第2話 皇太子の頼み事
「――殿下?」
可憐な声に呼びかけられ、皇太子ははっと我に返った。不躾にも大聖女をじろじろと眺めていたことに気付き、赤面しながら慌てて距離を取る。
「失礼いたしました。少し、ぼぅっとしてしまって」
「かなり遅い時刻ですからね。わたくしは慣れておりますが、殿下にはお辛いでしょう」
「いえ。――それよりも、大聖女の祈りを妨げてしまって、申し訳ありません。どうしても手段を選べず、このような形で大神殿を訪れることに」
「構いません。この時間はいつも、わたくしはわたくしのために祈っているだけですから」
やわらかく微笑んでいるイリスに、皇太子は身体を向けて、深々と頭を下げた。
「聖女イリス、私をお助けください。貴女のお知恵をお貸し頂きたいのです」
「まあ、殿下?」
「どうかお聞きください。私は、先月正式に立太子式を終えました。来年には成人し、妃を迎えるでしょう」
「ええ、聞き及んでおります」
おめでとうございます、と慈愛に満ちた微笑とともに大聖女は告げたが、対し、皇太子の表情は晴れない。
「めでたいものですか。並み居る聖女たちの中から、ひとりを選んで妃にしなければならないのですよ」
「なるほど。殿下の御用とは、妃選びのことでしたのね。どなたを選ぶか迷っていらっしゃるということでしょうか」
「と、いうよりは……」
ふいに皇太子は言葉を濁し、声のトーンを落とした。言い淀むような、気まずそうな様子が声にも表情にも露骨にあらわれる。
「……聖女イリス、あなたを前にしてこう申し上げるのも申し訳ないのですが、私は聖女というものが信用ならないのです」
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