第5話 オタクよさらば!! 個通限界大魔王!!

 約束の時間の十分前だ。

 俺は深く息を吸い込んで、指定されたルームにアクセスする。

 十五分後、大魔王がログインした。

「ディエンダ様!! こんにちワルプルギス!! お待ちしておりました!!」

 大魔王は強気な笑みを浮かべると、キャミソールの肩紐をずらしてこう言った。

「よいよい。して、お主がヘロリアン三世か。どこかで見たような顔をしているが……まあよいわ」

「あれ? もしかして口説かれてますか?」

 緊張のあまり変なことを口走ると、大魔王は露骨に眉をひそめる。

「抜かせ。次はないと思うのだな」

「はいい!!」

 いいぞ。段々といつものノリを取り戻している。

「お主、個通の経験は?」

「ありませぬ」

「ほう。察しておるだろうが、わらわも個通とやらは初めてでの。お主は誇ってよいぞ」

「いやあ~光栄でっす! まさかディエンダ様の ”初めて” を頂けちゃうなんてな~愚民冥利に尽きますよ~。俺明日死ぬのかな~今も幸せすぎて死にそうですが」

「…………むう」

 短くうなり、たっぷり三十秒ほど黙り込んでから、彼女は言う。

「……口外したら本当に殺すぞ」

「もっちのロンですもの! 俺とディエンダ様だけの秘密でっす!!」

「キモ……」

 大魔王が呟く。

「えっ? なにかおっしゃられましたか? ああ、大魔王様の玉音を聞き逃したわたくしめにお仕置きを――」

「き、キモい!! キモすぎる!! こんなの想定しとらんぞ!?」

 威厳の失せた大魔王は、まるで子供のように泣きじゃくる。

「い、嫌だあ、人間怖い~!! まさか動いて喋るだけでこんなにキモさが増すとは思わなかった!! 個通なんてするんじゃなかった!! あうあー!!!!!!」

 大魔王の姿が消えた。

 通話が切られたのだ。



 深呼吸。


 頬をなにかが滴り落ちる。これは、涙?



「……生きてる?」

 流石に死んだかと思ったが、どうやら生き延びているらしい。

 涙で鬱陶しさを増した前髪を払い、SNSを確認。



 ディエンダ@引退します さんにブロックされています。



 案の定ブロックされていた。

 それにしても引退とは……引退!?

 急ぎサブアカウントに変更。リストから推しのアカウントを確認。



『個通したオタク(@Hey_lolian_87653210)がキモすぎたので引退しますさようならお前らも絶望しろ』(動画添付)



 速攻で晒されてるー!?

「か、顔はやめて!!」

 叫びながら動画を確認。音声だけならセーフだが動画までついてたら人生積む積む!!

「ええいままよ!!」

 恐る恐る覗き混んだ画面には、せきね義和の顔が映っていた。

 音がしない。そういえば普段は音量をゼロにしていたんだった。

 改めて再生。

 動画の内容は、せきね義和が興奮しながら身に覚えしかない内容をまくしたてる……というものだった。

「これでいいんだ」

 いつの間にやら背後に立っていたせきね義和は、瞑目しながらこう言った。

「最悪の場合に備えて、大魔王のパソコンに映る君の姿と声を私のものに差し替えておいたんだ」

「ですけど、これじゃ、あなたは……」

「身分を隠して配信者に常習的にキモい長文を送りつける変質者だ。それも、政治家の報酬……つまり税金を使ってね。まあ、君を使って同じようなことをしていたんだ。当然の謗りだろう」

 俺は泣いた。

 せきね義和の今後を想ってのことか、尊敬している人にさえ気持ち悪い変質者だと思われていた事にショックを受けたのか、本当の理由は、自分でもよくわかっていなかった。



 あれ以来、大魔王ディエンダは部屋に引きこもり、姿を見せなくなったらしい。

 事の顛末を語った関根和子は、苦笑しながらこう付け足す。

「多様性とは、現代人にとっての生存戦略だとする説があります。どんな個性でも役に立つかもしれないから、保全しているんだと」

「なにが言いたいんですか」

「長文赤スパの才能が世界を救ったことで、その説が補強されたということです」

「ころすぞ」

 俺が睨み付けると、彼女はいたずらっぽくこう返す。

「あなたと共謀したことで、父はその地位を完全に失い……私の二世政治家としての人生設計も崩壊しました。嫌味のひとつぐらい許してください」

 俺の目を、彼女は続けた。

「もちろん、感謝はしています。大魔王を封じた勇者様にね」

「誉め言葉っぽいけど古傷を的確に抉ってきてる。俺でなきゃ見逃しちゃうね」

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限界メンヘラ大魔王VSガチ恋長文勇者 抜きあざらし @azarassi

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