二日目-① 脱力コンティニュー
引きずり込まれた先で目に映る景色は、いつもと変わらないどこまでも続く水の中。そして、すぐ近くに見えるもののどれだけ近づこうとしても決して辿り着くことができない水面、そこに映される、必死になって何かを橙色のノートに書き記す俺の姿。一つのループが終わってから次のループに移行するまでの間、毎回必ず見せられる謎の光景だ。
だが、俺はこんなノートに見覚えも無いし、ノートをこんなに無我夢中にとった記憶も無い。何故何度もこの光景を見せらているのか、全くと言っていいほど分からない。いつも近づく事も出来ないこの光景を見せられながら、魚のように少しずつ泡を吐いて沈んでいくだけ。
——意味わかんねぇよ……。
目と鼻の先にあった筈の水面が徐々に遠くなって行き、視界がぼやけ始める。どうせ、今日も六月十日なのだろう。そんな気がする。
———
どんよりとした時間が流れる空虚な部屋に、うるさく鳴り響くスマホのアラーム。仰向けのまま止めて静寂を取り戻し、ベットから体を起こした。かなりうんざりしながら、スマホに表示される日付けを眺める。そこに表示される日付はやはり、「二〇二二年六月十日(金)」と言うもの。刹那、行き場のない恐怖や怒り、悲しみの入り混じった感情が俺を包む。
——なんで……!なんで俺なんだよ……!?
感情に任せて、握っていたスマホを力任せに壁へ投げつけた。そのままスマホは大きな音を立てて壁に衝突し、床へと落下する。
もう慣れ切っている筈なのだが、たまにこうやって色々と溢れ出てしまう。荒くなった呼吸を整えるために一度深呼吸をしつつ、窓際に立つハンガーラックに提げられた制服を手に取りかけて、ハンガーラックに掛け直した。思い出したのだ、確かめなきゃいけないことがあるのを。直後、いつもの鳩の鳴き声が耳に入る。その途端、「ガチャリ」という聞き飽きた音を立てて、一人の少女がズカズカと入って来る。
「お兄ちゃん、おはよう!お母さんが仕事行く前に朝ご飯準備してくれてたみたいだから、早く食べよ!四十秒で支度しな!」
とか言いながらビシッと人差し指を俺に向ける。羽美がいつもと変わらぬネタを披露してくれたのを見ながらゆっくりと口を開く。
「……ごめん、羽美。俺……今日学校サボるわ」
「え?」
突然のサボる宣言に羽美は、目を丸くする。どうやら、あまりにもいきなりすぎて理解が追いついていないようだ。
「だから俺、今日……サボる」
「……ふーん、お兄ちゃん珍しいね。真面目なとこが取り柄なのに……。じゃあ、私ご飯先食べとくから」
羽美は二十秒ほどフリーズしていたが、やがてそう言い残して部屋を出て行った。クローゼットに収納されていた、普段からよく着ていた私服を引っ張り出して来て、身につけて行く。先ほど投げつけてしまったせいで画面に蜘蛛の巣状のヒビが入ってしまったスマホ拾い上げてポケットに押し込むと、右の人差し指がチクリと痛んだ。見てみると、ひび割れたガラスフィルムの破片が指に刺さり出血していた。舌打ちをして、破片を引き抜いた。
食卓へと向かった俺は、先に朝食を食べ始めていた羽美に声をかけた。
「あ……えっと、羽美。俺……今日朝ごはん後から食べる」
「あ、うん……。あのさ……お兄ちゃん、もしかして体調、悪いの?」
羽美の表情から先程のように困惑しているのと同時に、少し訝しんでいるのが簡単に分かった。
「いや……ちょっと気分が乗らないんだわ。多分、季節の変わり目だから体調を崩してんだと思う。多分無理すると、ダメなやつだと思うから今日はやめとく」
朝食にラップをかけて一方的喋ってから、羽美の返事を待つ事なくそのまま家を出た。
忘れてはならない。羽美は俺とは違う。
———
バス停までの道のりをさっさと歩き抜き、バス停の標識が視界に入った辺りで、前回と同じ場所に何かが落ちていることに気付く。
——ある……!?
