第30話「筋肉は裏切らない」
黄泉市の一角に立つ、市内最大の病院「黄泉総合病院」、その一室。
「お化けなんて無いさ、お化けなんて嘘さ~♪」
窓際にあるベッドの上で、一人の少女が浮かない声で、夜空に向かって溜め息を吐いた。彼女は幼い頃から、ここに居る。生まれ付き身体が弱く、その上ここ数年で“全身の筋肉が減り続ける”という難病を患ってしまった為、病院から外に出た事が無いのだ。まさにどう足掻いても絶望。
だからこそ、少女は全てを諦め、捻くれてしまった。心配して来る見舞客を「偽善者」と追い返し、看護師や医者に八つ当たりするばかりか、家族ですら猜疑心の対象である。治る見込みのない病と外の世界を知らない虚しさが、彼女の心を蝕み、病ませたのだ。
その為、今や少女を見舞いに来る者は一人も居ない。両親や妹も顔は出さず、入院・治療費だけを入れているだけ。医者たちも色々な意味で匙を投げている。少女は何処までも独りで、それがまた彼女を歪めていった。
「いっそ、“屋上のリオ”に適当な依頼をして、死んでやろうかしらね」
依頼者をメインにして改造するのは雪岡 純子の領分だが、病院から出られない自分が赴くのは現実的ではないだろう。
「……って、手紙を届けてくれる人も居ないじゃん」
あまりにも非情な現実に、少女は誰に向けるでもない苦笑いを浮かべた。自嘲しているに違いない。
「あーあ、もうやんなっちゃった。いっそ、ここから飛び降りちゃおうかしら?」
『なら、その身体、くれよ』
「えっ!?」
そんな彼女の下に、不思議な生き物が舞い込んできた。掌に収まりそうな程に小さいけれど、小人というにはあまりに醜い小鬼が窓を開けて、病室に不法侵入している。この珍客は何者だろう?
「……嫌よ。絶対にあげてやんなーい」
だが、寄こせと言われて大人しく渡す程、少女は素直ではない。むしろ、かなりの天邪鬼である。押せば逆らい、引けば詰め寄る。そういう奴だ、この女は。
『……それで良い!』
『天邪鬼同士、仲良くやろうぜぇ!』
「嫌だって言って……あぁああっ!?」
そして、アメーバのように溶け解けた小鬼に取り憑かれた少女は、
『お前となら、
◆◆◆◆◆◆
峠高校のプール前、女子更衣室。
「姉が行方不明になりました」
「あっそう」
「興味無さそう……」『ビバビ~』
里桜は依頼者である
「でもよぉ、そいつALSなんだろ? それでなくても先天性免疫疾患みたいだし、そもそも寝た切りだろうが。何をどうしたら逃げ出せるんだよ」
「それは……」
里桜の疑問は尤もである。心身共に虚弱で衰弱している人間が、外を出歩ける筈がない。
「病院の壁を破壊して、逃亡しました」
「マジか……」
だが、天女は予想の斜め上の方法で逃げ出していた。力業にも程がある。そんな事ある?
「でも、本当なんです。本人が壊したのかどうかは不明ですが、とにかくもう滅茶苦茶で。まるで内部から破裂したかのような、酷い有様だったみたいです」
「ふーん……」
となると、怪異絡みなのは間違いないだろう。爆弾抱えたテロリストがヒャッハーしていない限りは。
「どう思うよ、説子ちゃ~ん?」
「千人力の妖怪……「天邪鬼」かな」
「天邪鬼」とは捻くれ者の小鬼で、読心術と怪力に長けているという。元々は「葦原中国」の平定を任とする「天稚彦」に仕えていた、告げ口好きで人心を読み解ける女神「
さらに、それらの伝承が転じて捻くれ者の事を天邪鬼と言うようになった。……上司の言う通りに仕事をしただけなのに、これはあんまりである。
そんな天邪鬼が、今はどのような生態を持って暮らしているのか――――――気になる。
「ま、良いだろう、受けてやるさ。……それにしても姉想いだねぇ。勝手に逃げ出した寄生虫を探して欲しい、なんてよ」
「………………」
里桜の皮肉に、海女は答えなかった。
「天邪鬼め」
◆◆◆◆◆◆
逆児 海女は姉の天女が嫌いだった。
否、正確には「嫌いになった」と言うべきか。
天女は生まれ付き病弱であり、病院から出た事が無い。部屋の中だというのに直ぐに体調を崩し、家族を心配させる。その癖、誰にも心を開かず、八つ当たりばかりする為、医者も看護師も、両親でさえ半ば見捨てていた。海女もそうだった。最初こそ心配し、見舞いにも行っていたが、その内嫌気が差して顔すら見たくなくなった。
そして、ALSを発症してからは益々手が付けられなくなってしまい、いよいよ以て天女は孤立した。もちろん、臓器提供しようとする人間はおらず、後はゆっくりと死を迎えるだけ。今までの行いを鑑みれば、当然の事だろう。自業自得だ。
(お姉ちゃん……)
本当にそうだろうか。逆児家は裕福なので資金援助は申し分なかったが、誰か一人でも彼女の心に寄り添おうとした者は居ただろうか?
