第31話「時空を超える想い」

 とある暗い晩。


『か~ごめか~ごめ~、籠の中の鳥が~♪』


 暗い暗い奥座敷で、呵責童子が寂しく歌う。聞く者は存在しない。家主は既に茸の苗床だ。苦しみに苦しみ抜いて、全身に七色の傘が生えている無様な親の姿を見れば、見殺しにされた・・・・・・・子供たち・・・・も本望だろう。

 我が子を己が都合で放置して死なせた親元に舞い込み、家ごと腐海に沈める。呵責童子とは、そういう妖怪である。


『……見られてる』


 だが、今日は勝手が違った。

 否、最近は違ってばかりだ。

 夜になると、何時も誰かに見られている気がする。人間ではない。自分と同じ、異形の物の怪である。

 とは言え、所詮は別種族。同族嫌悪すら持ち得る童子系の妖怪にとって、常に監視され続けるのは、かなりのストレスだ。

 だから、今日こそはと、熱い視線が送られる発信源へ、瞬時に振り向いた。


『うわぁっ!?』

『フォッフォッフォッ……』


 そこに居たのは、目がイッちゃってる女だった。黒目が左右にそっぽを向いている。斜視とかってレベルじゃねーぞ!

 しかし、一番の問題は、見送っている位置である。何せ、ここは二階なのだ。幾ら身長が高くとも、人間の女が窓から呵責童子を見下ろせる訳がない。一体何メートルあるのだろう?


『フゥーッ!』

『フォァッ!?』


 だが、呵責童子も一端の妖怪である。口から猛烈な勢いで毒霧を吹いて、窓の外からニヤニヤと覗き見する化け物女を怯ませた。

 さらに、その隙に俊足で家を脱出して、脱兎の如く逃げ出す。あの女も暫くは目が潰されているだろうし、これで完璧だ。

 ……と、思いきや。



 ――――――デ~デ~ン、デデデデンデン、デデデデンデン♪



『\(^o^)/』

『ウソダドンドコドーン!?』


 女が天国と地獄を駆け抜けるが如く、爆速で追って来た。腰まで伸びる黒髪と黄褐色の着物を振り乱し、水上を走るバジリスク(蜥蜴)のような足運びで土煙を巻き上げながら、呵責童子にドンドン近付いてくる。呵責童子は体内の胞子を燃料にした加速装置を持っているのだが、それでも引き離せない処かあっという間に追い付かれる程のスピードである。秒速百メートルは下らない。足がギャグマンガみたいだ。このままでは確実に捕まるだろう。


『くそっ! ……って、うわっ!?』


 コーナーでどうにか撒こうとする呵責童子だったが、勢い余って通行人にぶつかってしまった。


『す、すいません……』


 思わず謝る呵責童子であるが、よく考えて欲しい。今自分が追われている立場だというのもそうだが、そもそも目にも止まらぬ速さで走っている物体が衝突して微動だにしない通行人が存在するのかと。


『ぽっぽっぽ~♪ おやおやおや、これはこれは、とても・・・美味しそうな・・・・・・男の子・・・だポ~♪』

『バンナソカナーッ!?』


 それは身長が八尺もある、追手に負けず劣らずの怪女だった。肌は雪よりも白く、瞳は鬼灯のように赫い。艶やかな黒髪は尻まで流れ、豊満な胸を誇らしげに揺らしている。肌と同じくらいに白い帽子とワンピースは、少年の心にもどかしい何かを植え付けるには充分な妖艶さがあった。


『ボォフォフォフォァッ!』

『ピポポポポポポポポッ!』

『いやぁああああああっ!?』


 そして、たった一人の妖怪男児を巡る、小高い女たちの戦いが始まった。



◆『分類及び種族名称:変身異次元人=高女たかおんな

◆『弱点:不明』


      VS


◆『分類及び種族名称:誘拐異次元人=八尺様はっしゃくさま

◆『弱点:不明』



 ◆◆◆◆◆◆


 閻魔県要衣市古角町の一画。


『平和やな~♪』

『呑気だな……』


 祢々子と竜宮童子がお手々を繋いで歩いていた。片や満面、片や苦笑いだが、傍から見れば仲睦まじい光景である。リア充爆発しろ……と言いたい所だけれど、この二人にそれは禁句であろう。彼らは様々な困難を乗り越え結ばれた、掛け替えのないパートナーなのだから。


『そこのリア充!』

『『ドバァッ!?』』


 しかし、通りすがりの呵責童子は遠慮なく茸胞子で爆破した。理由:「何かムカついたから」。


『何しやがるテメェ!』

『いきなり酷いで~?』

『煩い! 白昼堂々と見せ付けてくれやがって! こちとら命の危機だってのにさぁ!』

『『はぁ?』』


 まるで意味が分からんぞ?


