第88話 3種類の魔法
「半年前くらいからでしょうか……ダナシャスという怪盗が、王都の富豪の邸宅に侵入して金品や財宝を盗み始めたのは……」
ライムは、過去を思い出すかのように顎に指を当てて語り始めた。
「毎回、財宝を所有する邸宅へ予告状を送りつけて、決められた日時に指定した物を盗んでいくのです。40代くらいの男らしいのですが、これがなかなかの曲者なのです」
「怪盗ダナシャスか……話には聞いたことがあるよ! ボクが勇者になるためには、いつか戦わなければならないと思っていたからね!」
話し続けるライムに対して、エアリスはぐっと握りこぶしを固めて力強く答えた。瞳がメラメラと正義の炎に燃えている。コイツは、熱中すると周りが見えなくなるからなあ……とりあえず放置しておこう。
「そいつが、今も暴れ回っているワケか……どんな特徴なんだ?」
オレの問いに、ライムは少し困った顔をしながら答えた。
「それが、彼の素顔をハッキリ見た人は誰もいないそうなんです」
「そんなバカな……仮面でもつけているのか?」
「いえ、そうではなく……実はダナシャスはやり手のウィザードで、主に3種類の魔法を自在に使い分けて攻めてくるのです」
ライムの話に、オレたち4人は熱心に耳を傾ける。ウィザードというワードが出たところで、ベルファの肩が小刻みにピクンと反応した。
「そ、その3種類の魔法って何だ?」
「まずは変身魔法です。老若男女、あるいは子供にすら姿を変えることができるのです」
「ベルファ、そんな魔法が本当に存在するのか?」
オレは、彼女の方を見た。ウィザードの彼女なら、何か知っているかもしれない。
「3年ほど前に、独自で変身魔法を開発して話題になった男がいたわ。でも、まさか怪盗なんかに成り下がっていたとはね。ウィザードの恥だわ」
彼女は、吐き捨てるように言い放った。
「それから、2つ目は録音魔法です。魔導石に自らの声を吹き込んで、一定時間が経つと声が再現される仕組みになっているんです」
それって……まるでボイスレコーダーじゃねえか!
「も、もし、声が吹き込まれた魔導石があちこちにバラ撒かれたら……」
オレは、そう呟いて身震いした。完全に攪乱されてしまう。
「そして3つ目が睡眠魔法です。空気の物質を変換して、吸い込むと眠ってしまう仕組みになっているらしいです」
オレたち4人は、思わず顔を見合わせた。変身魔法に録音魔法に睡眠魔法……どれも物を盗むにはうってつけの魔法だ。厄介な事この上ない相手だ。
「この難敵を捕まえるため、2ヶ月ほど前に冒険者ギルドへ依頼が持ち込まれました。しかし、最高ランクである『松』ランクに指定したにも関わらず、2件連続で財宝は盗まれ、クエストは失敗に終わっています。このままでは、我々の立場も危うくなります。そこで、今回はナリユキさんたちにお願いしたいのです。神出鬼没の怪盗に対抗するには、忍者をぶつけるべきだと判断したのです」
「そんな……『松』ランクの冒険者でも捕まえられないなんて……」
ライムの説明に、ユリカが絶望の表情を浮かべた。エアリスも押し黙っている。しかし、ベルファだけは一人、気を吐いていた。
「それで? これは本来、『松』ランクのクエストなんでしょ? 『竹』ランクのあたしたちがこれをクリアしたら、当然『松』ランクへ昇格させてもらえるわよね?」
「そ、それは……すみません。このクエストに成功しても、昇格できない決まりになっています……報酬はもちろん、はずみますが……」
ベルファの問いかけに、ライムは気まずそうに答えた。どうやら、ランクが昇格できないように上層部から圧力がかかっているらしい。
わかりやすく言えば、『松』ランクは一流、『竹』ランクは二流、『梅』ランクは三流の集まりということだ。オレたちは、永久に二流として扱われることになるのだ。注目されないために。
「チッ、まあいいわ…………あと、あたしたちに今、依頼するってことは、新しい予告状が既に来てるんでしょ? さっさと予告状の内容を教えなさいよ」
ベルファがライムをさらに問い詰める。彼女は結構、鋭いところを突く。
「は、はい……実は昨日、レゼルブ宰相の邸宅に予告状が届けられて……明日の夜23時に『虹の雫』という宝石を盗むと書かれていました」
なるほど……レゼルブの顔が酷くやつれていたのは、そういう理由だったのか。
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