第33話「姑獲鳥の惑星」

 閻魔県要衣市古角町の一画、「光珠荘みたまそう」。

 築三十年にもなる古臭いアパートで、罅割れた壁に蔦が這い、柱やトタンの屋根は錆びだらけという、あまりにあんまりな見た目から、「幽霊荘」とも呼ばれている。実際その手の噂も多く、家賃も安い(月二万円)。


「かもめ~の水兵さん、並ん~だ水兵さん♪」


 そんな曰く付きの一室で、少し前に退院したばかりの龍馬たつまが、妹の未乘みのりを優しく撫でていた。彼らは今、二人暮らし。実父が野垂れ死に、実母は天狗に殺されてしまった、天涯孤独の身だからだ。普通なら施設入りする所であるが、里桜(というか説子)の温情で無理矢理住まわせて貰っている。近々建て替える予定もあるので、何れ生活環境も良くだろう。

 問題は、未乘が実母の死を受け入れられていない事である。精神的ショックにより通信制の小学校に転校せざるを得ず、その上、寂しさのあまり夜泣きする事も多い為、龍馬の苦労は絶えない。今も子守唄で漸く寝付いた所だ。

 と、その時。



 ――――――ドワォッ!



「な、何だぁ!?」

「わきゃーっ!?」


 突然、アパートの壁が爆発した。

 否、何者かに破壊された・・・・・・・・・


『クルルルル……』


 それは、人型のナニカだった。刺々しいシルエットをしている事だけは分かるが、光学迷彩で全身が隠れている為、どんな姿をしているのかは不明。それでも身長が三メートルもあり、筋骨逞しいのはよく分かる。

 こんな化け物が一体何の用だろう……まさか、龍馬を襲いに来たのか!?


『コカカカ……!』

「きゃあ!?」


 と思いきや、未乘を片手で鷲掴んで、あっという間に攫ってしまった。


「お、おい、ふざけんじゃねぇぞ、コラァッ!」

『……グルヴォッ!』

「ぶげぁあああっ!?」


 もちろん、龍馬は追い縋るものの、裏拳であっさりとあしらわれ、飛び立たれてしまう。どうやら、こいつには翼があるらしい。


「舐ぁぁめぇぇるぅぅなぁあああっ!」

『ヴルァッ!?』「お、おにいちゃん!?」


 だが、龍馬は諦めが悪かった。飛翔したナニカの右脚に、後ろ側からガッシリと捕まる。むろん、ナニカも脚を振るい、左脚で蹴落とそうとするも、蹴り脚を裏から押さえられている上に、股に頭を突っ込まれている為、中々上手く行かない。爪は当たっているが、それくらいで離す龍馬ではなかった。


『グヴォァアアアッ!』


 面倒臭くなったナニカは、龍馬を引き剥がす事を諦め、そのまま夜空へ飛んで行く。


「――――――何じゃありゃ!?」


 その行く先には、何故か月の隣に太陽が浮かんでいた。もちろん、今は夜である。


『クコカカカカ……!』

「わぁああああああ!?」

「ふんぬらばぁああ!」


 そして、謎の太陽へ向かってナニカは突っ込み、視界が光で覆い尽くされる。同時に激しい頭痛と倦怠感に襲われ、龍馬は死ぬ気で捕まっていたものの、少しずつ意識を失っていき――――――、


「……ここは!?」


 目を覚ますと、そこは不思議の森でした。

 堆く聳える黒々とした樹木に、青臭く湿った大地。主な植生はシダ植物で、大きい物は千メートルを超える。地表には様々な色合いの地衣類が生い茂り、緩やかな川や湧き水の中にはウミホタルに似た不思議な発光生物が泳いでいる。鳥類や哺乳類に該当する生物は見当たらず、奇怪な生き物の鳴き声だけが聞こえてくる。

 何と言うか、ジ○リ映画に出て来そうな、不気味で不可思議な場所だった。こっちは昼間らしい。



「王蟲はいないにしても、デカいゴキブリみたいなのはいそうだな」


 現実に則するなら、石炭紀の森に近い。実際、森の中の酸素濃度はかなり高く、中毒一歩手前くらいはある。長時間居座るのは危険だろう。


「クソッ、」


 とりあえず、未乘を探したい所だが、如何せん情報が足りない。そもそも、人の痕跡がゼロの秘境で、何をどうやって探せというのか。


「ぎゃあああっ!」


 すると、森の奥から、この世の終わりを一身に味わったかのような、凄まじい断末魔の叫びが聞こえてきた。間違いでなければ、人間の悲鳴である。声色からして、自分よりも少し年上の青年だ。