『……いや、マジでどうしたんだ?』

『……、………、………………ッ!』


 竜宮童子が冷静に尋ねてみても、要領を得ない。呵責童子は挙動不審かつ一心不乱に周囲を警戒している。これで理解しろという方が無理だろう。


『そ~い♪』

『おーい!?』

『ブーッ!』


 だが、祢々子が外出用の服を脱ぎ散らかした事で、強制的に話を合わせる形になった。大胆にも程があるが、効果はあった。


『オラ、キリキリ話せや。見物料だ』

『そっちが勝手に見せて来た癖に……コホン、えっとね――――――』


 呵責童子が語り出す。自分に一体何があったのかを。


『なるほど、ストーカーとショタコンの変態に囲われたって事か。けしからんなぁ?』

『喧しい、笑い事じゃないんだよ!』

『笑えないし、他人事でも無いよ。……で、そいつらは今、どうしてるんだ?』

『どっちも夕暮れ時に現れるから、今は何処かに隠れてると思うんだけど……』

『フム……』


 竜宮童子は考える。正直あんまり関わりたくないが、彼には数々の恩があるので、力になりたくもある。かと言って、自分と祢々子だけでは少々頼りない。子供だからね。


『――――――という事で協力してくれないかい?』

《何でアタシ?》

『あの連中とは極力頼りたくない』

《まぁ、言わんとする事は分かる》


 という事で(?)、竜宮童子は苺を頼った。連絡先はビバルディ経由で祢々子から聞いていた。


《……ちょっと待ってろ》


 理由を聞いた苺は、ほんの一瞬だけ逡巡したが、直ぐに駆け付けてくれるようだ。流石はレディースの総長である。ここで動けないようでは、「獄門紅蓮隊」のリーダーなど張れないのだろう。


『それにしても、何でオマエなんぞを巡って争うのかね?』

『なんぞって……』

『だってそうだろ? 居ても不幸しか生まない童子妖怪なんて、何の得も無いと思うんだが』

『歯に衣着せぬ物言いだな!』

『せやで~、童子くん酷いなぁ~』


 しかし、事実だからしょうがない。呵責童子とは、そういう妖怪なのだから。


『まぁ、恋は盲目って言うしなぁ~』


 祢々子の一言が全てなのだろう。男は色々、女も色々。冷静に恋なんて出来る筈がない。巻き込まれる方は堪った物じゃないが。

 と、その時。



 ――――――ガサッ!



『『『………………!』』』


 近くの叢で、何が動いた。戦々恐々とする三人だったが、


「「………………?」」

『何だ、カナヘビかよ……』

『白蛇もおるなぁ~』

『ビックリさせんなよ、全く……』


 カナヘビと白蛇が出て来ただけだった。こちらに対して驚いて放心しているのか、不思議な事に二匹が争う様子はない。一体何なのだろう。


「アタシが来た!」


 すると、そのタイミングで苺がバイクで登場した。車名……というか機体名は「DCBMS-000プロト・ギャガン」で、自動運転処か変形合体も出来る優れ物だ。里桜の発明だから曰く付きでもあるが。


