第108話 歌姫と吟遊詩人

 ユリカは、ソラシィという女性が歌っているステージのすぐそばまで近寄っていって、ウットリとした表情でその歌声を聴いていた。


「こらこら、ユリカ。会議へ戻って来いよ」


 オレは、そう言ってユリカの頭をゲンコツで軽くコツンと叩いた。


「ちょっと待ってて。この曲が終わったら戻るから!」


 ユリカは、オレの方には少しも視線を送らずに歌姫を見つめた状態のままで答えてきた。


「やれやれ……」


 オレは、思わず肩をすくめた。まあ、今の曲が終わるまでそんなに時間はかからないだろう。それにしても、ユリカがアイドルに興味があるとは知らなかった……。


 やがて、ソラシィの歌声が終わり、彼女はユリカの方を向いてニッコリと優しい笑顔を浮かべながらお辞儀をした。ユリカの方は、瞳に涙を光らせて彼女に拍手を送っていた…………へえ、意外に可愛いところもあるんだなあ…………。

 そこで、ステージの裏から1人の男が現れた。髪の色が濃い緑色で美男子……オレの嫌いなイケメンでオシャレな服を着ていた。イケメンは、みんなオレの敵だ。単なるオレのひがみだけど。


「きゃあ♪ 吟遊詩人のミレッドなのね! カッコいいのね!」


 途端にユリカが歓喜した。やっぱり、さっきの発言は撤回だ! コイツは可愛くない!

 ミレッドは、ソラシィの目の前まで歩いていくと、人差し指を立てて何かを話し始めた。そうか……きっと、ソラシィの歌った曲の歌詞と作曲は、きっとコイツが書いたのだろう。どうやら、歌の出来具合についてアドバイスをしているという感じだ。

 おっと、こんなやり取りを見ている場合ではなかった。


「ほら、ユリカ! エアリスたちの所へ戻るぞ!」


 オレは、ユリカの腕をつかんで引っ張るようにして彼女をステージから引き離していった。まったく……苦労をかけさせてくれる…………。


「ぶー! ミレッドとソラシィのサインが欲しかったのに~!」


 ユリカは、不満そうに頬を膨らませた。


「エアリスとベルファの2人をあまり待たせるな! 早く行け!」


 オレは、そのままユリカの背中を押して、彼女を会議の場へ連れ戻した。


「さあ、会議の再開だ。エアリスとベルファも意見を言ってくれ」


 オレは、そのまま待っていた2人に対してようやく言うことができたのだが、返ってきた答えはオレを絶望へ叩き落す一言だった。


「ナリユキ。ボクは、今日で『チームナリユキ』のメンバーから抜けるよ」


 その言葉を口に出したのは、エアリスだった。

 ついに、恐れていたことが……現実になってしまった…………!

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