第26話「里桜のカーニバル《前編》」
遠い昔、遥か銀河系の彼方で……。
『ヒャッホッハッハッハッハッハッ!』
邪神が嗤う。何物も生み出さず、魔改造を愉しむだけの、本当の悪魔が高笑いしている。大型の蛾とグレイタイプの宇宙人を混ぜ合わせた知的生命体……その背後には、七色の蔦が絡まり合って大樹となった、不気味な化け物が聳え立っていた。他の生命体は見当たらない。“彼女”が全ての命を弄んだ末、根絶やしにしてしまったのだ。
『フゥゥゥ……ヴォアアアアアアッ!』
そんな卑劣なる創造邪神と対峙するは、色違いにして双子の姉。死と破滅を司る、邪悪なる闇黒破壊神である。彼女の目的は、眼前の妹を抹殺する事。全世界、全宇宙の怒りと憎しみを込めて、破壊し尽くしたいのだ。
『キャハハハハァ、ウフハハハハッ!』
創造邪神の指示で、大樹の怪物が枝葉を一斉に伸ばす。闇黒破壊神を縛り上げ、捩じ切ろうとしているのだろう。
『ギャヴォオオオオオオオァアアッ!』
しかし、枝葉は触れる事さえ叶わず、闇黒破壊神のオーラに当てられ、塵も残さず消滅した。彼女に触れられるのは、同じ血を引き、同等の力を持った創造邪神のみ。
『ブォフォフォフォフォフォフォッ!』
『グルヴァアアアアアォォオオオッ!』
そして、大樹の怪物を蚊帳の外にした、宇宙最大最悪の姉妹喧嘩が今、始まる……。
◆◆◆◆◆◆
「……夢か」
そこで、里桜は目を覚ました。何時もの屋上ラボではなく、日が差し込む明るく広い部屋だ。床はシックなフロアマットが敷かれており、天井は埋め込み式のLEDが幾つもある。里桜が寝転んでいる黒いソファーは来客用で、背の低いテーブルを四方から囲む形で置かれていて、彼女から見て丑寅の方角に別のワークデスクがあった。後ろには街を展望出来る窓があり、その手前に食虫植物ばかりの植え込みが設置されている。
どうやら、ここは何処か高いビルの最上階らしい。調度品の値打ちやレイアウトから鑑みて、社長室だろう。そんな場所で堂々と夢心地に浸れるとは、流石は里桜、マッドサイエンティスト。
「社長室で夢現とは良い度胸なのだ~」
すると、ワークデスクの方から声が掛かった。椅子には蒼い瞳の垂れ目にセミロングの黒髪を持つ女性が座っている。低身長かつ子供体型だが、胸だけは無駄にデカい。所謂トランジスタグラマーという奴である。服装が非常に特徴的で、ピチピチのビジネススーツに返り血っぽいペイントが施された白衣を纏っている。靴はピカピカのハイルールだ。
彼女の名は
「………………」
傍らには白銀の髪に紫色の瞳を持つ、吊り目な大男が立っている。身長は二メートルを超えているだろう。黒い骸骨のような鎧を身に纏っており、その上からやたら細かい刺繍の描かれたロングコートを羽織っている為、インテリアとのギャップが凄まじく、かなり浮いていた。それを言ったら、ここに居る全員がそうなのだけれど。
彼の名はグラン・ゾルディアス。こんな形でも、社長秘書だ。ついでにセキュリティ総括……つまりはSPも務めている。大丈夫なのか、この会社は。
ちなみに、里桜はデルタ・コーポレーションの会長である。噂は本当だったのだ。
「今日は新兵器の発表会なのに、そのプレゼンターがそんな調子でどうするのだ~」
「大丈夫だよ。……えっと、最新式メイド型アンドロイドについてだっけか?」
「ンな訳ないだろ! 「
「はいはい」
「はいは一回!」
「へいへい」
「このヤロウ……!」
これが世界を股に掛けるデルタ・コーポレーションの会長と社長の会話である。威厳も機密もへったくれもない。
「何か心配になって来たのだ。ゾルディ!」
「………………」
アイスに促され、グラン・ゾルディアスことゾルディがバーチャフォンを起動させ、映像を投影させる。最初は今まで里桜が斃してきた妖怪たちによく似た生物、続いて複雑な形をした三機の戦闘機が映し出された。これらが「
「よし、プレゼンの映像自体は問題無さそうなのだ。だから、後はオマエだけ――――――」
と、その時。
――――――ザザザザザッ!
