第27話「里桜のカーニバル《後編》」

「……龍馬、戻って来てたのね」

「ああ、終わったよ。……色々とね」


 母親の言葉に、龍馬が答える。その顔は晴れ晴れと、ただし、ほんの少しだけ何処か憂いているような、複雑な表情を浮かべていた。彼自身の言う通り、色々とあったに違いない。父親の姿が無い事からも、それが分かるだろう。


「おにいちゃんにあえて、うれしい」

「ああ、オレもだ。本当に良かった」


 涙を浮かべながら裾を引っ張る未乘みのりを、龍馬が優しく撫でた。その光景は実に微笑ましく、見ている側もニッコリしたくなる。


『呑気な奴らだなー』

「まぁまぁ、少しぐらいは、ね……」


 そんな彼らをガードしつつ、鳴女と富雄がやや冷ややかな目で見遣った。確かにこんな状況・・・・・には相応しくないけれど、「人の心は無いんか」と言いたい。


『ブルヴァォッ!』

『おっと、死ね!』

『ブバァッ!』


 と、新たに襲い掛かって来た魚人を、鳴女が目からビームで爆砕した。里桜たちと比較して弱いような印象を受けがちだが、こいつはこいつで充分にぶっ飛んでる。少年とは思えない超人的な身体能力を持つ龍馬が命懸けで斃した相手を、事も無げに一撃必殺しているのだから。


『それにしても……』


 鳴女が空を見上げる。そこには青空など無く、巨大な黒い影が差していた。さっき海から浮上してきた竜宮城である。街中を阿鼻叫喚地獄に陥れた犯人であり、無数の海柱を打ち込んだ発信源でもある。今ここに居る彼女らには知る由も無いが、十中八九で竜宮童子の復讐だろう。さもなくば、ここまで徹底して大量殺戮ジェノサイドを繰り広げる訳もない。


『これ、どうしたもんかね?』

「とりあえず、僕らじゃどうしようもないと思うけどねぇ……」


 どう考えても出力不足です、本当にありがとうございました。直径数十キロメートルもある未確認飛行物体を、ちょっと威力のあるビームを放てるだけでは、物理的に不可能だろう。


『つーか、安全地帯なんてあるのかなぁ?』

「うーん……」


 何処もかしこも、そこら中に魚人が溢れ返っていて、次々と人を殺して回っている。老若男女関係なく、だ。見える範囲でこの有様なのだから、街全体ではもっと酷いに違いない。

 まぁ、そんな事、鳴女たちには関係ないのだが。どうせ赤の他人だし、それで心を痛める程、真面な人間ではないのだから。


「………………」


 否、龍馬はしっかり気にしていた。自分も危ないのに他人を救える人間など、早々居ないだろう。しかも、最初は肉親だと気付いていなかったのだから、漢気に溢れる好青年である(正しくはまだ少年だが)。

 しかし、どうしようもない物はどうしようもない。非常時には弱者の意思など関係ないのだ。


『だらぁあああああっ!』


 すると、誰かが暴れる魚人を蹴り殺した。ストロベリーカラーの変身ヒーローみたいな奴である。シルエットと声から察するに、女だろう。


『ふぅ……って、龍馬か!? お前、何時から帰ってたんだ!?」《バイクモード》


 と、思ったら柏崎かしわざき いちごだった。どうやら知り合い……というか同級生らしい。


「姐御、大丈夫っスかー!? ……って、龍馬じゃん! 東京に行ってたんじゃ!?」

「フィンガーネット!」


 さらに、彼女の取り巻き二人――――――柴咲しばさき 綾香あやか菖蒲峰しょうぶみね 藤子ふじこも登場。三人共、彼女らなりに人助けをしていたのだろう。


「お前、その恰好……どうしちまったんだよ、苺ぉ!?」

「里桜に改造手術された」

「ええっ、そんなあっさり……」

「つーか、お前こそどうしたんだよ。何時から閻魔県こっちに戻って来たんだ?」

「ああ、うん、えっとだな……」


 とりあえず、簡潔に自分の状況を話す龍馬。むろん、歩きながらだ。立ち止まっている暇など、無い。


 ◆◆◆◆◆◆


 一方その頃、黄泉市上空。


「こりゃ酷いな」

「わぁ~お、まさに地獄絵図!」

独立記念日インデペンデンス・デイって感じだよね~》


 真、みどり、純子が、燃え盛る黄泉市を先に見据えながら呟く。外で合流した真とみどりを、純子(マッド・ギャガン状態)が抱えて、屋上から飛び立った所である。


『待っててな、童子くん!』

『そうだね、必ず取り戻そう!』

『それにしても、大きな城ですね……』

『まるでラ○ュタみたい!』


 その隣を祢々子、ビバルディ、お白様、悦子が飛んでいる。祢々子は足を引っ込めたガ○ラみたいにジェットの如く、ビバルディは人間形態で、お白様はペガサスのように翼を生やして、悦子はお白様に抱えられた状態だ。ジェットの燃料が何なのか知らないが、おそらくはメタンガスだろう。