「何だ何だ……おぉっ!?」


 声のした方に向かっていくと、程なくして声の主は見つかった。


「あれま~、皮が無~い」


 ただし、生前の容姿は窺い知れない。何せ皮がない上に腸を抜き取られ、ロープで枝に逆さ吊りにされているのだ。干し肉でも作る気なのだろうか。とんだジャーキーである。

 しかも、近くに同じような死体が幾つも吊り下げられていて、湿気と菌類の多さ故か腐敗が急速に進んでおり、かなり臭かった。


『ギギギッ!』

「ズワォッ!?」


 すると、何処からともなく蔦が伸びて来て、龍馬を吊るし上げる。振り向けば、そこには蔓が寄り合わさった化け物が居て、彼を丸呑みにしようと巨大な花を咲かせていた。

 何だ、この怪奇植物は!?


「だがファイヤーする!」

『ギャアアアアアアア!?』


 しかし、龍馬は冷静に怪奇植物を火炙りにした。彼は酒も煙草も嗜む不良くんなのだ。幾ら生木の類とは言え、流石に火炎放射をされれば怯むだろう。蔦が弛んだ隙に、龍馬は脱出して退避した。


(まったく、何なんだよ、この森は!?)


 人のジャーキーはぶら下がってるし、人食い植物も居る。その上、大切な妹を掻っ攫ったナニカも潜んでいる。何とも最悪な場所である。


「いや、他人様に構ってる場合か! 俺は未乘を助けるんだよぉ!」


 頭がごちゃごちゃになりそうだが、目的を見失ってはいけない。未乘が今も無事かどうかは、保証されていないのだから。


「……おっ!?」


 と、足元に何かを見付けた。鳥の羽根だ。大きさからして猛禽類だろう。それも一つだけでなく、何枚も何枚も、断続的に落ちている。


「もしかして、あいつ・・・の物か?」


 翼でっぽい物で羽ばたいていたし、ワンチャンあるかもしれない。明らかに不自然とか言ったら負け。


「……わっぶねぇっ!?」


 なーんて考えていたら、一歩先にトラバサミがあった。踏んでいたら一発でアウトである。


「どう考えてもあいつの仕業だろ!? ……流石は直立二足歩行って訳か」


 人型生命体は構造上、総じて頭が良い。これもあのナニカが仕掛けたのだろう。まるで狩りだ。ここだけではなく、先には間違いなく別の罠もある。


「人間狩りを愉しむとは、悪趣味だな……」


 人を食い物にする妖怪らしいと言えばそれまでだが……。


「うわぁっ!?」

「ぬっ!?」


 すると、またしても森の奥から女性の叫び声が。今度は断末魔ではなく、単に驚いたような声である。


「……あらま~」

「み、見てないで助けてくれ!」

「えー」


 行ってみると、投網に捕獲された上に枝に吊るされた、二十代の女性が居た。高い身長と体格から一見漢に思えるが、おっぱいが付いているので間違いない。迷彩服を着ている事に加え、銃器や手榴弾で武装しているので、おそらく軍人だろう。


「えいっ!」

「ぶべら!」


 龍馬の投げたサバイバルナイフが見事に枝へヒット。女性は間抜けな声を上げて地面に落ちる。網に刃は立たないが枝は脆いので、割と簡単に抜け出せた。


「あんな太い枝を、ナイフ一本で切り落とすとは……凄い力と精度だな」

「それ程でも」

「軍人……では無さそうだが……」

「そういうアンタは軍人だよな?」

「自衛隊員だ」

「だろうな。……俺は龍馬」

射川いりかわ 雪奈ゆきなだ」


 とりあえず、お互いに自己紹介を済ませる。情報交換、大事。


「アンタは、どういう経緯でここに?」

「突然、見えないナニカに攫われた。その後は森に置き去りにされて……狩られた・・・・。仲間も居たんだが、もう生きてはいないだろう」

「………………」


 もしかして、さっきの逆さ吊りのジャーキーたちがそうだろうか。最早知る術は無いが……。

 それにしても、幼女を攫い軍人を攫い、罠まで仕掛けてくるとは、大分調子に乗っている。人間様を狐のように狩ろうとは、良い度胸だ。やっている方は愉しいだろうが、巻き込まれる側は只管に腹立たしい。