分からない。既に終わった話である。例え非を自認したとしても今更だろう。それが分かっているのかいないのか、両親は相変わらず天女の見舞いに行こうとしない。海女もそうだった。
だから、これは過去の話。終わってしまった過ちでしかないのだ。
しかし、世の中そうは問屋が卸さないらしい。何とベッドから起き上がる事さえ出来ない筈の天女が、病院を脱走したのである。それも、病院の関係者を粗方殺害して。人間では有り得ない、猛獣にでも引き裂かれたような、凄惨な現場だったそうだ。
(次は私だ……!)
先日、海女が部活の遠征中に両親が殺された。死体の損壊具合が病院の時と同じで、警察としては同一犯の可能性が濃厚としているらしい。“犯人”と表現しない辺りが、いっそ笑えてくる。海女としては笑い事では済まないのだが。
(嫌だ、死にたくない……死にたくない!)
海女はまだ高校一年生。まだまだ先がある。こんな所で終わりたくない。彼女の心は生への執着でいっぱいだった。
だからこそ、海女は手紙を認め、実姉を生贄にした。自分だけが生き延びる為に。
だが、彼女は忘れている。己がナニに魂を売ったのかを。
「お姉ちゃん……」
どうしてこうなってしまったのだろうか。
「おら、とっとと行くぞ」「面倒臭いなぁ……」『ビバビ~ル』
「は、はい……!」
その問いに答えてくれる真面な奴は、この場には居ない……。
◆◆◆◆◆◆
黄泉市
「さてと、最後に目撃証言があったのはここか」
「暗いな。お化けでも出そうな雰囲気だな……」
「いや、出るから来たんですよね?」
『ビバビ~ンズ♪』
そんな夜の食品工場地帯に、里桜たちは居た。海女が見学(安全対策一切無し)、残りが戦闘要員だ。
「つーか、何でこんな所に居るんだ?」
「さぁ? 一応は女子だし、スイーツでも漁りに来たんでないの?」
すると、
『今日はチートデーだぁああああああっ!』
ボギャァンと工場の壁を破壊して、天女が現れた。
「お、お姉ちゃん……だよね?」
その姿は、実妹を以てしても疑問符が付いてしまう、とんでもない有様だった。
『あひゃひゃひゃひゃひゃ! その通りぃいいいいいっ! 私は、生まれ変わったんだよぉ!』
何せ、全盛期のシュワルツ○ネッガーでさえ逃げ出しそうな
◆『分類及び種族名称:剛力怪人=天邪鬼』
◆『弱点:心臓部』
「ゴァアアアアッ!』
早速、説子が先手を打つ。強力な熱線で火炙りの刑に処した。
『ホワァアアォッ!』
『何ッ!? ぐぉっ!』
しかし、天邪鬼はタックルで熱線を突き抜け、その勢いで説子を吹き飛ばしてしまう。表皮の一部が融けているのでノーダメージではないのだろうが、とんでもない力任せだ。
『はぁああっ!』
『効かんなぁ!』
『んなぁあっ!?』
変身したビバルディの爆裂パンチも防ぎすらせず脇腹で受け止め、逆に裏拳でKOした。その後、隙を突くように説子が飛び蹴りを入れて来たが、全く堪える事無く、二人纏めて夜空の彼方へ放り投げる。
――――――キィイイイイイイン!
