第32話「置いてけ森」

 ここはとある山中、その夜道。ウマオイやクツワムシの喧しい鳴き声や蝙蝠の羽ばたく音が聞こえる、不気味な森の中。


『ビ~バビ~バビッパパパ~♪』


 虫取り網に虫かごを持ったビバルディが、楽しそうに歩いていた。目的は見ての通り昆虫採集。大方、クワガタかカブトムシを取りに来たのだろう。カミキリムシを捕まえに来たのだとしたら、相当なマニアである。

 まぁ、彼の事だから、一頻り眺めた後は食べてしまうのかもしれないが(笑)。


『ビバビバビ~♪ ……ビバ?』


 そして、昼間の内に罠を仕掛けておいたポイントに到達したのだが、


「………………」


 古びた祠へ一心不乱に手を合わせる男が居た。ガリガリの痩せっぽっちで、着ている服もみすぼらしく、心なしか臭い。きっと金が無くて何日も風呂に入っていないのだろう。

 そんなどうしようもない駄目男が、こんな時間にこのような場所で、何故に祈りなど捧げているのだろうか?

 と、その時。


『置いてけぇ~! 有り金、全部置いていけぇ~!』


 祠の中から、気味の悪い声が響いた。

 否、祠の中からではない。……地下したからだ!


『ガヴァォルァアアアアッ!』


 すると、地面を突き破り、真っ赤な落ち武者が現れた。脚が異様に太く、背中にブースターのような物が生え、左目が眼帯型のマニュピレーターになっている。鎧の中身は定かではない……というか、鎧がそのまま動き出したかのようである。

 この化け物は、何だ!?


「ひぃいっ……!」

『ビバビィ~ン!』


 しかし、考えている場合ではないだろう。目の前で人が襲われているのだから。ビバルディは人間形態に変身し、腕をL字に組んで熱線を放った。


『ガァヴォォォ……ヴルァッ!』

『なぁっ!?』


 だが、化け物は嫌がる処か小動もせず、そのままのしのしと歩を進めるではないか。


『ガヴォルァッ!』

『がはっ!?』


 さらに、ブースターを蒸かして急接近、ラリアットでビバルディを地面に縫い付ける。そのまま踏み潰そうとするが、ビバルディはどうにか躱し、蹴りを放つも自分の足の方がやられてしまい、その隙に回し蹴りを食らって完全にダウンした。


「ひぁぁぁっ!」

『ゴヴヴヴ……』


 その間に駄目男は転げるように逃げて行ったのだが、もちろん化け物は逃さず、後を追い掛ける。おかげで助かったビバルディであったが、もう一歩も動けなくなっていた。


『ビバ……』


 やがて変身も解け、直後に意識を失った。


 ◆◆◆◆◆◆


「第三部、完! ……っと」

「いや、終わってないだろ」


 ここは峠高校の屋上ラボ。ズタボロになって帰ってきたビバルディを見下ろし、里桜と説子が阿呆な会話をしている。


『贔屓目に言っても化け物ですねー、そいつ。だって、ビバくんの攻撃、まるで通じなかったんでしょ? そんなのが普通に山中に居るとかヤバ過ぎ』


 未だに水を差して貰えない事に若干の不満を覚えつつ、悦子が言った。確かに彼女の言う通りだ。これだけの事をやってのけたのだから、相当な大妖怪に違いない。


「心当たりは?」

「「槐の邪神」だな。古びた祠を根城にして、通行料をカツアゲする小物妖怪さ」


 しかし、現実は非情だった。悲報:ビバルディ、コモン妖怪に手も足も出ずに敗北!


