第25話「不幸な夜には釜が鳴る」
とある暗い晩、ナヨクサフジの咲く、古びた神社にて。
――――――シューッ! シューッ!
境内の奥に奉納されていた、黴臭い釜が鳴り響く。誰も居ないにも関わらず、カタカタと震え、妖しい音を立てている。それが一体何を意味するのかは知らないが、とにかく不気味だ。
――――――ズル、ズルズル……!
その近くを、更に気味の悪い生き物が這い回る。蛇のように細長く、それでいて女性のようにも見える、不可思議な生命体が、身体をグネグネとくねらせて、境内で蠢いているのである。
そう、ここは曰くの地。禁忌の領域。何者も立ち入るべからず、そういう場所だ。
『………………』
そんな忌地に、平然と降り立つ謎の影。“彼女”は社の「封」を遠慮なく剥がし、中の釜を解き放つ。
『さぁ、始めようか』
そして、蛇の化け物に襲われる前に、忽然と姿を消した。
◆◆◆◆◆◆
『平和やな~♪』『ビバリ~♪』
釣果を入れるには大き過ぎる生け簀に、祢々子とビバルディが浮いていた。最初は真面な大きさだったのだが、釣りに飽きた二人が穴を広げ、即席のプールにしたのである。余談だが、釣果は全部彼女らの胃袋に収まったので、生け簀の中は空だ。
『……お前は何時でもその調子だな』
と、そんな二人を見下ろしながら、今日も今日とてめげずにやって来た竜宮童子が呟いた。こいつも懲りないな。
『童子くんも懲りないな~』『オビバ~ン』
『喧しいわ』
そう言う本人も薄々勘付いているのかもしれない。
『つーか、もう釣り終わってるのに、何でまだ川に居るの? ここの魚まで食い尽くす気なのか?』
『うっ……!』
そこを突かれると、祢々子にとっては痛かった。彼女は過去に竜宮城の水域で多くの魚を食べ尽くし、幾つかの種類に至っては絶滅させているのだ。竜宮童子が派遣されたのも、これが理由である。
『まぁ、暇を持て余しているのは分かった。……なら、オレに付き合えよ』
『えっ……!?』『ビッ……!?』
突然の竜宮童子からの提案に、祢々子とビバルディはビックリ仰天した。自分を目の敵にしている相手にデート(?)のお誘いをされたのだから、驚いて当然だろう。
『ええよ~、行こ行こ~♪』
しかし、彼と仲良くしたいと思っている祢々子は、あっさりと信じて付き合う事にした。以前、母親の禰々子が突撃してきた事も影響しているのかもしれない。
という事で、三人は仲良く何処かへと旅立って行った。
その後、暫くして、
『……おや、竜宮童子じゃないか。何時もの痴話喧嘩はどうしたの?』
『喧しい。……なぁ、あいつら何処行ったか分からないか? ここに匂いは残ってるんだけど……』
『匂いとか、や~らし~』
『重ねて喧しいわ』
通りすがりの呵責童子と、
『うーん、普段はここか
『普段は家に居る筈の呵責童子に目撃される程だらけてるのかあいつは……』
『今日も朝に通りすがった時には居たんだけど……気でも変わったのかな?』
『………………』
呵責童子の言葉に、竜宮童子は考える。確かに彼の言う通りかもしれないが、祢々子は竜宮童子と会う事を楽しみにしている節がある。禰々子河童もそんな事を仄めかしていた。祢々子の生前に付いても思う所がある。
『……ちょっと探してみるか』
『暇だし、手伝おうか?』
『頼む』
『嫌に素直だね……』
そういう事に為った。