 いや、そんな事よりも未乘の安否である。


「……妹を探している」

「よし、探そう」

「即答だな」

「一般人を助けるのは自衛官の仕事だ」

「……助かる」


 割と無茶苦茶な頼みを即受けしてくれた雪奈に、龍馬は素直に尊敬した。まさに自衛官の鑑と言えるだろう。


(それにしても、“射川”ねぇ……)


 ただし、一つ気になる部分もある。それは「射川いりかわ」という苗字だ。

 射川と言えば、世界中の天才・鬼才を掻き集めて養子とし、“史上最高の超天才”を生み出す事を目標としている一族である。常に一族同士で競わせ、基準を満たせなければ除名処か、容赦なく鬼籍にしてしてしまうとも言われている。とんだキチ○イ集団だ。事実、姦々蛇螺かんかんだらを生み出した連中もそうだった。

 一応、見る限りでは、そうした印象は受けない。

 だが、腹の内なんて外からは分からないし、警戒するに越した事はないだろう。利害が一致している間は上手く活用してやるぐらいの心持が丁度良い。


「あいつらの目的って何なんだ? さっきは狩るって言ってたが……」

「知らんよ、所詮は憶測さ。今までの行動から、そう判断したに過ぎない。……妹さんは何歳だ?」

「小学生だ」

「そりゃあ、お若い事で」


 軽口を叩きつつも、周囲への警戒を怠らずに進み続ける二人。羽根はまだ落ちている。彼らを“狩場”に誘うように。


「開けた場所に出たな」


 木の密度が下がり、落ち葉の降り積もった広場に着いた。三百六十度、全域から見渡せ、隠れる場所は何処にもない。ピクニックには良さそうである。

 と、その時。



 ――――――ブゥゥウウン……!



「危ない!」

「うわっ!?」


 雪奈が龍馬を勢い良く押し倒した。彼の頭に赤いデルタが浮かび上がったからだ。たぶん、レーザーサイトの類だろう。実際、二人が倒れた瞬間、プラズマ光弾が通り過ぎ、後ろの巨木に風穴を開けた。威力も相当に高い。


「ここが狩場って訳か! ……助かった」

「そのようだな! ……構わんよ」


 直ぐに周囲を見渡すが、やはり姿は見えない。あんな熱源を放てば居場所くらい分かりそうなものだが……。


「………………!」


 すると、素早く起き上った龍馬が、くんくんと臭いを嗅ぎ始める。


「――――――そこだっ!」


 さらに、近くに落ちていた大石を、虚空目掛けてぶん投げた。秒速二百キロを超える超速球である。バゴンという良い音がして、


『……ヴォオオオオヴッ!』


 透明だったナニカが、姿を現した。


「鳥人間?」


 光学迷彩をしていた時からデカいとは思っていたが、実際に見ると更に威圧感が増す。骸骨と猛禽類を組み合わせたような金属製の仮面を被り、胸部・腰部・前腕・脹脛に蛇腹状の装甲を身に付け、両手首には鋭いリストブレイドを装着している。肌は濃い紫色で、羽毛の髪の毛が生えていて、手足は鳥その物だった。