『ビバビビビッ!』

『そうですよー、ビバくんがこんなにボコボコりんにされたのに、雑魚妖怪な訳ありませんって!』


 だが、ビバルディ(と外野の悦子)は納得いかない。あの異常な頑強さとパワーは、間違いなく本物である。


「フム……伝承で雑魚だからって、今でもそうとは限らんよな。集めた貴金属を何に使うんだって話だし」

「と言うと?」

「大方、食ってるんだろ。巻き上げた金で私腹処か全身を肥えさせている訳だ。当時ならまだしも、今の金属ならトンデモ性能の超合金だって作れるかもしれないだろ?」

「なるほど……」


 それも一理ある。おそらく、吸収した金属で未知の合金を作り上げ、外骨格を武装しているのだろう。今までのパターンから言って、正体は甲虫系統かもしれない。


《手紙が来てるよ~ん》

「どれどれ……おっと、お誂え向きの無いようだな」


 しかも、タイミング良く依頼の手紙が。内容も「槐の邪神」に纏わる物。というか、


「送り主、節子じゃねぇか……」


 依頼人は以前、蟹坊主に関して相談して来た、山梔子くちなし 節子さだこだった。一度怪異に出遭うと関わり易くなるとは言うが、因果な物だ。


「――――――あいつは何だって?」


 説子が面倒臭そうに尋ねる。


「“父親・・が馬鹿やらかしたせいで面倒な事になったから、元凶をぶち殺して欲しい”だってさ」

「前と一緒じゃねぇか。何、あいつロクな家族居ないの?」

「知るかよ。良いから行って来い」


 里桜がしっしっと手を振るった。

 しかし、流石に今回は小間使いされてやる訳にはいかない。


「いや、お前も来いや。どう考えても出力不足だろ。ビバルディで歯が立たなかったんだからさ」

「えー」

「えーじゃないの。ついでに鳴女でも連れてくか。戦いは数だよ兄貴」

「誰が兄貴だ、姉貴」

「そっちこそ誰だ」


 そういう事になった。


『ビバビー!』

「リベンジしたいの? 大丈夫?」

『ビンビバビンビン!』

「その顔であんまりビンビン言って欲しくなんだけど……」


 とにもかくにも、レッツだゴーッ! ……と思った、その時。



 ――――――ズズズズズン!



 突然、屋上の一区画が揺れた。


「何だ何だ?」

「ディヴァ子、映像オープン!」

《あいよ~》


 里桜の指示で、震源地の映像が回される。そこには、地面を折り返す別の槐の邪神が居た。こちらはパイルドライバーのような野太い腕と青い外骨格を持ち、装飾は足軽に似ている。胸部が膨らんでいるので、おそらくは雌だろう。

 だが、一体何時の間に、何の目的で屋上に居たのか……いや、そもそも、どうしてこのタイミングで出て来たのか。本当に分からない事ばかりである。

 しかし、そんな事を気にしている場合ではない。雌の槐の邪神が今まさに飛び立ってしまったのだから。


「おい、セキュリティはどうした!?」

「有給取ってるってさ」

「ふざけてる場合か、追うぞ!」

「え~」

「喧しい、早くしろ!」

『ビバビー!』

『行ってらっしゃ~い』


 そして、唯一他人事の悦子に見送られ、二人と一匹は屋上を出た。


 ◆◆◆◆◆◆


 古びた祠のある、例の山中にて。


『コクルルル……』

『フシュゥゥ……』


 赤と青の槐の邪神が対峙していた。赤い邪神は爪を鋭く刀のように伸ばし、青い邪神は野太い腕で地鳴らして、臨戦態勢に入いる。


『グァヴォオッ!』


 先に仕掛けたのは赤い邪神。瞬間的に間合いを詰め、右の手刀を袈裟に振るう。


『グギュィイッ!』


 対する青い邪神は左の腕で弾き、続く左からの薙ぎを手掴みにして、空いた右手で赤い邪神の左頬を横から殴り付け、吹っ飛ばした。

 さらに、口から青白いガスを猛烈な勢いで吐き出した。赤い邪神は転がることで直撃は免れたが、軸線上にあった樹木は文字通り根こそぎにされている。それも単に倒れたのではなく、直撃箇所が丸ごと一瞬で溶けてしまった。たぶん、強酸性の高圧ガスだろう。