 彼らの目的は、竜宮童子の奪還と竜宮城の撃退。そして、


《デルタ・コーポレーション本社でも、色々と起こってるみたいだね》

「サイバーテロか?」

《そうだね。ディヴァ子の別分体がシステムを乗っ取って、閻魔県を中心として電子機器を狂わせてるみたいだよ》

「ふぇ~、マジモンのテロじゃん。アタシも他人の事、あんまり言えんけど……」


 デルタ・コーポレーション本社の解放である。ビルは今もサイバーテロの爆心地であり、増殖性悪質算譜ワームの発信源だ。もちろん電話回線なども汚染されているので、救助処か避難すら儘ならない。

 つまり、竜宮城という物理的障害と、ディヴァ子という電子的障害を取り除かなければ、事態は解決しないのである。


《一先ず、私たちはデルタ・コーポレーションに乗り込むよ。たぶん、そこのマザーコンピューターに居座ってるだろうからね》

『そいじゃ、ウチらは竜宮城に行くわ。……あれは?』


 二手に分かれようとした時、空の彼方から無数の飛行物体が。


『オカン、それに皆も!? 何でこんな所にっ!?』

『傷心の娘を慰めに来たのよ。……本来ならね』


 それは、禰々子河童率いる関東河童軍団。全員が武器を持ち、殺る気に満ちている。むろん、全員ジェットで飛んでいた。祢々子が特別な訳ではなく、河童は陸・水・空を制する生命体なのだ。


《どちら様まままま~?》

『祢々子の母です。ニュースを見て援軍に駆け付けました。私たちも竜宮城の攻略に協力します。“城の主”とは、ちょっとした因縁もあるのでね』

《そーなのかー。じゃあ、私たちは本社の前に降りようか。上空だと防衛システムに迎撃されちゃうからね》


 そういう事に為った。今度こそ二手に分かれて、各々の戦場へ向かった。


 ◆◆◆◆◆◆


 先ずはデルタ・コーポレーション組。面子は純子、真、みどりの三人だ。


『おっとぉっ!?』

《何かそっくりさんが居るねぇ~》


 本社前のロータリーに純子たちが着陸すると、そこには龍馬たちが居た。「マッド・ギャガン」は「プロト・ギャガン」を参考に開発した物だから、似ていて当然である。

 ともかく、戦力が増えたのだから、さっさと行動すべきだろう。


「よく無事だったねぇ、キミら?」

『改造されたからね。……おっと』

『キキキッ!』『ギキァアアッ!』『バヴォオオン!』『クワァアカァッ!』『グギュィイヴッ!』


 だが、そこへ要らぬ増援が。敵側のバトルクリーチャー(※対人用生物兵器群。バイオテクノロジーによって生み出されたモンスターの事を指す)が、本社ビルから次々と湧いて出て来たのだ。


「わぁ~お、バトルクリーチャーがいっぱい!」

「……いや、ただのバトルクリーチャーじゃないな。あんなタイプは見た事もない」


 その上、世界中の戦場を渡り歩いた経験のある真からしても見た事のない、新型の物らしい。

 バトルクリーチャーは世界中のほぼ全域で使用されている代物であり、紛争地域なら民間人でさえ間近に目視する機会がある。そんなバトルクリーチャーだからこそ、傭兵崩れの真ですら見覚えが無いという事の異常さが伝わるだろう。


『ねぇねぇ、富雄、あれって……』

「たぶん、そうだよね。……どう見ても、スケールダウン・・・・・・・させた妖怪だ・・・・・・


 しかし、常日頃からオカルトに関わっている鳴女たちからすれば、非常に見覚えのある連中ばかり。


《あー、里桜ちゃんが言ってた「Avatarアバター」シリーズってこの子たちの事だったか~》


 以前に内緒で教えられていたであろう純子が、ポツリと呟く。

 ようするに、里桜と説子が過去に討伐した妖怪を参考にした、量産重視の廉価版が「Avatarアバター」という新型のバトルクリーチャーの正体らしい。実に良い迷惑である。



 ――――――ドギャアアアアアン!



 さらに、本社ビルの最上階で謎の爆発が発生。


『ヴォアアアアアアアッ!』

『ガァアアヴィァアアッ!』


 爆炎の中から黄金に輝く説子と、ゼクスマキナ化した里桜が飛び出し、そのまま空中戦を開始した。超高温の熱線と微小化酸素粒子光線が飛び交い、周囲に今まで以上の被害を出し始める。事態は深刻と言えるだろう。