突然、バーチャフォンの映像が乱れ出した。
否、ここだけではない。会社のありとあらゆるパソコンが狂い始めている。社員たちは必死に何とかしようとしているが、次々とデータが改竄・消去・流出していく。終いには全てのシステムが乗っ取られてしまった。
《デルタ・コーポレーション、討ち取ったり~♪》
さらに、全画面にディヴァ子の姿が映し出される。これがどういう事かは、馬鹿でも分かる。
「サイバーテロなのだ!」
「見りゃ分かるわ。脆弱過ぎるだろ、お前の所のシステム」
言うまでもなく、デルタ・コーポレーションがサイバーテロにより、あっという間に陥落した事を意味していた。
「うぬぬぬ、こんな大事な日に、一体何処のどいつなのだ! ゾルディ、発信源は!?」
アイスの怒号に、ゾルディがバーチャフォンを対電子攻撃モードにしながら答える。
「……峠高校の屋上」
「里桜、テメェ!」
「まぁ、ディヴァ子が映ってる時点で、そんな気はしてた」
掴み掛るアイスをあしらいつつ、里桜は不敵な笑みを浮かべた。
「……その不屈の精神は感服に値するが、これは少しばかりお仕置きが必要かもな」
◆◆◆◆◆◆
「
閻魔県最大の中枢都市であり、欲しい物は何でも手に入る。空港も漁港もあるから輸出入し放題だし、レジャーもワークも充実している。特に東北と全国を繋ぐ「黄泉駅」は、文字通りのターミナルと言えよう。特産品も色々だが、有名処は牛タン。マヂ美味しい♪
「ふぅ……
そんな大都市に、一人の少年が帰郷した。
彼の名は
「……ま、先ずは腹ごしらえからかなぁ」
だが、背に腹は代えられない。時刻は正午近く。そこそこ勇み足で来たせいか、食事を何度かすっぽかしており、かなり腹が減っている。近くのコンビニで弁当でも買おう。
「いやー、黄泉市なんて久し振りだわー」
「そうなんだ。……いや、それもそうか」
(何じゃあのカップル……)
駅を出て早々、バイザーグラスを掛けた女子高生とチャラっぽいけど根は大人しそうな青年という、何とも奇妙な奴らに出くわしたが、黄泉市とはそういう物である。考えたら負けだ。それより弁当だよ弁当。
「特選牛タン弁当が御一つ……五兆六千億円になります?」
「国家予算か何かよ!? ふざけんじゃねーぞ! しかも何で疑問形!?」
しかし、駅近のコンビニで事は起きた。何と弁当一つがたったの五兆六千億円ときた。物売るってレベルじゃねーぞ!
「す、すいません! あれ、おかしいな!? ちゃんと読み込んだ筈なのに……」
だが、流石にわざとである筈もなく、機械の故障か何からしい。
「まったく、どうなってやがる……って、お?」
さらに、店員が対応に追われている間に龍馬は暇潰しをしようとしたのだが、何と彼のバーチャフォンまでもがおかしくなり始めていた。何と買った覚えのない借金三億八千万が当たったのである。まるで意味が分からんぞ!?
「ちょっと、何よこれ!?」「どうなってやがる!」「わ、儂は無実じゃ! まだ何もやってない!」
しかも、それは龍馬や店員のみならず、街を行き交う人々の全てに巻き起こっているようだった。一体何事だろうか?
――――――ヒュルルルルルル……ドギャアアアアアン!
