第2話堕天使
次の日の夜、俺は天使と出会った場所にいた。もう一度会いたいという下心はあったのだが、ちゃんとした目的があった。
彼女が忘れていったカバンだ。このままにしておくわけにはいかないと思った俺はこのカバンを持ち帰っていた。もちろん中身は見ていない。
出会えるまで通うつもりだったが、その心配は無用だった。キョロキョロと周りを見渡している女性がいた。昨日見た天使だ。
俺はすぐ様彼女に声を掛ける。
「あの!」
声を掛けると彼女がこっちを向く。
「あ、それ私の!返せ!」
彼女は俺に気付くと、闘牛士の持つ赤いマントを見た闘牛のごとく突進してくる。
「え、ちょぐお!」
一瞬の出来事だった。俺は気付けば暗幕で覆われたような夜空を見上げていた。点々と光る星が夜空の暗幕に散りばめられたように飾り付けられ綺麗だった。俺は天使からドロップキックを受けていたのだ。
「ちょ、ちょ違う」
状況を理解した俺はすぐ様立ち上がり、弁解しようとする。彼女は興奮しているようだったが、俺の様子を見て少し落ち着きを取り戻す。
「これ、忘れてたみたいだから、ここに来れば返せると思って」
「え?」
彼女は素っ頓狂な声をだす。透き通った声以外も出せるんだなと、俺は余裕がないながらにも思っていた。
「はい」
俺はカバンを彼女に手渡す。
「あ、ありがと……あ、ごめん。大丈夫?」
カバンを受け取った彼女は謝罪をすると同時に、ドロップキックを打ち込んだ俺の腰のあたりを見る。
「うん、一応平気。まさか天使からドロップキックされるとは」
「何言ってんの」
彼女は俺が冗談を言ったと思ったのか笑った。冗談で言ったつもりではないのだが。
「本当に大丈夫?」
自分がドロップキックをしたせいでおかしくなってしまったのではないかと思い心配しているようだった。
「大丈夫だって。こっちも昨日急に声かけて悪かったなーって。夜中に男から急に声かけられたらビックリするよな」
「いや、違うんだけど……。まぁとにかくカバンありがとう」
彼女はにこっと笑い、カバンを肩にかける。
「いつもここで歌ってんの?」
「いやーまぁ」
彼女の顔が少し曇ったように見えた。
「君の歌を聞いて、なんていうのかな。ほんとに天使に見えて」
「天使って私のこと言ってる?」
「そう」
俺はすぐ様首を縦に振る。
「言ってて恥ずかしくない?」
「いや、あの状況では天使と言わざるを得ない」
「はぁ」
彼女は呆れたようにため息をついた。
「天使って……私には流子(りゅうこ)って名前があるんだけど」
「あ、俺岸一(きしはじめ)」
「岸君ね。」
彼女は俺にこれ以上天使と呼ばさせないためか、仕方なく自己紹介をしたようにも見えた。
「そういえば一瞬だったけど、昨日、岸君がギター背負ってるように見えたけど」
「一応、俺プロミュージシャンを目指してて」
「そうなんだ」
「まぁ昨日もオーディションに落ちたわけなんだけど」
現状を軽く説明する。なぜなら俺は、一つ彼女にお願いしたいことがあった。
「あの……流子ちゃん!」
「え、なに!?」
俺の突然発した声にビックリして答える。
「もしよかったらなんだけど、今度俺とセッションしてくれない?」
「え?」
彼女は苦虫を嚙み潰したような顔をする。
「ほんとお願い!あんな綺麗な歌声聴いたことなくて、俺マジで感動して」
俺は両手を合わせ、彼女に懇願する。
「でも……」
「あの歌声で演奏できたら、俺も何か変わる気がして!だからお願い!」
自分でも驚いていた。俺はそこまでコミュニケーション能力があるわけでもなく、知り合ったばかりの人にここまで関わろとするやつではなかった。それほど彼女の歌声が俺の心を突き動かしていたのだ。
「いや、んー」
彼女は深く考え込む。
「天使様天使様天使様!」
「もう、分かったから、その天使ってのやめて!」
彼女は、俺の懇願に根負けして了承してくれた。
「ありがとう天使様!」
「やめろ!」
彼女は天使と呼ばれることを本当に嫌がっているようだった。俺たちは約束の日を取り付け、その場は解散した。
月明かりの天使 @mlosic
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