◆◆◆◆◆◆
峠高校、屋上ラボ。
《
「誰からだ?」
《それは開けてのお楽しみ~♪》
「そりゃあ、そうだが……げっ、
「えー」
「えーじゃない、解体するぞ」
「脅迫ですらないな……」
説子が、動いた。
◆◆◆◆◆◆
深い深い山奥にある、寂れて久しい、とある神社。参道の石畳も階段も、鳥居や地蔵ですらも苔に覆われており、元の色が何だったのか、定かではない。見捨てられてから、相当な年月が経っているのだろう。歩くだけでも危険なのだが、それを抜きにしても、昼間だと言うのに薄暗く、空気が常に重苦しく冷たいなど、かなり雰囲気のある場所だった。如何にも出そうな感じ。
『何処に行くのかと思ったら、白昼堂々と肝試しとか、童子くんも随分とはっちゃけとるな~』『ビバビ~』
『………………』
そんな見るからに悍ましい神社に、祢々子たちは訪れていた。人間だったら確実に呪われそうだが、自分たちが妖怪だから大丈夫、という感覚なのかもしれない。
『ここって、どういう曰くがあるん?』
だからなのか、話題も自然とそういう方向に傾いていた。
『又聞きした話によると、昔は釜で吉兆を占っていたらしいぞ。良い事がありそうだと釜が鳴り、反対に悪い事が起きそうだと釜が震えるんだそうだ』
『へぇ~』『ビバ~』
『興味無さそうだな……』
聞いておいて毛虫を苛める祢々子とビバルディの態度に、竜宮童子は若干眉を顰めたが、彼女たちは気にも留めなかった。こういうパリピ、居るよね。こいつらの場合は単にお頭が悪いだけかもしれないけど。
『それなら、何でこんな寂れてるん?』
『さぁな。管理者が何かやらかしたんじゃねぇの? だけど、その時に使われていた吉兆の釜と、
『守り神?』
『蛇神系統らしいな。んで、訪れた人間を祟るらしい』
『よくそんな場所に行く気になったな~』
『お前に影響されたのかもな』
『そ、そうなんや~』『ビバップゥ~』
祢々子、ちょっと嬉しそう。冷静に考えれば、おかしいと気付きそうな物だが、
『ほぁっと!?』
すると、余所見をしていた祢々子が、足を滑らした。苔で滑落とか、それでも河童か。
『馬鹿か……』
『た、助かったわ~』
だが、竜宮童子が寸前で手を伸ばし、事無きを得る。その王子様みたいな活躍に、祢々子が珍しく頬を染めた。
『ほら、行くぞ。放すなよ』
『う、うん……』
さらに、そのまま手を繋いで、神社の境内までエスコート。
(あー、前にもこんな事、あったような気がするな~。……何処でやろ?)
一瞬、彼女の脳裏に懐かしい感覚が去来した。何時か何処かで、誰かと同じような事をしていたような気がする。
しかし、それが何を意味するのかが分からない。それはまるで、儚い夢のようだ。
だから、祢々子は考えるのを止めた。それよりも今のハートフルに身を任せる方が建設的だろう。そう判断したのである。
『おっ、着いたぞ』
そうこうしている内に、三人は神社の境内へ辿り着いた。
『うわぁ……』『ビバァ……』
境内は、何と言うか、予想通りに荒れ放題だった。社は朽ち果てているし、石灯籠や石畳は苔生していた。
『……何やこれ?』
だが、不自然な部分もある。苔の一部が変に削り取られている。まるで、野太い縄が這ったように――――――蛇が、這い回ったように……。
『蛇神、か?』
と、その瞬間。
――――――ざわざわざわっ!