「はぁっ!?」
そして、一切の疑問も混乱も解決しない内に、
「さ、SAN値直葬ぉ!?」
ソレは、フジツボやカメノテ、海綿に珊瑚など、無数の海産物がごちゃ混ぜになって凝り固まった、巨大な柱だった。表面を様々な甲殻類や多毛類が這い回っており、見ているだけでSAN値が削られていく。さっきまで海の中にあったのか、塩水が滴っている。
そんな気持ちの悪い物体が、突如として空から降って来たのだ。お値段国家予算といい借金億千万といい、どう考えても異常事態である。
『グルヴヴヴヴッ!』『ブルヴァァッ!』『ギャヴォオオオッ!』
その上、海柱の中から、これまた色んな海産物がくっ付いた、魚人のような化け物が、槍や剣などの武器を携えて、次々と登場した。実に磯臭い。
「うわぁあああっ!?」「きゃああああ!」「助けてぇ!」
もちろん、街中が阿鼻叫喚だ。人々は悲鳴を上げ、逃げ惑う。そんな民間人を、魚人たちは容赦無く切り付けていく。時には直接食らい付き、引き千切ったりもした。見るも無残な光景が、現在進行形で築き上げられていく。
「――――――って、止めろよゴルァッ!」『ギャヴォッ!?』
暫しフリーズしていた龍馬だったが、我に返った彼が最初に行ったのは、逃げ遅れた母子を襲おうとしていた鰹頭の魚人にドロップキックを入れる事だった。魚人は突然の不意打ちに武器の長槍を手放し、すっ転げる。
「だらぁあああっ!」『グゲッ!』
さらに、龍馬が放られた長槍を掴み、鰹魚人の胸を胸を貫いた。
『ギャギャヴォッ!』「うぉっ!?」
しかし、人間で言えば即死級のダメージを受けたにも拘らず、鰹魚人は死なずに反撃して来た。体勢を立て直した龍馬の顎を撥ね上げ、落ちる前に首を締め上げる。
そして、逆に彼の心臓を抉り出そうと、拳を握り締めた――――――が、
「……はぁっ!」『ゴヴァッ!?』
殴られる前に龍馬が頭突きで邀撃。何度も何度も鰹頭の鼻面へ額を打ち付けた。流石にこれは効いたようで、鰹魚人がふら付き、手を離す。
「でぇい!」『ガッ……!』
その隙に、龍馬は刺さっていた槍を掴み直し、捻りながらぶち抜いて、その傷口に己の鉄拳を突っ込んだ。
「死ねやぁ!」『ゴハァッ!』
さらに、真珠のような物体を引きずり出して、握り砕く。同時に鰹魚人の息の根が止まり、漸く倒れ伏した。真珠らしき物体が、魚人の弱点だったのだろう。
「はぁ……はぁ……勝っ――――――」「危ない!」
『ブルヴァッ!』
だが、肩で息をする龍馬に、別の魚人が襲い掛かる。実に容赦が無い。
「野暮な事するなよ』『ブベァッ!?』
しかし、そんな空気を読めない魚人野郎に、何処からともなく天罰が下る。破壊的な光弾が魚人の胸部を撃ち抜いて、バラバラに吹き飛ばした。
狙撃手はバイザーグラスの女子高生――――――
『……と、大丈夫、あんた?」
「あ、ああ……って言うか、アンタ一体――――――」
「……龍馬なの?」
攻撃システムを閉じた鳴女に、回復薬的なナニカを振り撒かれている龍馬へ、さっき彼が助けた母子の母親が声を掛けた。
「……母さん」
それは龍馬の実母であった。
「おにいちゃん!」
「
しかも、子供の方は妹だった。ついでに言えば、彼女はビバルディが切り裂きジャックから救い出した、あの時の女の子――――――
こんな偶然、あるのだろうか?
