第24話「森の雄叫び」

 ――――――ざわ……ざわ……!



 森が騒めく。



 ――――――ズザザザザザザッ!



 森がどよめく。



 ――――――ヒュヴィィイイイイヴヴヴヴヴヴゥッ!



 森が轟く。


『何々!?』『何事や~?』『オビバー!?』


 屋上の森が雄叫びを上げる。

 それは虫の知らせか、それとも……。


『グルルルル……!』


 そして、居る筈のない何かが動き出す。


 ◆◆◆◆◆◆


 ここは閻魔県要衣市古角町、峠高校の屋上ラボ。


「森がおかしいだぁ?」


 祢々子たちからの報告を聞いて、里桜が面倒臭そうに返す。


「おかしいのは何時もの事だし、妖怪のお前らが言うのもどうなんだよ?」

『それはそうやけど~』『ビービバン!』

『そういう問題じゃないです! 全く見覚えの……いや、聞き覚えの無い声が毎夜轟くんですよ! 煩くて仕方ない!』

「ただのクレームじゃねぇかよ」


 そんな事は里桜の管轄外だ。


「まぁ、色んな奴らを適当にぶち込んでるからな。雑種でも出来たか?」

『流石にこの短時間では……』


 里桜の適当な意見に、お白様が物申す。


『これでも、私が移住してから入って来た子たちは全部把握してますけど、誰かが誰かとどうこうした様子はないですね』

「何気に凄いな、お前……」


 里桜からしても気持ち悪いぐらいの記憶力である。流石は馬の世話を長年していただけの事はある。


「じゃあ、外から入って来たんかね?」

屋上ここのセキュリティってそんなに甘かったっけ?」

「来る者は拒まないからな。来た者は逃がさないけど」


 人はそれを罠と言う。


「……そう言えば、実地調査なんてしてないなぁ」

「マジで適当なんだな」

「生け簀みたいな物だし、仕方ないだろ。……ったく、しゃーないな。少しくらい調べてやるか」

『『わーい』』『ビバル~ン♪』


 そういう事になった。


 ◆◆◆◆◆◆


 そんなこんなで屋上の森林エリアにやって来た訳だが、


『探検、冒険、らんらんる~♪』『オビバンビ~♪』

「楽しそうだね、君たち」


 メンバーが非常に頼りなかった。里桜と説子はまだ分かるけど、残りが祢々子、お白様、ビバルディとか、凸凹チーム感が半端じゃない。せめて鳴女たちが居てくれたら、と切に思う。


「とりあえず、「ぴしゃがつく」「鎌鼬」「波山」と……入れ覚えのある連中は居たな」

「他にも訳の分からん奴もいっぱい居たけどな」


 一先ず、把握している連中は居た。どいつもこいつも、思い思い好き勝手に生きている。特に成体の波山は完全に森の恐竜だ。それ以外にも迷い込んで居付いた妖怪らしき物や、実験で作った合成獣なんかもうろついている。まさに魔境である。

 とは言え、知らぬ顔は居らず、わざわざ問題を起こすような馬鹿も居ない。騒いでもロクな事に為らないと知っているのだろう。


『うーん、この辺りには居ないのかし……らぁっ!?』

『クキキキキッ!』


 だが、生命の営みとなれば別の話。目の前を・・・・通りすがった・・・・・・獲物を逃す・・・・・義理は無い・・・・・


『た、助けてー!』『キシャアアアッ!』


 枝からぶら下がっていたナニカに掬い上げられるお白様。


「馬の生首?」


 それは一見、巨大な馬の生首に見えた。


「いや、違うな」


 しかし、馬頭に思えた物体は、見る見る内にキチキチと展開し、全く別の生物へと変じる。


『クキキキ……ホィルァアアアッ!』


 それは翅の生えた、巨大な蜘蛛だった。

 ベースはコガネグモ類に近いが、頭胸部から四枚の翅が発生し、前脚がテリジノサウルスのような鉤爪の付いた“手”になっているなど、かなりの違いがある。何より蟹より、大きさが段違いだ。展開前でも馬一頭分、展開後に至っては二頭分はある。擬態と言うにはデカ過ぎるが、これも何かの役に立っているのだろうか?