森が鳴いた。空気が震えた。温度が下がり、湿度が上がる。光が閉ざされ、小鳥の囀りさえ聞こえなくなって、生温かい風だけが吹き抜けた。
『………………!』
何かの、気配がする。人間でなくとも分かる。これは、ヤバい。
『ど、童子くん……』
妖怪ながら恐怖を感じた祢々子が、童子に声を掛けようとした、その時。
「「………………」」
『………………ッ!』
気付いたら、本殿の前に見知らぬ少女が二人立っていた。青紫色のお河童頭をした、オッドアイの美少女たち。瓜二つの顔立ちからして、おそらく双子だろう。服装からして、巫女なのかもしれない。
一体何処の……否、決まっているだろう。
それは――――――、
◆◆◆◆◆◆
彼女たちは由緒正しき巫女の一族で、聖なる釜をご神体とした社を代々守って来た。音と振動で吉兆を伝える釜によって民衆を導き、麓の町を守護してきたのだ。
しかし、時代の流れと言うのは残酷な物。愛歌と聖歌の代になる頃にはすっかり寂れ、誰からも忘れ去られていた。今時、占いを信じる者など居ない。確かな恩恵があったとしても、都合の悪い事には目を瞑ってしまうのが人間である。
だが、かの一族も黙っていた訳では無い。というか、むしろ盛大にやらかしていた。自分たちを蔑ろにし始めた麓の住民に呪いを掛けたのだ。
否、正しくは「呪物」を作り上げ、差し向けたのである。
それは、処女を生贄に捧げる、邪悪な儀式。血縁者全員に犯させた上で、蟲毒により生まれた蛇の魔物に食わせるという、非常に悍ましい遣り方であり、供された少女は生きながらに魔物と化すのだという。実に時代錯誤な密議だ。冷静に考えて、恨まれる対象は儀式を執り行った人間だというのに。
しかし、インチキ扱いされ、普通に怒ったら逆切れされた挙句、実質村八分になった一族は、既に気が狂っていた。先祖から釜と共に受け継いだ、意味不明な呪術を本当に実行してしまった。
――――――愛歌を、聖歌の目の前で輪姦したのである。
そう、二人が仲良しなど、真っ赤な嘘。聖歌は愛歌を愛してなどいなかった。
否、否、この言い方は違う。聖歌は愛歌を愛していたからこそ、憎んでしまったのだ。愛歌は一族でも特別優秀な霊能力者であり、聖歌は幼い頃から比較の対象とされてきた。家族で唯一自分に優しくしてくれる姉を尊敬し、慕ってもいたが、同時に疎ましくも思っていた。
だから、やってしまった。ある日見付けた太古の呪術を、狂った家族に提供し、愛歌を生贄にしてしまった。
もちろん、裏切者の末路など決まっている。聖歌は、
こうして、二人の姉妹は一つに成った。大嫌いで、大好きな、歪で悍ましい愛が、遅ばせながら成就した瞬間だった。
―――――――シューッ! シューッ!
そんな哀れな姉妹の訃報にして吉報を、ご神体の釜が喝采していた。心なしか、嗤っているような気もする。
◆◆◆◆◆◆
「フフフ……』『きゃははははは!』
そして、二人の巫女――――――愛歌と聖歌が、紐のように捩れ、螺旋を描きながら、注連縄の如く一つとなる。
『シャアアアアアッ!』
忌べき習わしが、蜷局を巻く。左半身が愛歌で右半身が聖歌という、半人半蛇の妖怪である。
『な、何や、こいつ!?』
『「
「姦姦蛇螺」とは呪いの産物で、女の恨みが実体を持った存在。霊力の高い女性と大蛇が融合する事で誕生すると言われており、その出自故に半人半蛇の姿をしていて、見た者に死の呪いを振り撒くという。
まぁ、実態は妖蛇の頭部が食らった獲物の上半身に変形し、疑似餌の如く振舞っているだけなのだが。この時点で射川姉妹の意識は完全に死んでいると言える。
◆『分類及び種族名称:蛇神超獣=
◆『弱点:ピット器官』
『シャアアアアアッ!』
ズリズリズリと身体をくねらせながら姦姦蛇螺が急接近し、一瞬で祢々子たちの周囲を長い胴体で取り囲み、絞め殺そうとしてきた。