『ギシャシャシャッ!』『ギャヴォオオオッ!』『クワァアアッ!』


 しかも、騒ぎを聞き付けた魚人軍団まで続々と集まって来る始末。


『芸術は殺戮だァ!』


 ついでに、血の臭いを嗅ぎ付けた切り裂きジャックも登場。まさに上も下も大火事だった。


「くっ、どうすりゃ良いんだよ!」

《君はあそこの地下シェルターに逃げて~。あそこがある意味・・・・・・・・一番安全だからさ・・・・・・・・。もちろん、そこの母子おやこもね~》

「……わ、分かった。行こう、未乘、母さん!」「わかった!」「ええ、そうさせて貰いましょう!」

『綾香、藤子、お前らも行け!』「……了解ッス」「ダブルトマホーク」


 一先ず非戦闘要員――――――もとい足手纏いである龍馬一家と、そろそろ無理が出て来た綾香&藤子を、唯一機能しているらしい地下シェルターの入口へ向かわせる。


『ガヴォオオオッ!』


 もちろん、人類の敵である魑魅魍魎共は生かさず逃さない。退避しようとする五人へ我先にと襲い掛かる。



 ――――――ダギン! ザシュッ!



 対バトルクリーチャー用の弾丸と妖気を纏った一閃が、その足を止めた。


「行けっ!」「ここはアタシらが食い止めるぜぇい!」


 放ったのは、真とみどり。それぞれ愛銃と愛薙刀を持ち、徹底抗戦の構えを取る。その隙に、龍馬たちは無事に避難した。


《りょーかい。それじゃ、私はビルの中枢を目指すよ~》

『御供しまーす』「僕はこの辺でしか役に立ちそうにないからねー」

『アタシはこっちに残るよ』


 純子、それから鳴女と富雄がビル内部へ進む。戦力比がおかしい気がするが、ディヴァ子とは電子戦がメインである為、ちょっとパソコンを齧っただけの真たちはお呼びじゃない。鳴女に関しては作業中の護衛だろう。

 つまり、今は真とみどりと苺の三人だけで、この大群に対処しなければならない。


「「『望む所だ!』」」


 普通なら戦力差に絶望する所だが、三人の誰もが士気高揚していた。何故なら、彼らは各々でこれ以上の体験をしてきているからだ。オリジナル相手ならまだしも、数だけ揃えた連中など烏合の衆である。


『ピキャァッ!』

「フン!」

『ギャギィッ!』


 真に襲い掛かった常元虫のAvatarが撃ち抜かれ、爆散する。既存の物を純子が魔改造を施した魔弾は、分裂と再結合が面倒臭い常元虫のAvatarを一発で鏖殺した。背後から挟撃しようとしていた狒々のAvatarも漏れなく消滅させられる。


『グルヴァッ!』

「なめるなっ!」

『ガァッ……!』

「そっちもだ!」

『グアキィッ!?』


 みどりに殺到した魚人も一体、また一体と膾切りにされていく。里桜に通じないだけで、本来ならこうなってしまう程に、みどりの霊力は異次元級なのだ。彼女自身が長年培った戦闘技術も影響しているのだろう。


『オラオラオラァッ!』

『ギギャァヴォオッ!?』

『無駄無駄無駄ァッ!』

『ギキキュゥァォッ!?』

《パーフェクトです、マスター》


 むろん、苺も負けてない。前回は苦戦した雷獣や雷神のAvatarも、パンチにキックで次々と屠って行く。あれからも継続的に里桜の魔改造を受け入れて来た結果である。


『『『………………!』』』

「――――――フゥーン!」

『『『………………!?』』』

「「……ドラァッ!」」

『ギゲッ!』『グギャッ!』


 そして、何よりも真とみどりの連携が凄まじい。彼らは近距離であればお互いの考えを共有出来る特殊能力を持っていて、死角など無いも同然だった。頭上から真に襲い掛かろうとしていたしょうけらのAvatar(上尸・中尸・下尸の分裂状態)を、空中に躍り出たみどりが薙刀と飛び蹴り、人食い蛍で成敗し、着地と同時に隙を突こうとするワラスボの魚人と泥田坊のAvatarをそれぞれ撃破した。


『……こりゃあ負けてられんな』


 これには苺もビックリしつつも、一層やる気を出した。


「真兄ィ!」


 と、鬼熊のAvatarを殺戮しながら、みどりが真に尋ねる。


「……何だよ!」

「真兄ィは、今でも気持ちは・・・・・・・変わらないの・・・・・・?」

「………………」


 真は答えず、襲い来る魚人やAvatarを殺し続けた。まるで感情の無い人形だ。


『………………!』


 そんな彼に、別の殺戮人形が襲い掛かる。暫し様子見をしていた切り裂きジャックが、最高の獲物として真に狙いを定めたのである。空中から放たれた無数のナイフを、魔弾が残らず撃ち砕く。

 着地した切り裂きジャックは愛用のクルカナイフで切り掛り、真は特別頑丈に作られた愛銃の銃身で受け流す。一進一退の攻防だ。



 ――――――バシィッ!



