの言葉に、やや困惑しながらも、アルヴェルディスはうなずく。聖女も公的身分は聖職者であるから、当事者が望んでいないのに還俗と結婚を強制することはできない。

「それは……その通りです。ですが、大聖女イリス、貴女はご存知ないのです。他国の聖女たちに、皇族の妃の地位を望まぬ者はいない。

 レーヴェリア帝国の皇室と縁続きになれば、実家にも、祖国にも多大な恩恵がある。だからこそ、当人も、それを送り出した各国の君主も、所属する神殿も、誰もが自国から皇族妃を輩出することを望む」

 他ならぬアルヴェルディスの母がそうであった。俗な言葉でいえば、聖女から皇族の妃まで成り上がることは、これ以上ない玉の輿なのだ。

 イリスが今の世には珍しい、清廉潔白な聖女であるからこそ、その辺りの事情は理解できないのかもしれない。この世のすべてを見通していると謳われる賢女にすら理解の及ばぬ領域は存在するのだ。

 イリスはわずかに首を傾げて、アルヴェルディスの言葉を聴いていたが、やがて何度かまばたきをすると、花のつぼみのようにちいさなくちびるを、開いた。

「正攻法だけを考えれば、殿下のおっしゃる通り、聖女たちに皇太子妃となることを諦めさせることは難しいでしょう。ですが、正当でない手段など、いくらでもあります」

 その言葉を少しだけ、アルヴェルディスは意外に思う。イリスは清廉潔白を絵に描いたような人物で、信心深く慈愛の精神に満ちている。宮廷流のはかりごとや策略など嫌悪するかと思っていたのだが。

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