第4話 殺気!! 対面要求大魔王!!
『個通というものに興味はあるか?』
なぜにこの恐怖の大魔王はこれほどまでに世俗にまみれているのだろうか。
俺は確かに大魔王の筆頭リスナー。コピペにされた赤スパ長文は二桁に届き、一時はタイムラインにまで流れてきた。冷やかしの言葉に折れかけて鍵をかけようと思ったこともあるが、大魔王にフォロバされていない俺が鍵をかけるとおはようリプが認知されなくなってしまうのでやめた。
そんな悪名轟く俺だが、大魔王への課金額はぶっちぎりでトップ。
故にファンサの最高峰、個通のお誘いが舞い込んで来たのだ。
興奮のまま二つ返事の長文を書き上げたところで、不意にメッセージが更新される。
『条件:必ず顔出しを行うこと』
※
女性と対面で話すのが、とても怖い。
はっきり言ってトラウマだった。
小学生の頃、入学初日、隣の席の女の子が、俺に話しかけられた直後に泣き出した。
些細な出来事かもしれないが、それ以来俺は女性と対面で会話ができなくなった。
やむをえず女性と顔を合わせるときは、できるだけ目を伏せ……不快な思いをさせないよう、長く伸びた前髪で顔面の情報をシャットアウトし、短い言葉で最低限の受け答えをする。そうやって生きてきた。
この醜い不快な顔面で、もし推しにすら拒絶されてしまったら。
承認欲求を貫き、彼女に傷を与えてしまったら。
今度こそ、立ち直れないのではないか?
大魔王の気分を良くするため、彼女の要求はできる範囲で飲むこと。要人と交わした約束だ。
そのできる限りとは、一体どこからどこまでだ?
物理的にできないことではない。しかし、とてもやりたくない。俺はとても、やりたくない。この命にかえても――
ドスン、と大きな音がした。
プスプスと火花を散らし、煙をあげるルーター。安全装置が作動したのだ。
つまり、大魔王は俺を殺そうとしたのだ。
※
安全装置作動の報せを受け、要人は顔面を蒼白にしながらやってきた。
そして彼は、俺と顔を合わせるなり深々と頭を下げる。きっかり
三秒そうしてから、顔をあげた彼は俺の目を見てこう言った。
「これまでありがとう。これ以上君が命を危険に晒す必要はない。インターネットをやめて、これからは穏やかに暮らすんだ。社会復帰も支援しよう」
「あの……俺の代わりとか、居るんですか?」
訊ねると、彼は渋い顔をする。
「いや……だが、君にこれ以上負担をかけるわけにはいかないよ」
暗に彼は言う。代案は、ないと。
俺が推している大魔王は、胸先三寸で人を殺せる恐怖の大魔王だ。俺が彼女の承認欲求を満たさなければ、この国が……世界が、混乱の渦中に突き落とされてしまう。
「君と、君の勇気に感謝する。だからこれからは――」
違う、こんなものは勇気じゃない。
本当の勇気と言うものは
※
せきね義和はインターネットに理解のある政治家という売り出し方をしていた。
オタクの悪ノリに寛容で、肛門の開示を求められても、合成音声化されて「おちんちんびろーん!!」と読み上げさせられても、すべて冗談で済ます男だった。
その独特なおじさん構文も合間って、彼はすぐネットの人気者へと上り詰める。
そんなある日、彼が国会答弁で「おちんちんびろーん!!」と叫ぶ動画が出回った。
それは精巧に作られたディープフェイクだった。
彼がインターネットでよく顔を出していたことから、専門家ですら本物と見分けがつかない映像合成アプリと、超高精度なボイスチェンジャーを作られてしまったのだ。
せきね義和がおちんちんびろーんと叫ぶミームは定番化しており、当然これも容認――されなかった。
彼は、本物と区別できないものはネタにはできないと開発元に抗議し、アプリとボイスチェンジャーの削除を要求。今後類似の出来事があった場合訴訟も視野に入れると発表。
冷や水をかけられた一部のネット民は手のひら返しだと彼を糾弾。訴訟という単語の物騒さもあり、せきね義和ブームは終演を迎えた。
オタクは彼についての言及を避けるようになったが、少なくとも俺はわかっている。
あれは明確にライン越えだ。あんなものを許してしまえば、政治家としての彼の発言は意味を失ってしまう。
だから彼は、悪ノリに寛容というイメージを捨ててまで強く糾弾したのだ。
築き上げたものを捨てるという勇気をもって。
※
「やります。俺は……続けます」
トラウマがなんだ。
「だが、次になにかあれば君の命が危ない」
「俺は間違えませんよ」
命の危機がなんだ。よく考えろ。推しと個通ができるんだ、命を懸ける価値は十二分にあるだろう。
彼女のことを思い出せ。あの声が、あの立ち居振舞いが、これまで読まれた赤スパが、俺に勇気をくれるんだ。
スマホを手に取り、俺はDMに返信した。素早く日取りを打ち合わせ、個通の約束をとりつける。
「任せてください。必ずやり遂げますよ」
まずは要人――せきね義和の目を見返し、俺は言った。
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