 だが、一瞬の隙を突いて、真が切り裂きジャックのクルカナイフを蹴り上げた。隠し持っていた大型ナイフで上から切り掛る振りをして防御の構えを取らせ、それを下から弾いたのである。これで切り裂きジャックは完全な無防備。零距離から放たれた魔弾が、彼の上半身を吹き飛ばした。

 それを見届けた真がみどりの質問に答える。


「……僕の気持ちは変わらない。純子を倒すのは・・・・・・・この僕だよ・・・・


 ◆◆◆◆◆◆


 同時刻、デルタ・コーポレーション本社ビル内部。


《おわぉっ!?》

「わぁ~なのだ~!?」


 次々と向かって来る敵をバッタバッタと薙ぎ倒していた純子たちは、別の無双コンビとバッタリ遭遇した。アイスとゾルディだ。


《こんな所で何してるの~?》

「社長だから、事態を何とかしようとしてるのだ!」

《それは殊勝な事で。所で、マザーコンピューターまで案内してくれる~? マッド・ギャガンでサイコダイブして、直接ディヴァ子ちゃんを〆ようと思うんだけど~》

「おお、丁度良いのだ! こっちなのだ~!」

『じゃあ、露払いは私たちが務めるわよ~ん!』「………………」「が、頑張れ~」


 出遭って早々に意思統合を果たし、マザーコンピューターを目指す一行。後続のお代わりや防衛システムが足止めをしてくるが、純子たちの敵ではなかった。アイスも里桜から社長を任されるだけあって、凄まじい戦闘能力を持っている。手から高出力の稲妻を放つとか、シ○の暗黒卿にも程がある。


《ちなみに、場所は?》

「地下の最下層にあるのだ。階数で言えば、地上と同じなのだ~」

《素直に面倒臭いね》

「忌憚の無い意見をありがとう。ぼくもそう思うのだ」


 という事で、地底GO! GO! GO!


「着いたのだ!」

《早っ!》


 まぁ、君らは無敵ですしお寿司。


《これがそうか~》


 地下深くに隠されたマザーコンピューターは、里桜の屋上ラボにあるウルトラコンピューターを巨大化させたような見た目だった。


《フハハハハハッ! よく来たな、諸君!》

《それじゃあ、ちゃっちゃと始めようか~》

《あ、おい、コラ! 少しは相手してよ!?》


 立体映像でディヴァ子が煽って来たものの、純子たちは極普通に無視して、早速サイコダイブを始める。ディヴァ子がシステムを操って邪魔しようとするが、鳴女とゾルディに迎撃され、富雄とアイスがバックアップを務めてくれた為、全く足止めになっていなかった。


《さぁ、行くよ~ん♪》

《舐めやがって!》《後悔させてやらぁ!》《やぁってやるぜぇ!》


 電脳空間で、純子と三人のディヴァ子が対峙する。戦いはこれからである。


 ◆◆◆◆◆◆


 黄泉市上空、高度・竜宮城。


『撃てぇ!』

『了解!』『オリャッ!』『食らいやがれぇ!』


 禰々子の指示で、河童たちが一斉にプラズマ光弾を放つ。体液を基に生み出した光熱の塊は、真っ直ぐに竜宮城の外角へ直撃し、爆炎と破片を巻き起こした。


『……流石に硬いわね!』


 とは言え、密集した海産物の塊はそう簡単に貫通されるような代物ではなく、竜宮城からしてみれば掠り傷のような物だ。


『ギャヴォオッ!』『キシャアッ!』『グキィイイッ!』『ジュルァッ!』


 さらに、エイや鮫の魔物に跨った魚人たちがわらわらと湧いてきた。


『各自、迎撃態勢! 活平かつべい麻子あさこは分隊を率いて私たちと来い!』

『了解!』『ラジャーです!』


 対する河童軍団は一気に散開。禰々子を筆頭とする一部を除いて迎撃態勢に入った。激しい空中戦が始まる。


『――――――オラァッ!』


 そして、周囲が敵を引き付けてくれている間に、禰々子が爆裂パンチで外角に風穴を開け内部へ侵入、突き進んだ。

 むろん、中にも無数の魚人が待ち構えていた。


『………………』

『童子くん……』


 さらに、そこには竜宮童子も居た。

 しかし、自由意思の無い人形のような状態で、祢々子へ平然と大銛の切っ先を向ける。


『……コアが抜かれたままね。大方、母親が遠隔操作してるのよ。ハートが無くちゃ、抜け殻同然だわ』


 そんな彼の様子を見て、禰々子が冷静に判断を下す。


『ど、どうすれば……』

『あの子の事、好きなんでしょ? なら、自分で何とかなさい。……母親には、私が話を付ける・・・・・


 ようするに、コアを力尽くで取り戻すから、それまで時間を稼げという事だろう。


『望む所や!』

『それでこそ我が娘ね。……行くわ!』


 こうして、望まぬ殺し合いが幕を開ける。鍵となるのは禰々子。彼女が城主から希望を奪還するしかない。


『――――――だぁあああ、クソッ! 久し振り過ぎて・・・・・・・経路なんて覚えてないわ!』


 だが、肝心の禰々子は早々に迷っていた。駄目じゃん……。


(昔は、あんな子じゃなかったんだけどな……)