さらにそれに近づいて行くにつれ、見慣れた道路脇の側溝上にひっそりと落ちていたそれから、俺は前日とは何か異なる違和感を感じた。財布よりも目の前にあるその物体が小さく感じられたのだ。そして、俺は再び頭を抱えることとなった。意味がわからない。
置かれていたのはなんとスマホ。前回は財布だったのに、今回はスマホ。もしこれが偶然だとしても、全く同じ場所に異なるものが落ちているというのは流石に意味が分からない。
恐る恐る拾い上げる。なんの装飾も施されていない真っ黒なブックタイプのケースを開くと、そこにあったのは自分の顔が映る真っ黒な画面、そしてポケットに収められていた一枚の交通系ICカードだった。
——……。
ケースからカード引き抜いて、名前の欄を確認する。
「ノナガ ハルネ様」
はっきりとその表記が視認できた。見間違いの可能性を疑って目を擦っても、書かれている名前は変わらない。それどころか逆に今度はもっと鮮明に見える。ともかく病院に持って行くべきなのだろうとは思ったのだが、そこで一つの問題点に気がついた。
——あれ……?これ、どうやって渡したらいいんだ……?
何も考えず前みたいに受付に届けたとすると、なんでこのスマホの持ち主がここに入院しているのを知っているのかと疑われることになるのは容易に想像できる。野永さんの知り合いですって言うにしても、彼女が俺と同じであるなんていう確証がない以上、危険な橋は渡るべきでは無い。仮に「こんな人知りません」なんて言われたら、それこそ一貫の終わりだ。
それに、リセットされるとは言ってもあの人から自分へ向けられる感情を悪くするのは、なんとなく気分が悪い。
——ひとまず……病院には行った方がいいな。後は着いてから考えるか……。
悪癖の後回しが発動してしまっているのを気にすることも無く、病院の方へと向かった。
———
「……え?」
思わず困惑の声が出る。病院の玄関まであと二〇メートルぐらいのところで俺は立ち止まった。
居たのだ。目の前に、そこに彼女が。玄関の少し手間に生えている大きな桜の木の影で、病院の玄関を背にしながら煙草の煙をゆっくりと吐き出していた。あの立ち場所からして……病院のスタッフにバレないようにしているのだろう。
——まぁ、そりゃ病院内って普通全域全日禁煙だもんなぁ……。にしても私服かわいいな……。
Tシャツにトレンチスカートを身につけた野永さん、もうそこにいる彼女だけで雑誌の表紙が作れそうである。でも、前回と違ってこんな格好をしているという事は誰かと待ち合わせでもしているのだろうか?
——とりあえずこれをどうやって渡すか……。
色々と戸惑っていると、突然肩を叩かれた。
「少年、そのスマホを……どこで……?」
突然の事に驚き、顔を上げると目の前に彼女がいた。一瞬、気が遠くなりそうになったものの何とか持ち直す。
「あ、そこのバス停……病院の前に落ちてて……。とりあえず受付に届けようかな?って……」
辿々しくなりながらも答えた。嘘ではない。実際にあそこのバス停は「桜花閣病院前」なのだから。バス停からここまで六十メートルほどあるが、そんなのは誤差の範囲としてカウントされる筈だ、きっと。
「なるほど……」
——え、なんすかその反応……。
口元がニヤついている彼女は何か企んでいるようにも、俺の事を訝しんでいるようにも見えた。
「少年、そのスマホは私のなんだ。どうもありがとう、拾ってくれて」
前回聞いたのと同じ、聞いているだけで酔わされそうになるイケボに当てられ、耳が焼き肉になるんじゃないかと心配になる程燃えるように熱い。後ろめたさがあるせいか、彼女のことを直視できず、目を背けた。
「あ、はい……。えっとじゃあ……俺帰ります」
色々話してみてこの人がそうなのか確かめようとか考えてたけど、無理だ。なんか、多分俺が持たない。
「まk……少年、待ってくれ」
前と同じように手を強く引かれた。もし前回と同じ流れなら、この後彼女は俺に「少年、君、今から学校行くの?」と尋ねることになる。
***
こんばんは、錦木です。
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