「はいはい、感動の再会は後にしてね」「とりあえず、避難しましょう」
「「「はい」」」
ただし、状況が時間を与えてくれないのは明白なので、五人は一先ずその場を離れる事にした。
◆◆◆◆◆◆
峠高校、屋上ラボ。
『………………』
大小二つのシリンダーカプセルの前で、祢々子が項垂れていた。どちらも内部が培養液で満たされており、片方は胸に穴が開いた竜宮童子が、もう片方には彼の砕けたコアが浮かんでいる。治療しているようだが、既に一度死んでいる以上、回復は絶望的かもしれない。それは見つめる祢々子が一番分かっているのだろうが……。
『だ、大丈夫ですか?』
『祢々子ちゃん……』
『ビバビィ……』
そんな痛々しい彼女の姿を、悦子やお白様、ビバルディが心配そうに見ている。説子は別の部屋で身体のメンテナンス中なので、ここには居ない。
『……童子くん、もう起きへんのやろか?』
『それは……』『えっと……』『ビィ……』
誰も何も答えられなかった。何が正解なのか分かり切っているからだ。
《大丈夫ですわよぉ~ん♪ この私が頑張ってるんだから、問題ナッシングゥ~ッド!》
すると、間の抜けた声が響いた。この場に一番似付かわしくない、ディヴァ子である。竜宮童子の治療を進めているのは彼女なので説得力はあるものの、それでもムカつく物はムカつく。
『………………』
《疑ってますね~? ならば、お見せしまショータイム!》
と、ディヴァ子が画面の向こうで指パッチンをいた瞬間、
『………………!』
『童子くん……!?』
カプセル内部の竜宮童子が、カッと目を見開いた。未だにコアが移植されていないにも関わらず。
《感動の再会って感じですかねぇ~? ……でも転送♪》
『『『あっ!』』』『ビバァッ!?』
その上、次なる指パッチンで竜宮童子が何処かへ電子転送されてしまう。訳が分からないよ。
『な、何のつもりや!? 童子くんを何処にやったんや!?』
《
そして、しれっととんでもない事を抜かすディヴァ子。竜宮城とはつまり、竜宮童子の生まれ故郷であり、彼の母親のお膝元という事だ。
そんな所にわざわざ転送したという事は、
『……何時からや?』
《
『うわっ!?』『ひゃー!?』『きゃあっ!』『ビバー!』
さらに、屋上ラボのセキュリティシステムを操って、祢々子たちを拘束する。ラボの壁面はナノマシンで構成されている為、鶴の一声で自由自在に形を変え、アメーバのように敵を捕らえるのである。
『こ、こんな事して……!』
《鬼の居ぬ間にってかぁ~? 無駄無駄、里桜は今デルタ・コーポレーションの本社だし、説子も“洗脳”した上で転送済みだよん♪ つーまーりー、お前らに逆転の目なんて無いんだよぉ!》
「それはどうかな~?」
《はぁ?》
余裕綽々で煽るディヴァ子に、誰かが答える。
「お久し振り~♪」
《
それは東京都安楽市絶好町在住の筈の、
《な、何故ここに!? というか、どうやってセキュリティを破った!?》
「里桜ちゃんにお誘いされてたんだよ~ん。セキュリティはねぇ……こう破ったんだよ!》
《ぐぉおおおおおっ!? サイコ・ギャガンかぁあああああっ!》
サイコ・ギャガンに変身した純子に、ディヴァ子がシステムごと破壊される。電脳世界における戦闘能力の高さは、前回の“お試し”で実証済みだ。しかも、純子の手によって以前よりも改良されているので、ディヴァ子に勝てる要素はない。
『た、助かったわ……』
《どういたまして~♪ ……だけど、終わった訳じゃないよ。
だが、純子は確信していた。まだ終わってはいない、これは始まりに過ぎないと。
悪魔は本体を別に持つ精神生命体。先のディヴァ子も彼女の一部でしかない。今までは
「外は今、大変な事に為ってるよ」
『大変な事?』
「うん。デルタ・コーポレーションが乗っ取られたせいでネットワークが乱されてるし、
『えっ、竜宮城が……浮上?』
「見れば分かるよ」
と、純子がバーチャフォンを操作する。そこには色取り取りの宝石と様々な貝殻で構成された巨大な
『な、何でこんな事に……!?』
「さぁねぇ。大方、竜宮童子くんの弔い合戦じゃないの? ……まぁ、他にも色んな事情があるみたいだけどね。そんな事より、早く行こうよ」
『え?』
「え、じゃなくてさ。取り戻さなくて良いの、竜宮童子くん」
『………………!』
そうだ、呆気に取られている場合ではない。竜宮童子は奪われたのだ。攫われたのなら、取り返さなければ。彼が生きていようと死んでいようと、横から掻っ攫われて黙っている筋合いはないだろう。
『……分かったわ。絶対に取り返すで、童子くん!』
「うんうん、
……純子としては、ちょっと面白い展開になって来た、程度の認識なのかもしれない。
「さ、急ごうか。外で真くんとみどりちゃんも待ってるから」
『了解や! 行くで、皆!』
『えっと、わたしは留守番――――――』
『駄目よ。祢々子ちゃんが頑張ろうってのに、そんなの許されないわ』
『そんなぁ……』
『オビバァ~!』
こうして、純子と愉快な仲間たちは動き出した。いざ黄泉市。敵は竜宮城に在り!
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