『グァヴゥゥッ!』


 だが、赤い邪神もやられっぱなしではない。起き上がり様に口から火砕流のような息を吐き、青い邪神が身を屈めて躱した隙に再接近し、強力な膝蹴りを放つ。青い邪神は吹き飛ばされはしたものの、直ぐ様起き上り、赤い邪神を睨み付けた。


『コグゥヴィィィッ!』

『ガヴォルァアアッ!』


 そして、両者はほぼ同時に強酸ガスと火砕流を放ち、ちょうど中間点で接触、大爆発を起こして、周囲一帯が焼け野原となった。それでも、赤い邪神と青い邪神は気にすることなく、その後も殺し合いを続ける。


「なぁにこれぇ?」

「それはボクも聞きたい」

『ビババ~』


 丁度その時、里桜たちが到着した。途中で鳴女や苺を呼び出しはしたものの、流石にまだ来ていない。まるで意味が分からないが、このままやるしかないだろう。



 ――――――キィイイイイイイン!

 ――――――ゴヴォオオオオオッ!

 ――――――ザァアアアアアアッ!



 変身した三人の奇襲攻撃が槐の邪神たちを直撃した。


『コグゥゥ……!』

『ガヴォルァッ!』


 しかし、二体共一切に留めず、怒って逆襲に走る。


『ガァァアヴィァアアッ!』

『オラァアアアアアアッ!』

『はぁあああああああっ!』

『ピギィイイイイイァッ!』

『グヴァアヴォオオオッ!』


 こうして、三つ巴ですらない大乱闘が始まった。爆炎が飛び交い、閃光が走り、森が融け、大地が焼ける。傍から見るとヒーロー二人が三大怪獣と戦っているようにしか見えないが、気にしてはいけない。

 だが、頭数で勝っているにも拘らず、戦況は里桜たちの方が不利だ。


『ガヴォルァアアッ!』

『のぁっ!?』『くっ!』


 説子とビバルディの猛攻を受けても、赤い邪神は傷一つ付いておらず、火砕流で拘束、ブースト付きのタックルで返り討ちにして、


『コァァアアヴゥン!』

『ガァアアヴィアア!?』


 青い邪神は組み合った里桜を力任せにぶん投げ、強酸ガスで追撃する始末。こちらも大したダメージは受けていない。二体共あまりに硬過ぎる。


『カォオオオオオッ!』

『クァアアアアアッ!』


 さらに、強酸ガスに火砕流を引火させる事で大規模な爆発を引き起こす、合体技まで披露した。万事休すか……に思われたが、


『ガァギィイングヴォォッ!』

『ガヴォァッ!?』『コァッ!?』


 熱を急襲して強大化する里桜には逆効果で、見上げる高さにまで巨大化した彼女の反撃の微小化粒子破壊光線が槐の邪神たちを襲う。


『ゴァアアアアッ!』

『てぁああああっ!』


 追撃で説子の爆炎とビバルディの破壊光線が決まった。


『コァァ……!』


 これにはさしもの邪神も耐え切れず、青い雌の方が息絶えた。

 否、これは正確ではない。彼女が雄である赤い邪神を庇って、全てのダメージを引き受けたのである。


『……ゴヴァグアアアッ!』

『ガァヴィィィアアアッ!?』


 青い邪神を看取った赤い邪神が、全身を赫く発光させながら、里桜にブーストタックルをかました。その上、斃れた所に蹴りを入れ、殴り飛ばし、ぶん投げるなど、容赦の無い追撃を行う。相当にお冠のようだ。



 ――――――キィイイイイイン!



 当然、里桜も反撃し赫い邪神は撃墜されたのだが……止まらない。怒りのままに、再度飛び掛かる。


『遅れてごめんねビーム!』

『といやぁああああああ!』

『……ガァヴォルァアッ!』

『『嘘ぉっ!? ドワォ!』』


 次いで遅れて駆け付けた鳴女の目からビームと苺のドロップキックも命中したが、逆に撥ね飛ばした。



 ――――――ザァアアアアアッ!



