第5話 四

 そう言いながら、莉々香は全身で嬉しさを表しながら悠杜に宿題を見せた。

「問四、七、八が間違ってる」

 悠杜の言葉に、莉々香は慌てて問題を見る。

「単純な計算ミスだから、すぐ終わるだろ」

「なんでパッと見ただけで分かるのかな」

 机に突っ伏しながら、莉々香が力なく言う。

「なんで兄妹なのに、頭の出来が違うのかな」

「リリは、数学以外は特に悪いわけじゃないだろ」

 悠杜の言葉に、莉々香は上半身を起こした。

「あのね、現国と、古文と、日本史と英語も補習なの」

 莉々香の口から紡がれた言葉の意味を理解するのに、悠杜は五秒ほどの時間を要した。

「ちょっと待て、現国、古文、日本史は分かる。だけど、なんで英語まで補習なんだ?」

 莉々香は悠杜を見る。

「だって、日本語の問題文の意味が分かんないんだもん」

 少し膨れた表情でそう訴える莉々香に、悠杜はガックリと肩を落とした。そして宿題の手伝いを、三日分の食事当番と交代したのを少し後悔した。


 心地よいまどろみが莉々香を支配していた。ずっとこのままでいたいと、思わず願ってしまう。だが、そんな心地よい時間をぶち壊す轟音が鳴り響いた。正確には、セットしていた目覚まし時計が、決められた時間を示しただけである。だが、莉々香にとっては、自分の幸せな時間を終わらせる轟音でしかなかった。

 布団の中から手を伸ばし、目覚ましのスイッチを押すと、莉々香は再び夢の中へと戻っていく。

 莉々香は夢を見る。悠杜が側にいる、ただそれだけの夢。心が暖かくて、そして少し切ない。

「おい、起きろ」

 悠杜の声が耳に心地よく響いた。

「補習に遅刻するぞ」

 夢の中の悠杜が、聞きたくない言葉を言った。補習という言葉だ。せっかく声が聞けるなら、もっと別の言葉を聞きたい、そう莉々香は思う。

「リリ、起きろ」

 莉々香の意識が段々とハッキリとしてきて、ゆっくりと目を開いた。一番最初に視界に飛び込んできたのは、悠杜の顔だった。ベッドに腰かけ、莉々香の顔を覗きこむように見下ろしていた。

 莉々香は、まだ寝ぼけた意識で悠杜の顔を見つめる。

「早く支度しないと、朝飯抜きだぞ」

 悠杜の言葉で食事当番だったことを思い出した莉々香は、慌てて上半身を起こす。

「急げよ」

 そう言うと悠杜は、部屋から出て行った。 悠杜の後姿を見送った後、莉々香は支度を整えてリビングに向かった。すでに、ちゃんとした朝食を作る時間はもうない。とりあえず簡単なものを用意して、兄に謝ろう。そう思い、莉々香は兄に怒られるのを覚悟した。

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