二日目-②  ジャメヴュ

 だが、次に彼女が発した言葉は予想から大きく外れたものだった。


「少年、よかったら……時間があるならお礼でもさせてくれないか……?」


——ッ……!


 今現在繰り広げられている会話は、明らかに前回とは異なっている。


「……あ、はい。」


 「あなたもそうなんですか?」という言葉を飲み込んで適当な返事で誤魔化し、あまりにご都合主義な可能性に賭けて危ない橋を渡ろうとしている自分を必死で静止する。今回拾ったのがたまたまスマホだったから、そう考えるべきだ。今の時代、電話番号や住所、おまけに顔写真までも入っているスマホは最早只の電子端末ではなく個人情報の塊、言うなれば使用者の一部だ。財布でも落としてしまったらと充分大変だが、スマホの場合は幾らパスワードをかけているからと言っても、どうなるかなんて考えたくも無い。

 そんなスマホを拾ったんだ、だから対応のレベルが違うのだろう。変な期待なんてするべきでは無いのだ。

 彼女は歩き出して俺を通り越したと思うと、今度はくるりと俺の方を向く。


「じゃあそろそろ行こうか、少年。早く行かないと病院の人達にばれちゃうかもしれないからさ」


——え?それって普通にまずいんじゃ……?


 絶対にヤバいことだと確信したのはいいが、どうしたらいいのか分からずに動けないでいると突然、野永さんに手を掴まれた。鼓動が急激に高まり、何が起きているのか分からずに野永さんの方を向く。


「捕まえた。今見られたら君も共犯者だと思われちゃうね……?」


 そう言って小悪魔のように笑い、俺の手を握ったまま走り出す彼女。バス停へと続く道を駆けていく彼女は、何故かとてもご機嫌そうに笑っていた。果たしてこれは病院に怒られたりはしないのだろうか、いや絶対怒られるやつだ、これ……。そして共犯者という言葉に少しドキドキしてしまった事は絶対に秘密だ。



———



 野永さんに捕まってから約四十分後の今現在、俺は周辺で一番大きい駅である桜花閣中央駅の某有名コーヒーチェーン店で気まずさを痛感しながら椅子に腰掛けていた。こんな筈じゃなかったなんて言う犯人の常套句を言うつもりはもう無い(言えるタイミングはとっくに通り越している)が、今はともかく頭が真っ白だ。

 ふと、正面を見ると気まずさの元凶、季節限定だというスイカフレーバーのフラッペを堪能している野永さんと目が合うと、彼女は嬉しそうに微笑む。が、俺どんな反応を返したらいいかが分からずにそのまま意味不明な会釈を返してサッと目を逸らし、調子に乗って注文してしまったブラックコーヒーに恐る恐る口をつける。


——……うわっ、にっっっっが!ある程度予想はしてはいたケド。まじか……。


 今の所、完飲できる気は微塵もしないが必死で苦味に耐えながら液体を胃に流し込む。が、飲み慣れていない物に対して体がビビってしまっているのか、ちびちび飲むことしかできずなかなか量が減らない。討伐の見通しすら立たない黒茶色の液体型モンスターを見つめて、少し辛くなる。もういい加減、砂糖かミルクでも入れてしまおうかと真剣に考え始めた頃、俺は今更ながら来てよかったなと思った。

 

 実を言うと、行きのバスで野永さんから時間があるならここに来たいと言われた際、あまり乗り気では無かったのである。と言うのも、実際に来るまで俺はこのような場所を世間一般的にリア充と呼ばれる人々専用の憩いの場であると勝手に思い込んでいたのだ。更に、そんな場所に俺みたいなやつが行くのはあまりに場違いなんじゃないだろうかなんて言う変な被害妄想もしていた、恥ずかしながら。しかしいざ来てみると、思っていたよりもずっと静かで非常に過ごしやすい場所であると分かって、今はむしろ好感すら抱いている。

 

 来た時からずっと感じている気まずさはそこでは無い。一番シンプルでありながら、一番恐ろしい事。野永さんと同じテーブルに座っていると言う事だ。

 正直、俺みたいな人間がこんなに綺麗な女性と同じ席に座る事になるだなんて、何かの罰が当たる前兆なんじゃないかとも思ってしまう。いや、俺が野永さんと同じ場所にいる事自体がもう罰当たりなんじゃ無いだろうか?ついつい疑心暗鬼になってしまう自分がいる。野永さんの事を疑う気は無いが、なんか色々と上手くできすぎているような気がしてならないのだ。

 そして、率直に「あなたもループしてる人なんですか?」なんて聞ければどんなに良いだろう。でもそんなことを聞いてどうなるかなんて分からない。もしかしたら「何言ってんだコイツ……」みたいな感じにドン引きされるかもしれない。本当は飲めもしないブラックコーヒーをカッコつけて頼んだとバレるよりもそっちの方がよっぽど恐ろしい……。


 と、そんなキモい考え事をしていたのが顔に出ていたのだろうか、野永さんは持っていたカップをテーブルに置き、先程とは打って変わった神妙な面持ちになって話し始めた。


「すまないね少年、いきなり知らない女にこんなとこに連れてこられて迷惑だったよな……。こんな歳にもなってこんなにはしゃいでしまって……ハハハ。みっともない所を見せてしまったね……」

「そんなことないです!」


 あまりの大きな声に俺自身、その言葉が自分の口から出た事が一瞬信じられなかった。


「……え?」


 野永さんもあっけに取られ、突然の事に理解が追いついていないといった感じだ。俺自身も驚いている。その瞬間、俺の心の中にあった突っ掛かりのような物がプツリと途切れた気がした。  


——もういい。ここまできたら……ヤケクソしかねぇ!


「俺は、嬉しかったんです!野永さんは何言ってるか分からないかもしれないけど、久しぶりだったんですよ。あなたと話していて、同じ空間にいるだけで本当に……本当に久しぶりにちゃんと生きてて楽しいと思えた……!だから迷惑とか……そんなこと無いですから……!」


 本当だ。偶然なのか否かは分からないが、驚くことにこの人が出してくる話の話題はここの近くの観光名所であったりアニメであったりと、バスの中で交わした自己紹介以外の内容が昨日前回と一つも被っていないのだ。そして今まで来たことのない場所を自分に見せてくれた。日付も、人も、何もかもが全く変わることがなくなってしまったこの世界に、俺は絶望していたのだ。いつの間にか、そのことすらも忘れていた。

 俺のキモいを聞いた野永さんは顔を伏せた。まぁ……きっとドン引きされているのだろう。あぁ、やっちまった……。


「しょ、少年声が大きいよ……周りに人もいるんだからさ。あと、そう言うこと言われると……チョットハズカシイカラ……」


 最後の方はボソボソと呟くように話していたため何を言っているのか分からなかったが、俺はそこでようやく周りの人たちがチラチラとこちらを見ながらヒソヒソと会話していることに気がついた。

 自分の顔の温度が徐々に上がっていくのが分かる。野永さんと目を合わせる勇気がみるみるすり減って行き、俺も顔を下に向ける。


「ねぇねぇお母さん、あれがぷろぽーず?」


「シッ!

 変なこと言わないの!」


 小学校低学年ぐらいと思われる女児が発した無知ゆえのあどけない言葉がガラスのように胸にぐさり刺さる。言葉は刃物ってこう言うことを言うんだろう。そんな事を考えて妙に納得しながら、俺は更に早くなっていた鼓動を頑張って鎮めようとしているのであった。




***

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