「なぁにこれぇ?」

「「さがり」だな。妖怪を含む馬の天敵さ」


 「さがり」とは、岡山県や栃木県に出没する、木の枝からぶら下がる馬の生首である。

 生前、人間に酷使された馬の怨霊が化けて出た物と言われており、これに出遭うと熱病に罹ってしまうのだが、何故か馬が同伴しているとそちらが死んでしまうという、謎の特性を持っている。

 まぁ、実際は御覧の通り、馬肉が好みなだけの化け蜘蛛なのだが。



◆『分類及び種族名称:煽動超獣=さがり』

◆『弱点:複眼』



『た、食べないで下さ~い!』

「「それは無理って物だろ」」

『いやいや、助けて下さいよ~!』

「仕方ないなぁ……説子さん、やっておしまい」「ゴヴォオオオオオッ!』

『ヒァッ!?』『あつーい!』


 とりあえず、お白様ごと燃やしておく。焙る程度だから大丈夫だろう、たぶん。


『ホィイイイイイルァッ!』


 と、食事を邪魔されたさがりが、翅を扇動させながら、説子目掛けて突っ込んできた。森の中では邪魔にしかなりそうもない翅は、その実相当な切れ味を持っているようで、掠っただけで枝草が舞い、通り過ぎた後には無数の切り株が残されている。

 しかも、発電能力まであるらしく、動く度に蓄電されていき、身体の各所に雷光を纏い始めている。そうして電荷を蓄積させる程に動きが素早くなり、やがては稲妻のスピードで走り出す。一筋の閃光を残しながら縦横無尽に動き回る為、実に攻撃を当て難い。雷神涙目。


『ホィィイイッ!』


 さらに、腹部を強く震わしたかと思うと、先端から帯電した糸を放ってきた。その威力は、当たった木々が一瞬で燃え上がる程。生物が食らったら、麻痺する前にローストされるだろう。


『調子に乗るな』

『ヒィイイン!?』


 だが、遠確かにスピードは速いものの、動きは直線的かつ単純であり、捌くのは難しくない。


『ホォオオオオン!』


 すると、さがりが今まで震わせていただけの翅で舞い上がり、空中からダイブしてきた。地上で通り魔をしているだけでは敵わないと判断したのだろう。


『チッ……!』


 こちらも単発攻撃である事に変わりはないが、スパンが非常に短く、急降下と急上昇を間断なく繰り返して食らわせてくるので、非常に反撃し辛かった。


『………………!』


 その上、カマイタチを巻き起こしているのか、避けても防いでも、知らぬ間に細かい傷を付けられる。スパッと切れている為、傷を受けた事に気付き難く、その割には血が流れるので、結構な勢いで体力を持っていかれる。中々に厄介な攻撃である。

 ならば、こちらも飛ぶまでだ。


『ハァッ!』

『クァッ!?』


 急降下してきたさがりの前脚と頭を踏み台に、説子は更なる高みへと躍り出た。


『ドルァッ!』

『ヒィイン!?』


 そして、痛恨の一撃で叩き落し、すかさず畳み掛ける。左前脚が千切れ飛び、両前翅が壊れ、幾つかの眼が潰れる。血飛沫が舞い、馬の嘶きのような悲鳴が上がった。


『オラァッ!』

『ヒィヒヒィイイイン……!』


 最後は袈裟斬りで止めを刺され、さがりは斃れた。馬鹿たれ馬刺しレンコンめ。


『……いや~、知らん子やったな~』『ビバビッ!』『確かに……って言うか、黙って見てたよね、二人共?』


 森住い組からしても知らない子だったらしく、大いに戸惑っている。


「――――――つーか、さがりって岡山の妖怪じゃねぇか」

「迷い込んだ……にしては遠過ぎるよなぁ?」


 これもやはり、人為的な導入なのだろうか?