 同時に、過去の因縁……というか思い出が脳裏を過る。


 ◆◆◆◆◆◆


『ど、どうも、禰々子さん……“今代”の乙姫です……』


 最初に出会った時の乙姫は、まるで鰯のようにナヨナヨした娘っ子だった。

 妖怪も世代交代はする。本質的な寿命は無いに等しいが、緩やかな衰えはあるし、老いた身体で生き延びられる程自然界は甘くない。

 だからこそ、時が経てば名のある妖怪は次世代に全てを託す。まるで戦国武将が如く襲名するのである。かく言う禰々子も完全なオリジナルではなかったりする。

 だので、今代の乙姫が引っ込み思案で恥ずかしがり屋でも問題は無かった。遺伝的には。

 しかし、海人種と頗る仲の悪い河童族の前で、その態度は良くなかった。乙姫が世代を重ねると聞き付けて、挨拶と言う名の因縁を付けに来た各地の河童の大将からは、案の定かなり舐められていた。


『ヘ~イ、ヘイヘイ、なかなか可愛い子じゃ~ん?』


 特に九州の総大将「九千坊」は舌なめずりさえしていた。この男かなりのDQNであり、先代が人格者だった事も相俟って、河童族からさえ糞野郎認定されていたりする。


『おい、止めときなよ?』

『分かってますよ~ん♪』


 代々因縁のある禰々子に対してすらこの態度だ。色々と終わっている。


『……気にしちゃ駄目だからね? 何かあったら、私に頼りな』

『は、はい……ありがとうございます!』


 そんなこんなで、帰り際に禰々子はフォローを入れたのだが、これまた腰の低い態度を取られてしまった。わざわざ竜宮城に招待したというのに針の筵にされていた所に優しくされたので、思わず軟化してしまうのは分かるのだけれど、これでは釘を刺した意味が無いだろう。それからもちょくちょく助言は入れに行っていたのだが、ずっとこんな調子だった。

 そして、禰々子の心配は的中した。あのDQNがやらかしたのである。何と取り巻きを引き連れて竜宮城を急襲し、乙姫を輪姦してしまったのだ。この糞野郎はお頭は足りないが力だけなら歴代最強だった為、気の小さい乙姫は抵抗する間も無く穢されてしまったのである。

 しかも、悪い事にこの一件で乙姫はバッチリ妊娠してしまった。その時の子が竜宮童子だったりするのだが、今は置いておこう。

 むろん、騒ぎを聞き付けた禰々子は関東全域の仲間を引き連れてDQN連中をしばき倒し、強制的に世代交代させた。その後、乙姫にはDQNの子なんて堕ろせと言ったのだが、


『……子供に罪はありませんから』


 彼女は涙を堪え、拳を握り締めつつも、結局は子供を産んだ。どう考えても無理をしている。禰々子としても乙姫を傍で支えてやりたかったのだが、自分にも子供(祢々子)が出来てしまった為、そこそこの支援程度に留まってしまった……。


 ◆◆◆◆◆◆


(その結果がこれか……笑えないね)


 それなりに仲の良かった知人が、こうも変わってしまうとは、やり切れない物である。


『おっとぉ!?』

『あっ……!』


 そうやって考え事をしながら彷徨っていたら、息子の様子を見に行こうとしていた乙姫と目がバッチリ合ってしまった。同時に、彼女の胸元にペンダントとして竜宮童子のコアが吊り下げられているのが目に入る。これは色々と逃げられそうもない。過去の因縁的にも。


『あらあらあら、河童が海まで流れて来るとは、随分とお寝坊さんねぇ? 早起きは三文の徳って言葉、知らないのかしらぁ?』


 本当に、人が変わってしまっている。笑みを浮かべているのに目が笑っておらず、乱れた髪を垂れ下げる様は、狂人と言って差し支えなかった。かつての友として、これは心に来る物がある。


『悪いけど、私は夜型なのよ……っと!』


 しかし、禰々子は逃げた。コアを強奪した上に、屁の河童で。猛烈な音と酷い臭気が周囲を満たし、禰々子は放屁の勢いで壁を突き破り、外界へ緊急離脱する。

 何故なら、禰々子もまた娘を持つ母親だからだ。今の乙姫は猛毒を持っている。そんな親元に、祢々子の大事な彼を置いておく訳にはいかない。


『それを寄こしなさい!』


 だが、ジェットの勢いで飛べるのは禰々子だけではなかった。乙姫もまた、首や肋骨の辺りにある鰓穴から噴出した空気圧で一気に距離を詰める。

 さらに、最も大きい貝殻の舳先で、乙姫……否、海神の一柱たる豊玉姫が、本性を現した。


『グヴォァアアアアアッ!』


 それは、鮫の魚人であった。赫々とした鮫肌を漆黒の外殻で覆っており、その様はまるで甲殻類……もっと酷い言い方をすれば、鮫型の機械人形のようである。手に持つ双刃の槍も相俟って、闇黒の巨人にしか見えない。これなら、あの馬鹿野郎も駆逐出来そうな物だが、実際は変わってしまった事で、箍が外れたのだろう・・・・・・・・・