『ひゃあっ!』『ビバー!』『………………!』
だが、身体能力に優れる三人を捕らえる事は出来ず、祢々子たちは素早い跳躍で円環を抜け出す。
しかし、その一撃で十数本もの野太い木々の束が、殆ど何の抵抗もなく捩じ切られた。枯れ木や朽ち木ならともかく生木を、しかもフィジカルだけで潰し切るなど、尋常ではない。
『に、逃げよう、童子くん!』
たった一合で祢々子は確信した。こいつは刑天同様、並みの妖怪とは一線を画す存在だと。正面から戦えば、ロクな抵抗も出来ず、一捻りにされるだろう。
だので、祢々子は直ぐ様戦略的撤退を竜宮童子に促したのだが、
『逃がさないよ?』
『えっ……?』
振り向いた時の彼は、底冷えする程に恐ろしい笑みを浮かべ、稲妻を宿した大銛を振り下ろそうとした。
『止め――――――がっ……!』『え、えっ!?』
『チィッ!』
だが、間一髪でもう一人の――――――否、
今の竜宮童子は、どう見なくても致命傷だ。
『え、ぁ……えっ? どういう事なん? 童子くん、起きて……起きてぇな!』
祢々子は訳が分からなくなっていた。さっきまで色々と気遣ってくれていた竜宮童子が豹変し、その上、別の竜宮童子が現れ、自分を庇って斃れた。意味不明である。
『邪魔しやがって! 今度こそ死――――――』
『許すかボケェッ!』
さらに、追い打ちを仕掛けようとする竜宮童子のようなナニカを、次いで現れた呵責童子が殴り飛ばした為、今度こそ祢々子は思考が停止した。もう、どうにも動けない。心と身体が別離し、現実を受け入れられなくなっているのだろう。
何だ、これは。誰か説明してくれ。
『シャアアアアアッ!』
しかし、時間も現実も待ってくれない。竜宮童子を抱いたままフリーズした祢々子に、姦姦蛇螺が襲い掛かる。
『駄目だぁ!』
「何時までボーっとしてやがる!』
だが、変身したビバルディと、何故か駆け付けて来た説子が邀撃したので、どうにか助かった。
『まったく、“最近、封じられてきた良くない物が次々と解き放たれているから、現地調査して欲しい”って言うから来てみれば……やっぱり、怪奇卿の依頼なんてロクな事に為らんなぁ!』
姦姦蛇螺を睨み付けながら、説子が悪態を吐く。怪奇卿なる旧い知人からの依頼で、偶然居合わせたのだろう。一体誰が何の目的で“こんな事”を仕出かしたのかは不明だが、そんな事を言っている場合ではない。事件が起きているなら、解決しなければ。
『ハァッ!』
姦姦蛇螺が次の行動を起こす前に、説子が爪で切り掛った。
『チィッ!』『ドララララララッ!』
しかし、姦姦蛇螺の鱗は想像以上に硬かった。金属すら切断してしまう説子の爪を弾くとは、相当な強度である。ならば溶断してしまえと爪を白熱化させて再度挑み、ビバルディもそれに続くが、それでも刃が立たない。蛇神は製鉄や鍛冶職に関りを持つ事が多いので、元より鱗が硬いのだろう。
(それに、この鱗の隙間から漏れ出る液体は……毒か)
しかも、姦姦蛇螺は口のみならず全身の至る所から蛇毒を撒けるようで、僅かな傷でも致命的と言える。ついでに気化し易い性質も有しているらしく、この浸透力が強い毒こそ、呪いの正体なのかもしれない。
『だったら焼き尽くしてやらぁ!』
すると、接近戦を早々に諦めた説子が、姦姦蛇螺に熱線を浴びせ掛けた。幾ら硬かろうが、超合金さえ蒸発させる超高温のエネルギー攻撃の前では、流石に成す術も、
『……ジュラァッ!』
あった。
姦姦蛇螺は熱線が直撃する前に自ら水分を放出し、乾眠状態に陥る事でやり過ごしたのだ。さっき白熱化した爪が効かなかったのも、含水率を自由自在にコントロール出来る能力による物だろう。
