幕間 

第5話 幕間 蛮族たちの聖女

 石造りの神殿の廊下に、軍靴の音は高らかに響く。静寂と平和と純潔とを重んじるはずの神殿は、一見、この国とは相性が悪いように思える。


 血の雨と銃声の鳴り止まぬ軍事国家アラトヴァは、大陸でもきっての戦争屋火薬庫として知られる。複数の民族からなる国ゆえに、昔から戦が絶えず、国民性も暴力に親しみ、荒々しい。

 だが、西の蛮族と揶揄され続けたこの国は、この十年でまたたく間に領地を広げ、国力を増した。滅ぼされた国の数は片手の指では足りぬほど、流された血の量は地に染み込まずに河を成すほど。

 そんな血と暴力と怨嗟にまみれたこの国にも、神がいて、信仰があり、神殿がつくられ、そこには聖女が選ばれる。


「リラン!」

 野蛮なほどの勢いで、その足音は聖女の私室に入ってくると、足音の主はさらに無造作に腕を伸ばし、書物を読んでいた聖女を椅子からひょいと抱き上げた。

「リラン、報せが来たぞ! あのレヴェリアスからだ! そなたを、大帝都へ招待すると言ってきた!」

「――それより陛下、わたしをおろしてください。高いところはすきではないのです」

「おお、それはすまなんだ」

 アラトヴァ王は、その巨体から想像できぬほどの丁重かつ優雅な動きで抱えていた少女――というより童女を床におろす。おろされた彼女はちいさく息をつき、それから国王を見上げる。


 それはなんとも奇妙なふたり組であった。

 ひとりは長身で逞しい戦士の肉体を持った、銀髪の男。いまひとりは、齢10にも満たないのではと思われる、ゆるく波打つ亜麻色の髪の少女。

 一見親子かと思われそうなふたりだが、その会話を聞けばそうでないことはすぐに分かる。男は少女に対し丁重で、少女は男に対し傲慢なほど淡々としている。


「それで、陛下。レヴェリアスといいましたか」

「ああそうだ、我が聖女よ、ついにかの帝国が、我らを招待するというのだ」

「おめでとうございます、陛下」

「ああ。そなたも喜んでくれるか、ありがたい」

 男はうっそりと目を細め、ためらいもなく膝をつくと、それでもまだ低い聖女の目線に合わせて身をかがめた。

「我らが炎の聖女リエランティアよ、我に祝福を与えたまえ。我らが行く手を阻むものすべてを焼き払いたまえ。我らが崇高なる悲願を、その炎で照らし、彩りたまえ」


 堂々たる余韻を残す声が、ちいさな部屋いっぱいに響き渡る。アラトヴァの聖女リランは、幼い顔立ちに厳粛な表情を浮かべて、もみじのような手を、王の頭の上にかざした。

「のぞみなさい。みちをてらす明かりを、敵をやく浄化を、するどき剣をきたえる熱を。わたしの炎は、陛下、あなたののぞむままにかたちをかえるでしょう」

 そしてこの時はじめて、ほんのわずかに聖女は笑った。




「あのていこくをほろぼして、あなたのめいよを、とりもどしなさい」

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