「いや、それよりも……」


 しかし、今はそんな事に構っている時ではないだろう。何せ、“声の主”は未だに見付かっていないのだから。


 ◆◆◆◆◆◆


 その後、進み続ける事、暫く。


「……流石にこれには気付くべきだったかな?」

「あからさまだもんな」


 そこに生えていたのは、大きな大きなえんじゅの木。植えた覚えも、移した覚えもない。というか、例え自生していたのだとしても、たった一、二年で十五メートルを超える大木にはならないだろう。


『………………』


 すると、木の陰から、不思議な子供が現れた。髪の毛が木の葉になっており、葉っぱを寄り合わせた一張羅を纏っている。一見すると人間に思えるが、こんな魔境で暮らしている以上、人外に他ならない。


『え、えっと、どうしたのかな、ぼく~?』


 と、一番お姉さん味のあるお白様が、現れた子供に話し掛ける。対する子供の反応は、


『ギャヴォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』

『ひょわぁっ!?』


 とんでもない大咆哮だった。その音圧は衝撃波を発生させる程。こいつは間違いなく物の怪である。


『グルルルル!』


 さらに、子供の身体から無数の蔦が伸び、その姿を変じさせていく。


『グヴヴゥゥゥ……ヒュヴィィイイイイイイヴヴヴヴヴヴッ!』


 やがて正体を現したそれは、不気味な怪物だった。

 ゴムのような緑色の皮膚に全身が覆われ、上半身は人間に、下半身は肉食恐竜に近い構造を持つ、四脚獣。腕や脚が異常に長く、それを支える指も細長い。目のない顔はヘルメットを目深く被ったようで、頭頂部には立派な一本角を生やしている。口には鋭い牙が並び、手足の爪や背鰭も鋭利な刃となっていた。

 全体的に悪魔然とした、知性の無い本能的なタイプの宇宙生物を思わせる姿をしている。

 なるほど、これは確かに“妖しい怪物ようかい”だ。


「木の妖精?」

「というより、「山彦」だな、こりゃあ」


 「山彦」とは、山に向かって叫ぶと声が反響して返ってくる、あの現象を引き起こしていると言われている妖怪である。黒っぽい動物の姿をしているとされ、その正体は木の精霊だという。


「声の正体はこいつか。見た所、身体の構造は動物というより植物に近いようだが……」


 里桜の透視によれば、動く植物・・・・のような存在らしい。木に吸い上げられていただけの水神とは、また別のようだ。



◆『分類及び種族名称:木霊超獣=山彦』

◆『弱点:角』



『グルァッ!』


 山彦が猛烈な勢いで迫ってきた。質感や四肢の長さは違えど、その動きはヒヒ類に似ている。

 どう見ても霊長類ではないし、もっと言えば動く植物なので、単なる他人の空似であろうが、何れにしろ巨体に見合わぬ高速移動を可能にしている点では脅威に他ならない。

 しかも、全身の至る所に切れ味の良い刃が並んでいる為、擦れ違うだけも切り裂かれてしまう。


『シャアアアッ!』


 だが、当たらなければ、どうという事も無い。素早いのは説子も一緒であり、むしろ上回っている為、避けるのは簡単だ。

 さらに、“ゴムのような皮膚”で、かつ植物である為、火に弱い筈。説子にとっては、かなり優位な対戦カードである。


『ゴォオオオオッ!』

『……グルヴァッ!』

『何ッ!? ぐぁっ!』


 しかし、そうは問屋が卸さなかった。確かに説子の火炎により、多少焦げ目こそ付いたが、山彦に大したダメージは無く、そのまま反撃してきた。


「生きてる植物ってのは、動物よりよっぽど燃え難いんだよ、馬鹿」


 そんな説子の有様に、里桜が冷ややかにアドバイスする。

 そう、樹木は本来、かなり燃え難いのだ。豊富な水分と燃焼の際に発生する“炭化層”により、内部まで熱が殆ど伝わらなくなるのである。あくまで燃え易いのは、カラカラに乾いた古い木材だけだ。