◆『分類及び種族名称:異次元海神=豊玉姫(原点回帰種)』

◆『弱点:不明』



『誰が渡すかバーカ!』


 しかし、そんな化け物を前にしても、禰々子は知らん顔だ。というかドヤっている。実に腹立たしい。


『どいつもこいつも……本当にィイイイイッ!』


 それが引き金となったのか、豊玉姫は容赦なく禰々子へ襲い掛かった。


『本当に善い女ってか!? お褒めに与り光栄よ、売女ァ!』

『黙れ、この阿婆擦れがぁっ!』


 禰々子も右爪を剣に、左腕の鱗を盾に変えて応戦し、海と川の女大将同士がぶつかり合う。


『ハァッ! セァッ! ジュワッチィッ!』

『フンッ! セイッ! ンナァアアアッ!』


 豊玉姫と禰々子の剣戟が続く。上から、下から、右から、左から、袈裟に斬り、逆袈裟に振り上げ、回転し、宙返りからのスラッシュ。

 まさに手に汗握る攻防。実際、両者共に水棲生物なので、割かし何時も濡れている。

 さぁさぁ、女の戦いは、まだまだこれから。勝った方がイイ女だ。


 ◆◆◆◆◆◆


 竜宮城、周辺空域。


『撃てぇ!』『放てぇ!』『いい加減落ちろっての!』

『クァアアッ!』『ギャヴォオッ!』『グルルルル!』


 現在進行形で行われるドッグファイトと、光弾の嵐。魔物に跨る魚人やAvatarを撃破しつつ城にダメージを与えるのは至難の業だった。そもそも、目標がデカ過ぎて未だにロクなダメージが無い。


『……何だ!?』


 すると、竜宮城に動きがあった。外壁の一部が変形し、八脚のアームを形成すると、その中心部に粒子が集まって行き、



 ――――――ズギャヴォオオオオッ!



 極太の閃光が、戦場を掻き乱した。


『くそったれ、加粒子砲かよ!』


 それは、竜宮城が備えている最大の火力兵器。その巨体に潜ませた加速リングによって粒子を集束し、ビームとして放っているのである。



 ――――――バギャヴォオオオオッ!



『ぐわぁっ!』『ギェァッ!』

『ぐぅっ! 敵も味方も関係なしか! どこまで狂っちまったんだよ、乙姫様ぁ!』


 その上、敵味方関係無しの無差別攻撃。連射も利く事も相俟って、とてつもない脅威だ。


『ガァアアヴィィィアアアアアアッ!』

『ヴヴォァアアアアアアアアアアッ!』

『うぉっ!?』『グギャッ!』『ひぇ!』


 ついでに、里桜と説子もお構いなしに大暴れしている為、どう足掻いても混沌である。


『クソッ、クソッ! 射線に入るな! 出来るだけ城に密着しろ! 流石に零距離では撃てない筈だ!』

『了解です!』『ラジャラジャー!』

『こんなの契約に入ってない!』『帰りたーい!』


 こうなっては、城そのものに密着して、ビームを封じる他ないだろう。河童たちと、引っ込みが利かなくなったお白様と悦子の、距離を盾にした戦いが始まる。

 と、その時。


『………………!』

『くっ……!』


 外壁を破壊して、自意識の無い竜宮童子と祢々子が飛び出してきた。


『グヴォァアアアアアッ!』

『この……って、ヤバッ!?』


 丁度、豊玉姫と禰々子が母親対決をしている現場だった。心なしか、禰々子の方が押されている。豊玉姫の怪力は禰々子以上らしく、剣圧で弾き飛ばしていた。しかも、装甲が硬過ぎて、当たった刃が弾かれている。どう見ても勝ち目が無い。