『グゥゥ……ギャヴォオオオッ!』

『くそっ!? ……ぐわばぁあっ!』


 続くビバルディの光線は、ダメージが蓄積したのもあってか、僅かに怯んだものの、それだけである。火砕流で吹き飛ばし、直ぐ様里桜に向かおうとする。


『調子に乗るなよ……!』



 ――――――キィィィィ……ゴヴァアアアアアアッ!



 しかし、そこへ説子の熱線が入った。炉心のエネルギーを暴走させ、体内で放射線を炸裂させながら放つ、超強力な蒼い粒子ビームだ。着弾と同時に閃光が走り、キノコ雲が上がる。


『ゴ……ヴゥ……ガァァ……ア!』

『やっと死んだか、クソッタレ!』


 ここまでやって漸く、赫い邪神は斃れた。全身の外骨格が歪み、所々融解してはいるが、それでも原型を留めているとは恐れ入る。


『……ったく、結局何がしたかったんだよ、こいつらは?」

「まぁ、様子を見る限り、求愛行動だったんじゃないの?」

「こんな愛の儀式があって堪るか……」


 真偽の程は不明だが、とにかく槐の邪神たちは滅びた。依頼完了である。


 ◆◆◆◆◆◆


 その日の夜。


「つまり、痴話喧嘩に巻き込まれただけって事? 信じ難いわねぇ……」


 三途川の堤防を歩きながら、節子は里桜に質問した。


《別に信じなくたって良いんだぜ?》

「……まぁ、妖怪の考える事なんて、人間様には分からないわよね。依頼そのものは完了したんだし、どうでも良いわ」

《こっちとしても、報酬さえ貰えればそれでOKだからな。純子の許可も取ってるし》

「あっそう。それじゃあ、さようなら。私は今から病院なのよ」

《病院?》

「親に会うのよ。両方のね・・・・

《ふーん……》


 適当な会話を交わした後に通話を切り、節子は両親の入院・・・・・する病院・・・・に向かう。

 そう、現在彼女が向かっている病院には、槐の邪神から・・・・・・逃げた勢いで・・・・・・事故に遭った・・・・・・父親と・・・彼を轢いて・・・・・しまったショックで・・・・・・・・・体調を崩した母親・・・・・・・・が入院しているのだ・・・・・・・・・

 父親があんな場所で何を願っていたのかは知らないが、家を飛び出す前から借金塗れだった事から、金を無心する為に復縁を祈願したか、もしくは逆恨みで呪いでも掛けていたのか。自分で母娘を売り払って逃げ出した癖に、飛び出し事故で迷惑まで掛けるとは、実に勝手な話である。

 だが、そんな屑でも母親はまだ未練があるようで、今回の一件で心を病んでしまった。怪我が治り次第、精神科へ転院する事になるだろう。

 しかし、節子が病院に到着したと同時に目にしたのは、


「お母さん……」


 今まさに父親のいる病室から飛び降りた、母親の逆さ顔であった。グシャリといい音がして、血と肉が盛大に飛び散る。病室がバタバタと騒がしい所を見るに、父親も無事ではあるまい。


「心身共に追い詰められて、愛するあの人と心中しました――――――って、感じかしら?」


 へしゃげた母親を見下ろしながら、節子が淡々と呟く。


「本当に勝手よね、どいつもこいつも……馬鹿馬鹿しい」


 そして、節子は踵を返して、夜の闇に消えていった。彼女の行方を知る者は、誰もいない。


 ◆◆◆◆◆◆


「なるほど、「アルラウネ」か。……いや、ただの廉価版だな。流石に勿体無くてただの小娘には使えないか。だが、良い、面白いぞ! ククククククッ!」


 屋上で里桜あくまが笑った。

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