◆『分類及び種族名称:増殖異次元人=姑獲鳥こかくちょう

◆『弱点:頭部』



『グルルル……!』


 鳥人間――――――姑獲鳥がノシノシと歩いてくる。


「くそっ!」


 と、「SIG SAUER P220」で応戦する雪奈。

 しかし、姑獲鳥は怯む事無く歩を進め、


『グヴォッ!』

「が……っ!?」


 裏拳で雪奈を吹き飛ばして木に叩き付け、そのままKOした。


『ヴォォヴッ!』

「うぉっ!」


 当然、次は龍馬が狙われたが、超人的な反射神経で姑獲鳥のリストブレイドを躱し、そのまま彼女の腕を足場にして空中へ躍り出て、後頭部に強烈な蹴りを食らわせる。


『……フォッ!』

「ぐぅっ……!」


 だが、やはり大したダメージは無く、姑獲鳥の回し蹴りで龍馬はぶっ飛んだ。雪奈と同じ木にぶつかり、彼女のすぐ傍に落下する。姑獲鳥が近寄って来た。


「――――――ざけんじゃねぇぞぉ!」

『ヴォォオオオッ!?』


 その瞬間、龍馬が飛び掛かる。手には雪奈から剥ぎ取った、手榴弾付きの防弾ベストが握られていて、それ毎抱き込むように姑獲鳥へ掴まる。



 ――――――バゴォオオオン!



「ぐげぁっ!」

『ブルヴォ!』


 そして、何の躊躇もなく爆破した。お互いに爆風で吹っ飛び、地面に叩き付けられる。


『グゥゥゥ……』


 それでも姑獲鳥は五体満足で、少しふら付きながらも立ち上がった。とんでもない耐久力である。

 さらに、被っていた仮面を取り外し、満身創痍の龍馬を睨み付ける。


「思ったより可愛い顔してやがんな……」


 素顔は殆ど人間と変わらない、綺麗な女性のそれだった。


『グヴォァアアアアアアアァァァヴッ!』


 しかし、顎の構造は大分違うようで、まるで蛇の如く下顎が二股に広がり、悍ましい大口を開けて吠え猛る。威嚇……否、宣戦布告のつもりであろう。ここからはタイマン勝負だ。


『ガヴォオオオッ!』


 姑獲鳥が走りながら蹴りを放つ。


「くっ……ドラァッ!」


 だが、龍馬は血反吐を撒き散らしながらもどうにか避け、カポエラの要領で姑獲鳥の腰を蹴り返し、反撃の裏拳に手を添え、勢いを利用する形でぶん投げた。柔よく剛を制す。自分自身のパワーが倍以上で返って来た姑獲鳥が悶絶する。


「このぉ!」

『ゴカカカカ……!』

「うぉっ!?」


 更なる反撃に出ようとする龍馬だったが、姑獲鳥がリストブレイドを展開し、プラズマ光弾を乱射してきたので、一先ず避けに徹した。どうやら、あの武器は遠近両方に対応しているらしい。

 しかし、目を回しているせいか、赤いデルタもロクに照準が合わず、盛大な花火を上げるだけに終わった。


「……今だっ!」


 しかも、上手い具合に龍馬が誘導していた為、最後の一発は風穴を開けていた巨木に止めを刺してしまった。当然ながら木は中程から折れ、姑獲鳥を下敷きにする。


『グヴゥゥ……』

「まだ生きてんのかよ……」


 それでも死に切らない辺り、生命力の高さが窺える。とは言え、これ以上の戦闘続行は不可能だろう。何せ胸から下が潰れているのだから。


『……、…………』


 すると、姑獲鳥がリストブレイドの根元にある装置を弄り出した。同時に何らかのシークエンスが始まり、カウントがどんどんダウンしていく。


『グゥゥゥ……ヴォォ……フ、フ、フフフフフ……フフハハハハハハハハ!』


 その上、姑獲鳥は満面の高笑いを上げ出した。これが意味する事は、一つしかない。


「クソッタレが!」


 龍馬は雪奈を背負い、全力でその場から逃げ出した。


『クフハハハハハハハハ、きゃははははははははははははははははははは!』


 そして、狂笑が最高潮に達した時、



 ――――――ドゴァアアアアアアアンッ!



 激しい閃光、轟く爆音、吹き抜ける爆風と高熱。周囲数キロメートルが灰燼に帰した。


「はぁ……はぁ……!」「………………」


 だが、龍馬は生き延びていた。雪奈を背負ったまま射程範囲から逃げ切るとは、天晴な俊足と体力である。火事場の馬鹿力だろう。


「――――――ったく、どうしろってんだよ、これから!」


 しかし、連れてきた元凶が死んだ以上、この空間から脱出する方法は無い。思わず力が抜けてしまった龍馬は、見通しが良くなった空に向けて、自棄っぱちに叫んだ。

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