『ハァアッ!』

『ぐぼぁっ!?』


 そして、槍からのビームだ。吹き飛ばして態勢を崩している所に熱線が飛んで来る為、禰々子は防戦一方だった。ズル過ぎる。


『オカン!?』

『余所見しない!』

『……分かったわ!』


 祢々子は一瞬気を取られたが、直ぐに竜宮童子へ向き直る。

 そう、彼女の役割は母親の手助けでも、ましてや周囲の仲間たちへの支援でもない。竜宮童子を毒親から解放してやる事だけだ。


『童子くん! ウチや! お願い、目ェ覚ましてぇな!』

『……ゥァアアアアアッ!』

『くぅっ!?』


 だが、そう上手く行けば、フィクションなど存在しない。彼を本当の意味で取り戻すには“コア”が足りないのだ。

 しかし、一体どうすれば良いのだろう。自分は一度……いや、二度も彼を死なせた。そんな奴の言葉が、想いが、届く筈も無い。

 祢々子は諦めたくないという意志と同じくらい、諦観の念も生じ始めていた。はっきり言って、絶望的である。


『――――――そんなの、嫌や!』


 自分は今、何を考えていたのか。どうにもならない現実に、つい屈しそうになってしまった。

 もう嫌だ、手放したくない。ずっともっと一緒に居たいし、彼の全てを受け入れたい。


 ……否、彼の全部が欲しい。愛も人生も、彼に纏わる何もかもを、この胸に抱き止めていたい。


 自己主張が低く大人しい祢々子が、母親譲りの強欲さを発揮した、最初で最後の瞬間であった。



 ――――――ポチョン。



 まさしくその時、祢々子の慟哭に応えるが如く、光る何かが彼女の口に収まる。


『キスしろぉおおおおっ!』


 一瞬の隙を突いて、禰々子が愛娘に最大の贈り物をしたのである。


『分かったで、お母さん!』


 祢々子は駆け出した。防御も回避もかなぐり捨てて。愛しの童子の下へ、飛び込んで行く。

 むろん、身体を切り刻まれ、串刺しにもされたが、祢々子は気にも留めなかった。ただ真っ直ぐに竜宮童子を見据え、血みどろになりながらも、彼の唇を奪う。


『童子くん』

『……馬鹿ヤロウ。何でこんな形で口付けしなきゃいけないんだ』

『嫌かー?』

『大好きに決まってるだろう!』

『なら誓ってな! 童子くん、あなたは私が病める時も健やかなる時も、愛してくれると誓いますか!?』

『若干重い気がするけど、誓うぜ! 男に二言は無い!』

『童子くん!』

『祢々子!』

『『愛してる!』』


 そして、二人は目出度く結ばれた。


『……フザケルナァアアアアアアッ!』


 だが、それを認められない毒親が独り。誰かは言うまでも無い。怒れる人鮫、豊玉姫である。禰々子を更なる猛攻で圧倒し、殴り飛ばした。


『死ね死ね死ねぇ! どいつもこいつも、死んじまえぇええええっ!』


 さらに、全員道連れとばかりに、加粒子砲の発射口を城の真下に展開する。文字通り、黄泉市を焦土に変えるつもりのようだ。流石はモンスターペアレント。気に入らなければ力尽くで解決しようとするという、かつてのDQNと全く同じ事をしている事に、全く気付いていない。


《そうは行くかよぉ!》


 すると、地下シェルターの方から、赫・白・金の三色三機の戦闘機――――――「ラスターマシン」が飛び出してきた。サイバネティックかつ鋭利なデザインをしている。


《姐御ばっかりに良いカッコはさせないっスよ!》

《オープンゲ○ト!》


 そして、乗り手はまさかの、龍馬・綾香・藤子のトリオ。幾ら外部操作がメイン・・・・・・・・とは言え、一般人が戦闘機に乗り込むなど、どうかしている。


《え~、皆さ~ん、今から“合体”するけど、覚悟は良い~?》

《もちのろん!》

《チェンジゲッ○ー!》

《当たり前だ! 妹の為に命を張れない兄が何処にいるってんだよ!》


 しかし、全員が覚悟完了しているようで、舞台裏で割と簡単にディヴァ子をしばいた純子の手助けにより、三機一体の妙技、“変形合体”を敢行する。

 そう、しょうけらを参考に、三つの心を一つに束ねた変形合体ロボット――――――「ラスターロボ」の爆誕である。


《ラスタァアアアアアアビィイイイイイム!》


 さらに、加粒子砲が発射される瞬間、ラスターロボも腹からステリウムエネルギーを集束したビームを放ち、数瞬だけ拮抗した後、一気に押し返して竜宮城を貫通した。


『竜宮城が爆発する!』『全員、退避ィ!』


 さしもの空中要塞も、流石にどてっ腹を貫かれては耐えられる訳もなく、動力源を中心として大爆発を起こす。ラスターマシンがラスターロボになった辺りから、既に嫌な予感がしていた面々は大抵が退避を始めていたので、何時もの面子や河童たち、少し離れた領域に居た魚人らは生き延びている。地下深くに居た純子たちや、蜂紋母子も同様だ。


『母さん……』


 そして、全てが吹き飛ぶ間際、遥か彼方に放り投げられた禰々子・祢々子・竜宮童子の三人も生還した。実行した豊玉姫は竜宮城と運命を共にしたが、その真意は誰にも分からない。

 こうして、海と川、許されざる恋を巡る物語は、見事な愛として成就して幕を閉じたのだった……。


 ◆◆◆◆◆◆


 と、これで終われば良かったのだが、里桜と説子はまだ戦っていた。



 ―――――――キィイイイイイン!



