第84話 苦渋の決断

「あ、危なかった……!」


 オレは、深く溜め息を吐いた。国王め、『穴熊』なんかを使ってきやがって……!

 ちなみに『穴熊』とは、王将を盤の隅に移動させて、その周囲を他の駒でガチガチに固めるという史上最強の守りの構えだ。当然、攻める側のオレは、この穴熊を攻略するのにさんざん手を焼いた。

 結果は辛くもオレの勝利に終わったが、あのエルディア姫の父親だ。そもそも頭の出来は悪くないのかもしれない。穴熊戦法を独自に思いつくあたり、只者ではないと思わされた。


 対局が終わって、オレはそのままエルディア姫の仕事部屋へ戻って来た。

 しかし、部屋の中は重い空気が漂っていた。おそらく、オレたち4人の活躍を隠す理由について、姫様が女子3人に話したのだろう。


「遅くなって、すみませんでした。姫様、お話の続きをお願いします」


 オレはそう言って、頭を下げる。エルディア姫は、ゆっくりと語り始めた。


「そうですね。みなさんの働きぶりを、なぜ周囲に隠さなければならないのかについてお話します。それは、みなさんが目立つと、周囲に警戒されやすくなるからなのです」

「オレたちが注目されるのはマズいと……」

「はい。みなさんの任務は、隠密行動や情報収集のような地味な作業が多くなると思われます。そのような人目をはばかる任務をこなすためには、名誉や名声がついてしまうと、かえってマイナスに働いてしまうのです」

 姫様は、沈痛な面持ちでそう言った。本当は、オレたちに名誉や名声を与えてあげたい……彼女のそんな気持ちが見て取れた。おそらく、苦渋の決断なのだろう。


「わかりました。魔王軍の四天王を撃退したことも、周りには黙っておきます。お前たちも、それでいいよな?」

「私は、お金さえもらえれば別にいいけど……」

「あたしをバカにしたヤツらを見返してやりたいけど……わかったわ」


 オレの問いかけに、ユリカとベルファは承諾したが、エアリスだけは押し黙っていた。彼女には、勇者になりたいという目標がある。名誉や名声は、のどから手が出るほど欲しいはずだ。


「エアリス……頼むよ」


 オレは少し屈んで、自分の目線を彼女の目の高さまで下げて、できるだけ優しく語りかけた。


「うう……これじゃ、ボクは勇者になれないよ……悔しいよ……」


 エアリスは目に涙を溜めていた。気持ちはわかる。


「勇者様が、こんな程度のことで泣いていたら、みっともないだろ? それにお前はまだ18歳なんだし、がんばっていれば必ずチャンスは巡って来るよ」

「うん…………うん…………」


 エアリスは、涙を拭きながらも頷いてくれた。よかった……。

 だが、エアリス以上につらい表情をしていたのは、エルディア姫だった。彼女は、続けてこう言ったのだ。


「本当にすみません。私は既に、皆さんの評判を下げるための偽の情報を流しました。でも、周りの人々がみなさんを軽んじてくれれば、かなり動きやすくなるはずです」

「えっ!? それって、情報操作するためのデマを流したってことなの!?」


 ベルファがいち早く反応した。姫様がそこまで徹底して動いていたとは、オレも全くの予想外だった。


「その通りです。もしかしたら、街の中でみなさんが不当な扱いを受けるかも知れません。ですが、私だけはみなさんの働きを陰で支えていきます。どうか……どうか、理解してください!」


 エルディア姫は、最後は訴えるかのように大きな声を出していた。そして、深々と頭を下げた。

 オレたちは、あまりのショックで言葉を失っていた。

 しかし、言わなければ……。

 数秒間の沈黙の後、オレは口を開いた。


「わかりました。姫様が見守ってくれるのであれば、見捨てないでくださるのであれば、自分たちは大丈夫です」

「ナリユキさん、ありがとう……」


 エルディア姫の瞳にも涙が滲んだ。オレは、胸が熱くなった。

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