[04]ディアヌ・二十二歳

「皇太子ジェロームの名のもとに、皇族の品位を著しく損なった皇女クラリスを追放する!」


 ただいまわたしの婚約者ジェローム(二十歳)が、追放を叫びました。

 わたしは扇で口元を隠し――笑いを堪えております。

 来賓挨拶でジェロームが舞台に上がると、後にぞろぞろと卒業生たち(わたしの義弟シメオンは違うけど)が、断罪キャラクターたちがついてきた。

 彼らはお約束の生徒会役員でもあるので、一般生徒たちは不思議に思いはしなかっただろうが、コレットとラファエルの恋人手繋ぎはどうかと思うが?


 そして皇太子によるいきなりの、妹皇女の追放宣言。


 生徒たちはまだ理解できないようで、呆然としている。それはそうだろう。

 なにより、卒業式に全く関係なくて笑う。卒業生の卒業式をめちゃくちゃにして、そんな自慢げな表情されてもなあ……無能なんだなあ、皇太子。

 知ってるけど。


「ラファエル・オリヴィエとクラリスの婚約は白紙とし、ラファエル・オリヴィエの新しい婚約者を皇女・・コレットとする」


 恋人繋ぎをしていた二人は見つめ合い、そして微笑む。


「ど、どうして!」

「どうしてだと! クラリス、お前の悪行は全て知っている」


 壇上で叫ぶ皇太子と、震える皇女。

 そして置き去りにされているように見える、皇太子の婚約者――わたし。


「その女が悪いのよ! わたしの婚約者にまとわりついて!」


 それに関しては否定しない――コレットがどうしてクラリスの婚約者を奪ったか? だが、皇族として迎えられてから六年の間に、皇王と皇太子に際限なく甘やかされた結果、クラリスから奪っても叱られないことを学んだ。

 なので最後にクラリスの婚約者を奪った。

 他の攻略対象――コレットの勘違いだけれど――異母兄も含まれているようだが、他の貴族が絡むと面倒になることくらいは、分かっていたようだ。

 ピンク頭ではないので、そのくらいは知恵が回ったらしい。

 なにより、逆ハーから隠しキャラ狙いのコレットにとって、騎士団長の息子オリヴィエはもっとも捨てやすい。


 いいよーコレット。そのゲスなところ、嫌いじゃないよ。


「どうして……どうしてみんな! その女の味方ばっかりするのよ!」


 クラリスが泣き崩れた。本当にそうだねー。コレットは外側を繕うのが上手いだけで、中身はクラリスと同じくらい性格は善くないのにね――さて、わたしの出番だ。

 わたしは来賓席からクラリスの側へと移動し、膝をついてクラリスにハンカチを渡しながら、


「皇太子殿下。それは、この晴れがましい場所で言わなくてはならなかったことでしょうか?」


 壇上の皇太子を仰ぎ見ながら問う。

 いやー馬鹿だ、馬鹿だと思ってはいたが、本当に馬鹿だな。知ってはいるが、目の当たりにすると全身が痒くなってくる。これと近々結婚しなくてはならないと思うと、寒気がする。

 これが皇太子だとか、この世に神も仏もないのがはっきり分かる。


「皆にクラリスの悪行を知らしめる必要がある!」 


 皇太子は宣言するのだが、そんな必要は無いと思うのだが――

 皇太子が顎をしゃくるようにして促すと、宰相の息子が一歩前へと出て、クラリスの悪行を挙げた。


 曰く、クラリスはコレットを罵倒していた

 曰く、クラリスはコレットの所持品を破損させた

 曰く、クラリスは取り巻きを使って、コレットに対して悪意ある噂を流した

 曰く、クラリスはコレットに危害を加えた


 概ね事実なのが……なんとも。最後の危害を加えたは嘘だけど。

 護衛がついているのに、どうやって危害を加えたというのだ? 危害を加えることができたというのなら、それは護衛の怠慢だ。

 悪意ある噂だが、クラリスが悪意のある噂を流したのは事実だけれど、その噂事態は本当ってこと。


「その証拠は?」

「気高いコレット殿下の勇気ある告発だ」 


 普通の断罪劇は男爵令嬢の証言だけと笑うところだが、殿下の証言となれば、信憑性は増さないが、実行力はある。それを考えて宰相の息子が、自慢げに宣言した――なんでお前が自慢げなんだ、宰相の息子ナルシス。


「クラリス殿下は危害を加えておりません! その日、クラリス殿下は、学園に来ておられませんでした!」


 在校生の中から、一人の少女が声を上げた。

 宰相の息子の婚約者のようだ。

 この婚約者、物語では最初はクラリスと同じくヒロインを嫌うが、徐々にヒロインを認め友情を育み、彼女を通して宰相の息子とも仲良くなる……が、乙女ゲームだと思っているコレットにとって、攻略対象の婚約者は全て敵なので、コレットに対する好感度は物語の初期値のまま――自分の婚約者に纏わり付く女なんて嫌いだよね。


「お前ごときの証言に信憑性などない!」


 貴族令嬢の勇気ある証言だが、宰相の息子ナルシスが一刀両断。

 クラリスの婚約白紙とコレットの婚約は、皇太子の発言に証人も大勢いるので、のちのち撤回するのは難しいだろう。


 さて――では、締めるとしましょう。あとはご自由に。

 わたしは立ち上がって、扇で口元を隠して壇上の皇太子へ視線を向ける。


「殿下、コレットの身に及んだ、それらのことは全てわたしが行いました」


 クラリスの罪を被る――


「なんだと!」


 証拠を集めた宰相の息子ナルシスが、驚いた表情を浮かべた。それはそうだろう――もちろんわたしは、わざわざ学園に足を運んでコレットを虐めたりしてませんけれどね。

 わたしのいきなりの名乗りでに驚いたコレットだったが、すぐに気を取り直したようで――実はわたしにも虐められていた証言してくれた。

 それをすぐに信じる皇太子。

 そうそう、お気に入りの証言をすぐに信じちゃうその性格、誰よりも知ってる。


「貴様! 貴様のような女とは関わりたくない! 婚約を破棄する!」


 皇太子ジェロームの婚約者だった、伯爵令嬢ディアヌ(二十二歳)です、皆さま、ごきげんよう――

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