 ジェットエンジンのような音を立てて、里桜が微小化粒子破壊光線を放つ。それも撃ってからの薙ぎ払いに繋ぐ、えげつない攻撃だ。


『ヴォァアアッ!』


 しかし、当たらない。説子の素早さは既に神速の域に達している為、回避に専念されると当てるのは至難の業だった。


『ハァアアアァッ!』

『コァアヴォォッ!?』


 さらに、両腕に紫焔を纏いながら爪で引っ掻いてきた。これがまた馬鹿にならない威力で、里桜の装甲にも容易く傷を付けている。超音波で自らを振るわせ、分子結合を破壊しているのだろう。里桜の破壊光線よりもお手軽で、隙も少ない良い技である。


『ガァアアヴィアアアアッ!』

『ヴゥゥゥッ……!』


 だが、里桜もやられっぱなしではない。内なるエネルギーを全方位のビームとして放ち、追撃を試みていた説子の身体を穿つ。


『ヴォァアアアッ!』


 まぁ、普通に再生されてしまうのだが。回復力においても、説子の方が上手だ。里桜が勝る点となると、遠距離攻撃の多彩さと馬力、装甲の厚さくらいだろうか。素早く力強い説子とは大分相性が悪い。


『ヴルァッ!』

『バァヴォオオオオオオン!』

『グゥゥ……ゴァッ!?』


 しかし、不利を覆してこそ戦いのプロという物。里桜は自らを移動砲台として弾幕を張り、掻い潜って来た説子を特大の咆哮で返り打ちにし、更には山彦のようにスライディングしながらかち上げつつ、破壊光線を浴びせ掛けた。まさに嵌め技である。


『ギャヴォオオオオッ!』


 だが、無意味だ。説子は里桜と同じくエネルギーを炸裂させて破壊光線を掻き消し、剰え熱線で反撃までしてみせた。


『――――――ガァアアヴィァアアアンッ!』


 その瞬間、里桜が巨大化した。装甲が蒼く光ったかと思うと、熱を吸収してしまったのである。お前の遣り口などお見通しだぞ、という事だろう。


『ヴォォルァアアアアアッ!』

『………………!』


 しかし、説子は火力を抑える処か、更に火力をブーストして全身に紫焔を纏い、里桜の弾幕に正面から突っ込み、そのまま苛烈な徒手空拳を仕掛けてきた。自分がどれだけ蜂の巣になろうが、八つ裂きにされようが、回復力に物を言わせたゴリ押しで里桜の装甲を削りまくる。

 里桜の再生力はそこまで高くなく、かつ熱を吸収するにも多少の準備が居るので、こうも激しく攻め立てられると、かなり厳しい。硬くてデカいが故の弊害と言えた。


『……ヴァォオン! ヴァォオオン! ヴァォオオオン! ―――――――グルヴァアアアアアアアッ!』


 しかも、説子が合間合間に遠吠えをしながら天道蟲を集めて追加のエネルギーを溜め、紫焔と紫電を同時に纏い出したから、さぁ大変。全身がウルトラヴァイオレットに輝く超オカルト人となり、猛然と里桜に襲い掛かった。先ずは神速の引っ掻き連打を繰り出し、次いで力を込めたブレイククロー3連打からのアッパーカット(地走り紫電付き)、更には紫電を螺旋に纏いし極太熱線で風穴を開け、最後は爆裂パンチのデンプシーロールを食らわせつつ、全てを破壊する轟咆哮でフィニッシュする。


『ガァアアギィィイングルォオオオッ!』

『ヴォァッ!?』


 だが、並の妖怪なら数十体単位で蒸発しそうなFINALラッシュを里桜は何とか耐え抜きながら死んだ振りを敢行、止めを刺そうと追撃してきた説子に特大の破壊光線を浴びせ、彼女の脚を掴んで何度も地面に叩き付け、回復モードに入った瞬間、再度破壊光線を浴びせ、完全に動けなくなるまで浴びせ続けた。


『グゥゥぅぅ……」


 流石の説子にも限界はあるので、最後は頭だけを残して戦闘不能となった。これでも未だに死なない辺り化け物としか言いようが無いが、このまま放置しては今度こそ命に関わるだろう。決着は付いたのだ。


『ふぅ……手古摺らせやがって」


 ようやく大人しくなり、意識まで失った説子の頭を、里桜が元に戻りつつ拾い上げる。それはそれは、愛おしそうに。

 そして、生首だけの眠り姫に、里桜が囁く。


「そんなに私の事を殺したいの、お姉ちゃん・・・・・?」


 その質問に、黒目の無い真っ赤な眼を見開いて、説子が応えた。


『殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる!』

「そっか。愉しみにしてるねぇ?」


 里桜も、嗤って応えた。


 ◆◆◆◆◆◆


 その後、黄泉市では急ピッチで復興が進んだ。コントロールを取り戻したAvatarを使って、物凄い勢いで街を立て直していったのである。これによりAvatarの汎用性が世界に認められ(というかゴリ押しで認めさせ)、デルタ・コーポレーションは甚大な被害を被ったにも関わらず、前以上に勢力を伸ばす事と為る。


「終わり良ければそれで良し!」

「お前が言うな。ディヴァ子をしっかり管理してないからこうなったんだろうが」

「知らんなぁ~」

「こいつ……」


 こうして、峠高校の春は終わりを迎える。いよいよ夏が本番だ。




『面白い茶番だっただろう? 次は本格的に行かせて貰うよ』


 誰かが嗤った。


                     ――――――沈黙の春休み編 完

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