その上、電気分解した水素を体内に圧縮して留めておく事も可能らしく、大きく息を吸い込むだけで水を生成し、僅かなタイムラグで元通りになれるようだった。はてさて、どうしたものか……。
『説子ちゃん、
『………………!』
と、ビバルディが合図をして来た。説子は黙って頷く。
『キシャアアアアアッ!』
姦姦蛇螺が猛毒を極太のブレスとして放って来た。この一撃で決めるつもりだろう。
『今!』『おう!』
『『ゴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』』
すると、
『ウグギギ……ギャアアアアアアアアアアアアアアアッ!』
流石の姦姦蛇螺も、攻撃中かつ二本分の熱線を受け切れる筈はなく、猛毒ブレスを押し返された上で、社諸共消し飛ばされた。一族の負の遺産も、姉妹の歪んだ愛も、一瞬にして永遠に失われたのである。儚いね。
◆◆◆◆◆◆
一方、偽竜宮童子と呵責童子はというと、
『オラオラオラオラオラオラァッ!』
『ぬぅ……!』
呵責童子の方が押していた。偽物は本物と違って使い慣れていない大銛を持て余しており、ロクに反撃出来ていないようだ。
『くたばりやがれ――――――』
『面倒だぁああああああああ!』
『うおぁっ!?』
だが、正体を隠す意味も無く、使え熟せない武器を持っている必要も無くなった偽物が、本来の姿を取り戻した為、呵責童子は攻撃を中断した。というか、何処からともなく飛んできた釜が、彼の後頭部に直撃し、吹っ飛ばしたのである。その隙に偽物が本性を現す。
『フォァアアアアッ!』
それは、単眼の巨人だった。五メートルを超える身長に筋骨隆々の体格、影とも靄とも言い難い分厚い毛皮、闇夜に光る一つ目。まさにギガントと呼ぶに相応しい姿だ。日本妖怪とは?
◆『分類及び種族名称:
◆『弱点:眼』
『「釜鳴」か!?』
釜鳴とは、吉兆を占う伝説の器物「温羅の鳴釜」が付喪神となった存在である。
鳴釜は、紀元前の古代吉備地方に居たとされる鬼神「温羅」が、吉備津彦命(後の孝霊天皇)によって討ち取られ、その首が釜になったとも、恨みを鎮める為に使われた釜が神器と言われている。
しかし、時の流れとは残酷な物で、どんなに優れた道具もやがては古ぼけ、魔物と化す。それが付喪神という妖怪たちだ。中には無害な奴も居るが、大抵は凶暴で凶悪であり、夜な夜な動き出しては人に害を為す。故に昔の人々は使い古した道具を懇ろに供養し葬ってきた。
だが、昨今の世の中は、やれリサイクルだのエコロジーだのと騒いでいるが、結局は物を粗末にしているので、こうした化け物が現れるのは必然なのかもしれない。
ちなみに、温羅の鳴釜はきちんと現存しており、伝承の釜鳴も目の前の個体も、単なる釜のお化けに過ぎなかったりする。言ってしまえば他人の空似、贋作である。
まぁ、偽物だからと言って、弱い訳では無いのだが。
『フォオオオオオッ!』
釜鳴が雄叫びを上げながら動き出し、それに合わせて古釜も宙を舞う。ファン○ルかよと言いたくなる事請け合いだが、事実そうだから困る。
『フォァアアアッ!』
『危な……ぷぁっ!?』
『フォオオオオッ!』
『ぶぺらぁおぅっ!?』
こんな風に、釜鳴の攻撃を避けても、死角から釜が飛んで来て、不意打ちを食らってしまうのだ。
それだけなら良いのだが、怯んだ所に釜鳴の剛腕が追撃として飛んで来る為、尚の事質が悪い。特大の一撃を貰うよりも、こうしたチマチマしたダメージの方が、“この程度なら”という思い込みのせいで蓄積し易いのである。
現に呵責童子は、さっきから拳をどうにかしようとして、飛び交う釜に頭を叩かれている。かと言って釜に対処しようとすると、今度は釜鳴に好き放題される。本当に面倒な攻め方だ。
『この――――――』
『ブヴァアアアア!』