『久し振りだな。……あの時は迷惑を掛けた』

「その節はどうも。別に気にしてないけどな」


 とりあえず、竜宮童子と苺が軽く挨拶。直接関係があった訳では無いが、迷惑を掛けたのは事実である。形ばかりでも謝罪はしなければなるまい。


「まぁ、ここに居ても仕方ない。一先ず身を隠した方が良いかもな。当てはあるのか?」

『いや、無いけど……』


 苺の質問に呵責童子が答える。文字通り着の身着のまま、脱兎の如く尻尾を巻いて逃げ出したので、当然と言えば当然であろう。


「なら、アタシの家に来いよ。あそこなら、多少暴れても問題ないだろうからな」


 そういう事になった。


「「………………」」


 そんな四人の様子をずっと見詰めていたカナヘビと白蛇が、叢に取って返して姿を消した。


 ◆◆◆◆◆◆


「ほれほれ、えさだぞ~♪」

「た~んとお食べなさいな」


 ボロ臭い着物を身に付けた小さな男の子が、祖母と一緒に豆を撒いていた。途端に付近に住み着いている土鳩が群がって来る。その様子を、二人は楽しそうに見守っていた。

 少年の名は正太郎しょうたろう。貧しい農家に生まれた次男坊で、長男ばかりを溺愛する両親に心を開けず、唯一優しくしてくれる祖母にベッタリ、というお婆ちゃんっ子であった。鳩の餌やりは正太郎と祖母、共通の趣味だ。祖母がまだ子供だった頃、山へ出かけた帰りに迷ってしまった時、偶然出遭った鳩のおかげで麓まで帰って来れたという実体験が元であり、正太郎はそれに影響された形である。


「チロチロ……」

「あ、おまえもきたのか~」


 と、正太郎の傍に、一匹のカナヘビが寄り添ってきた。このカナヘビは以前、蛇に襲われそうになっていた所を正太郎が助けた個体で、それ以来懐いて遊びに来るようになった。ペットと言っても相違ない。


「たのしいなぁ~♪」

「そうかい? なら、婆ちゃんも嬉しいよ」

「シュルシュル!」


 そんな感じで、二人と一匹は平和に過ごしていた。

 だが、その平穏は長くは続かなかった。近年稀に見る大飢饉に曝されてしまい、次男である正太郎は間引かれ、祖母は姥捨てられた。カナヘビも知らぬ間に消えていた。人の命の、何と軽い事か。


 ――――――それが、天保六年の話。


 ◆◆◆◆◆◆


(……懐かしい夢を見たなぁ)


 ふと、呵責童子が目を覚ました。今の夢は、生前の記憶・・・・・。懐かしくも儚い、大切な思い出だ。


(もう夜か……)


 すっかりと夜も更け、辺りは真っ暗闇である。

 否、そもそもここは明かりが入って来ない。何せ倉の中なのだから。苺の提案に乗り、彼女の家でご相伴に与った後、母屋から離れた位置にある古い倉庫で一夜を明かす事になったのだ。これから世にも恐ろしい愛憎劇が巻き起こるのだから当然の処置であろう。夜中なのに昼ドラとはこれ如何に。部屋の四隅に伯方の塩が盛られている事には悪意しか感じない。


『おーい、大丈夫かー?』


 すると、外から竜宮童子の声がした。


『………………!』


 つい答えてしまいそうになり、呵責童子は口を塞ぐ。

 そう、彼は倉入りする際に、苺たちと約束した。自分たちが囮になるから、夜が明けるまで誰が来ても答えず、出て来てもいけない、と。

 これは言うまでもなく、


(あいつだ……!)


 全く同じ声ではあるが、間違いなく竜宮童子ではない。昨晩出遭った、白いワンピースを着た背の高い女……「八尺様はっしゃくさま」だろう。

 八尺様とは、名前通り身長が八尺もある、背の高い怪女である。年頃の少年をターゲットに付き纏い、最後は取り殺してしまうと言われている。獲物を誘き出す為に声色を自由に変えられる、という伝承もあるらしい。

 つまり、今外から声を掛ける竜宮童子の声をしたナニカは、呵責童子を探し回る八尺様であろう。


『あいつらなら、もう退治したでぇ~?』

「そうそう、だから早く出て来いよ~!」


 さらに、祢々子や苺の誘い出す声が矢継ぎ早で聞こえてくる。随分と器用な事だ。


(塩が……)


 よく見ると、盛り塩が焦げ付いている。強力な電磁波でも走っているのだろうか?