『ぬぅん!』
「そんな馬鹿な!?」
『そりゃあ!』
「くぅっ!?」
さらに、里桜の微小化酸素粒子光線を大胸筋バリアで弾き飛ばして、象さんパンチで早過ぎた埋葬を敢行する始末。化け物か? ……いや、化け物か。
『きゃひゃひゃひゃひゃっ! どいつもこいつも弱っちぃなぁ! 生死を彷徨った病人一人に勝てないなんてさぁ!』
そんな彼らを見下ろして、天邪鬼が嘲笑う。そこに病人だった頃の天女の面影は無い。正真正銘、晴れて自由の身となったようである。
『久し振りだねぇ、海女』
「お、お姉ちゃん……!」
そして、邪魔者が居なくなった所で、天邪鬼は姉としての顔を、妹の海女に向ける。その刺すような視線は、心の全てを見透かされているかのようだ。
『こんな連中を引っ張り出して来たって事は、また私を閉じ込めに来たんでしょ? 臭い物には蓋ってね。だけどね、私はもう籠の……いや、檻の中には戻らない。私は、誰からも、自由だぁああああああああああっ!』
愛憎が入り混じった憤怒のオーラ力を纏って、天邪鬼が突っ込んで来る。轢き潰して、粗挽き肉団子にするつもりだろう。海女は声も出なかった。
『ガァアアアアヴィイイアアアアッ!』
『ぬぉっ!?』
だが、
『グヴァゥゥゥッ!』
『ぐぬぅうううっ!』
力はほぼ互角。超合金の塊同然の里桜を押し切るのは、如何に剛力無双の天邪鬼でも難しい……かに思われたが、
『ぬぬぬぬぬっ――――――ヴォアアアアアアアアアアアアアアッ!』
『ガァアギィイグゥゥッ!?』
突如、限界を超えた天邪鬼の身体が真紅に輝き、姿を変え始める。筋肉は今まで以上に盛り上がり、顔は鬼というより悪魔に近い物となった。まるで伝説の超サ○ヤ人である。
◆『分類及び種族名称:超力怪神=
◆『弱点:不明』
『ブルァアアアアアアアッ!』
『ガァアアヴィィゥゥゥッ!?』
さらに、それまで拮抗していた力関係が一気に傾き、自身の数百倍も重い里桜を腕の力だけで持ち上げ、地面に叩き付けてダウンさせた。そんな馬鹿な。
『シィネェエエエエエエッ!』
止めの一撃を放とうと、天逆毎が拳を振り上げる。
――――――ズキュゥウウウウウウン!
『『そうは行くかぁああっ!』』
『グヴォッ!?』
しかし、そこへ説子とビバルディがメテオシュート。オゾンよりも上から隕石の如く蹴りを放って来た二人に、天逆毎は攻撃を中断して受け止めざるを得なくなる。
『こんな物ぉぉぉ……っ!』
だが、斃れない。普通なら微塵も残さずクレーターとなる所だが、天逆毎はその超怪力だけで耐えていた。
『こんな物、こんな物、こんな……物でぇえええええっ!』
『くっ……いい加減にしろ!』『だりゃああああああっ!』
しかし、熱線で再度加速し出した勢いには負けるようで、少しずつ押されていき、
『……み、海女ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!』
最期は妹の名前を呼んで、砕け散った。ここまでされてまだ肉片が残っている時点で充分に異常と言えるだろう。
「お姉ちゃん……さようなら」
こうして、自由を求め、籠の中から飛び立った小鳥は、天から降り注いだ光矢によって射抜かれ、果てるのだった……。
◆◆◆◆◆◆
後日。
「………………」
海女は一人、帰路に着いていた。天女を贄に生き残り、代償として身体中を里桜に弄り回されたが、どうにか五体満足ではある。
そして、海女は無事に家まで帰って来られたのだが、
「………………」
当然ながら、誰も居なかった。人っ子一人見当たらない、完全なもぬけの殻である。天女が興味を示さなかったおかげで傷一つ付いていないのが、逆に虚しい。
「――――――ぁああああああああっ!」
そんな自宅を、海女は完膚なきまでに破壊した。
「……阿呆臭っ! やってらんないわ、もう……」
一頻り破壊し尽くした海女は天を見上げながら、その場を去った。
《天邪鬼が……》
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