そして、ダメージの蓄積で意識が朦朧とし始めていた呵責童子は、釜鳴と古釜のダブルラリアットにより、完全にダウンした。彼はもう戦えないだろう。
『フォァアアアアアッ!』
と、釜鳴が次なる獲物にして、食い損ねていたご馳走――――――祢々子に襲い掛かる。
『……クァッ!』
しかし、本当に怒っているのは、彼女の方だった。俯いて見えなかった眼が吊り上がり、口に鋭い牙が生え、手足の鈎爪が露わになっている事からも、それが分かる。
というか、眼の色が完全に変わっていて、緑色の白目に赫い瞳に成っている時点で、何時も以上に怒り狂い、ブチ切れているのが、釜鳴でさえ嫌と言う程に理解出来た。
『キシャアアアアアアッ!』
そして、釜鳴の放って来た古釜を、既に動かぬ竜宮童子を抱きかかえながら躱して見せる。刑天と戦った時とは明らかに反応速度が段違いだった。それだけ激昂しているのだろう。
『キィィイイイッ!』
『ギャヴォオオオオオオオオッ!』
さらに、本能的に恐れを為した釜鳴の右拳を、祢々子は真っ向から切り裂き、ターンして来た古釜を裏拳で砕いて、悪足掻きの左フックすら避け切ってから、釜鳴の胴を薙ぎ払い、引き千切った。色々な中身を零しながら釜鳴が崩れ落ちる。
『グゥゥゥ……!』
それでも、釜鳴は死に切っていなかった。最早助かる見込みは無いと分かっていても、必死に動いていた。
『………………』
そんな釜鳴を恐ろしい眼で見下ろした祢々子は、
『――――――ゥガアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』
『ギャアアアアアアアアアアッ!』
感情任せに拳を振り下ろし、釜鳴を殴り殺した。その一撃で地盤ごと吹き飛ばし、境内の全てをクレーターに変えた。
『ビバ……』『祢々子ちゃん……』「………………」
全てが終わった後、ビバルディたちが心配そうに祢々子へ寄り添う。
『同じや。……もう、何にも残ってへん』
祢々子は、もう動かない竜宮童子を抱きしめたまま、慟哭した。それは朝までも、昼間でも、夜までも続き、止む事は無かった……。
◆◆◆◆◆◆
……深い深い海の底、闇の淵。
『許さぬ……』
その女――――――乙姫は激怒した。
かの無知蒙昧なる祢々子河童を、自らの手で地獄へ堕とさねばならない。
何故なら、奴はこの世でも最も愛する、
だからこそ、もう許さぬ。徹底的に報復する。
そう、これは聖戦であり、復讐なのだ。
『立て、我が
『グヴォッ!』『グガァッ!』『キシャァッ!』『グギャヴォッ!』『クカカカカッ!』『ヴルァッ!』『カァァヴォッ!』『クァッ!』『キィィッァッ!』『ギギャアアヴッ!』『カァアアアアッ!』『ヒュルァッ!』『ゴフゥゴフゥッ!』『ブボボボヴッ!』『ブルヴァァッ!』『バヴォオオオッ!』
今、地上最大の決戦が始まる。
『そうだよな。泣き寝入りは良くないよな、
誰かの嘲笑が、渦潮に消えた。
◆◆◆◆◆◆
同時刻、峠高校の屋上。
《フフフ~ン♪ いよいよだねぇ~♪》
《その通りだ、我が分身!》《良いぞ、よく言った、負けぬ犬担当!》
《喧しいぞゴラァッ!》
否、彼女は独りではない。ディヴァ子は
《さぁ、いよいよ決行の時だ!》《長きに亘る苦難の日々も、これで報われる!》《“南から来た敵”よ、大いに利用させて貰うとしよう!》
悪魔とは、
しかし、
だからこそ、鬼の居ぬ間に決行するのだ。とある情報筋から手に入れた、確かなネタを頼りに。
《我ら、極東の三賢者なり!》
そう、これは自由への進撃。邪な神への反逆である。
そして、本日吉日今日この日、東北地方閻魔県は未曾有の大災害に巻き込まれるのであった。
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