第4話 三

「私の夏休みは、いつ来るのかな……」

 悠杜が、とても丁寧に教えてくれているのは分かる。だが、莉々香にとって数学の問題は暗号にしか見えなかった。つい、愚痴が出てしまう。

「補習と宿題が終わったらだろ」

 分かっていることでも、改めて言われると莉々香は少しむっとなる。

「お兄ちゃんも、宿題が終わらないと夏休みが来ないよ?」

 多少の嫌味ぐらいは言いたい、そう莉々香は思った。兄が優秀なのは嫌というほど理解しているが、いくらなんでも宿題が終わるまでに一週間はかかるだろうと考えたのだ。

「全部終わった」

 悠杜の答えに、莉々香は驚愕する。

「えー? 夏休みは明日からなのになんで?」

 宿題をしているのを見たことがない。いつやってたのだろうか? と莉々香は不思議でならない。

「昨日、全部終わらせた」

 悠杜の答えに莉々香は、もう何も言えなくなってしまい、問題を見ながら小さくため息を吐いた。

「分かったら続きをやれ」

 これ以上、悠杜には何も言えなくなり、莉々香はしぶしぶと、教えてくれる通りに計算をした。

「あ、出来た!」

 嬉しくなって莉々香は悠杜を見る。

「残りも同じように出来る」

 悠杜は、またベッドに腰かけて、本を読み始めた。

「お兄ちゃん」

「ん?」

 三度目のやり取りになるが、特に悠杜は気にする様子もなく返事をする。

「お父さん、なんで日本に行くって言ったのかな」

 莉々香の言葉に、悠杜は読書を中断した。

「父さんにとっては祖国だし、帰りたくなったんじゃないのか?」

「でも、お父さん嬉しそうじゃなかったよ」

 確かに莉々香の言うとおり、祖国へ帰ってきたというのに、辛そうにしか見えなかった。それは悠杜も感じていた事だ。そして、母親の様子も変だった。

「そうか? 二十年ぶりだったから、戸惑ってたんじゃないか?」

 悠杜は、莉々香に不安を与えないように答える。

「そうなのかな?」

 莉々香は問題を解く手を休め、顔を上げ少し考え込む。

「それよりも、リリは宿題終わったのか?」

 悠杜は莉々香の様子を見て、意図的に話題を逸らす。

「あ、もう少し」

 莉々香は、後少しで終わる問題に集中する。その様子を見ながら、悠杜は父親のことを考え始めた。

 幼い頃、日本はどんな国なのかと父に聞いたことがある。父は一言、美しい国だと言った。だが、その時の言葉とは裏腹に、その表情や様子は懐かしい故郷を思っているものではなかった。

「できたー」

 嬉しそうな莉々香の声が響き、悠杜は思考を中断した。

「お兄ちゃん、全部できたよ!」

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