『………………』


 しかし、どんなに声真似をしようと、そうしてくると分かっていれば、どうという事もない。素直に苺たちが来るまで居留守を使うだけである。


「正太郎、ほら、鳩に豆撒きでもしましょう?」

『えっ、ばあちゃん?』


 だが、次に聞こえてきた声には、流石に惑わされた。自分以外、誰も知る事の無い、懐かしい祖母の声がしたのだから。自然と立ち上がり、発声源へ足が向く。


『ばあちゃんっ!』

『ウェルカ~ム♪』

『あっ……』


 そして、ついつい倉の扉を開けてしまった、と我に返った時には、既に手遅れだった。そこには、諸手を広げた八尺様が待ち構えていた。


『キャホォオオオッ!』

『ぽわぁあああおっ!?』

『えぇえええええっ!?』


 しかし、とっ捕まえようと迫る八尺様に、もう一人の背丈の高い怪異……「高女たかおんな」がクリーンヒットし、中断される。燃える火の玉ストレートで吹っ飛んで来た辺り、苺たちの誰かと交戦したのだろう。


『大丈夫か!?』

『くそっ、片方はこっちに来てたか!』

『こりゃ大変や~』


 案の定、戦闘形態に変身済みの苺たちが駆け付けて来た。有難い事ではあるが、逆に言えば彼女らの猛攻を受けても倒れない高女のタフさが証明された形になる。大丈夫なのか、この状況?


『……邪魔しやがってぇえええええっ!』


 と、横槍を入れられた八尺様がブチ切れた。白いワンピースが赫く染まり、白目は漆黒に変換され、爪がナイフのように鋭くなる。

 しかも、何故か宙に浮かんでいる。バチバチと帯電しているので、電磁浮遊しているのかもしれない。



◆『分類及び種族名称:蛇神恐竜じゃしんきょうりゅう悪皿守あくさらす

◆『弱点:解析不能』



『キャハヒヒハハハハハッ!』


 さらに、怒った高女も姿を変じさせる。みるみる内に身長が伸び、約十二メートルもの高さに達した。服が鮮やかな青に染まり、目が怪しく輝いている。



◆『分類及び種族名称:蜥蜴せきえき超人=七尋女ななひろおんな

◆『弱点:解析不能』



『ピポポポポポポッ!』

『フォフォフォフォ!』


 そして、そのまま戦闘を開始。苺たちをそっちのけで暴れ出した。悪皿守は質量を持った赫い残像を描く程の速度で飛び交いつつ手から火球を連続で放ち、七尋女は巨体とざわつき伸びる髪の毛を振るう。火球は七尋女が髪から発生される電磁場の壁に無力化され、髪の毛槍は残像すら捉えられない為、どちらも決定打が無い状態なのだが、余波を受けた周囲の林はあっという間に更地となった。


『『『いい加減にしろ!』』』

『『ジャマァアアアアッ!』』

『『『ギエピー!?』』』


 苺たちが止めようと挑んだものの、祢々子と竜宮童子は七尋女にペチンと叩き落され、苺は悪皿守の連続火球で撃墜されてしまった。普通に強い。呵責童子に出る幕など無かった。


『……うわぁあああああっ!?』


 というか、激闘の影響で引き起こされた地割れに呑み込まれて、暗闇広がる地下世界へ真っ逆様になっていた。


『『正太郎・・・!』』


 その瞬間、今まで親の仇と言わんばかりに殺し合いをしていた二人の怪女が動いた。悪皿守が呵責童子をキャッチし、七尋女は割れ目が閉じるのを防ぐ。


『大丈夫?』『シュルシュル?』

『いや、あの、君らのせいなんだけど……』

『『………………』』


 九死に一生を得たが、そもそもの原因はこの二人。呵責童子の至極真っ当な指摘に、二人はサッと視線を逸らした。


『……もう僕を巡って争うのは止めてくれる?』


 呵責童子が全てを諦めた表情で言った。事実、諦めたのだろう。自分では絶対に敵わないし、逃げ切れもしない。今回の事でよく分かった。自分一人が犠牲と為れば、丸く収まると考えたのであろう。

 その眼は、その顔は、その様は、彼が間引かれる時と同じ物だった。


『『ハイ……』』


 そんな呵責童子に思う所があったのか、悪皿守と七尋女はシュンとして、戦闘形態を解いた。色々と萎えてしまったらしい。


『行こう。僕らが居ても迷惑だよ……』

『『………………』』


 さらに、暗い表情の呵責童子に手を引かれ、八尺様と高女は闇夜に消えて行った。彼らだけの巣窟を探すのだろう。三人並んだ姿は、まるで心中にでも行くかのようだ。そんなつもりは更々無いのだろうが。


「なぁにこれぇ?」

『知らんがな……』

『十五の夜やな~』


 こうして、巻き込まれただけの苺たちは、途方に暮れましたとさ。めでたしめでたし?

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