 その上、山彦は再生力にも優れているらしく、役目を終えた炭化層が剥がれ落ち、直ぐに新しい皮膚が形成されるので、実質的に火炙りにするのは不可能に近いだろう。可能性があるとすれば、熱線で瞬時に蒸発させるくらいだろうが、動きの素早い山彦に当てるのは難しい。

 はてさて、どうした物か。


『――――――ホヴィイイイイイヴッ!』

『………………ッ!』


 だが、悩む時間を、山彦は与えてくれない。岩がひび割れる程の大音量で雄叫びを上げ、耳の良い説子を怯ませると、回復の暇を与える事なく、フリスビーの如く回転しながら彼女を跳ね飛ばした。当然、説子は全身がズタズタである。

 しかも、反響した音の衝撃波が後から後から説子を襲い、不時着する頃には見るも無残な“壊れたマリオネット”に変えてしまった。スプラッタ映画でも、ここまで酷くはならないだろう。

 ついでに音波で神経も乱されているのか、再生機構が上手く働いておらず、何時までもそのまんまだ。果てしなくグロい。

 指向性があるとは言え、ただ音の塊をぶつけるしか能のない頽馬風とは違った、まさに音のプロフェッショナルと言える御業である。


「仕方ないな」


 そして、観察を終えた里桜が、ようやく重い腰を上げた。


『グルルルッ!』


 早速、山彦が襲い掛かる。今度は自らをタイヤのように転がす、死のローリングアタックだ。里桜は跳んで躱した。


『グヴェァアアアアアアアッ!』


 避けられたと見ると、山彦は直ぐ様停止し、逃げ場のない空中に居る里桜へ咆哮を浴びせる。


「キァアアアアアアアアアッ!」


 しかし、攻撃パターンを見破っている里桜には通じない。即座に放った反音で相殺されてしまった。


「……うぉっ!?」


 ――――――かと思いきや、里桜の横面を音の塊が殴り付けた。山彦は掻き消される事を読んで、音域を微妙に変えていたのである。これぞ妖怪らしい、高度な知性の成せる業だろう。


「野郎!」

『グヴォォォン!』

「チッ、防ぎやがったか」


 さらに、里桜が反撃として放った目からビームを、山彦は音の壁で防いでしまった。光も立派な“波”なので、大気の変化に影響を受けるのだ。見えてからでは遅いので先読みは必要だが、山彦は見事に完遂している。極僅かなチャージ時間のみで判断を下すとは、恐るべき知性である。

 これは、山彦の脅威度を上方修正する必要がありそうだ。


『カァァァ……ギャヴォオオオオッ!』



 ――――――キィイイイイイイン!



 と、山彦が光を伴う吸引を行ったかと思うと、口から細い帯状の光線を吐いてきて……里桜の右腕をスッパリと切断した。爆発を伴う殺戮パンチを放ち、妖怪の爪や拳を受けても傷1つ付かない、悪魔的な彼女の腕が、である。


「これは……収束した超音波のメスか。音柱とでも呼んでやろうか」


 そんな驚愕の事実を前にしても、里桜は何処までも冷静だった。たった1発見ただけで相手の特性を看破するとは、流石だと言いたい所だが、果たして勝てるのだろうか?


『カァアアアッ!』

「目からビーム!」


 だが、これにも里桜は対処して見せた。ビームで音の通り道を捻じ曲げたのだ。たぶん、さっきの意趣返しだろう。良い性格をしている。

 しかし、飛び道具が封じられただけに過ぎず、山彦にはまだ肉弾戦があるし、隙を見て撃ち込んでもいい。勝負はこれからである。


『グルヴォオオオオッ!』


 山彦が凄まじい咆哮を上げ、身体に熱を灯す。身体も心も熱くする事で、身体能力を上げたのだろう。縦に、横に、全てを八つ裂く光輪となって襲い来る。森も大地も、ついでに説子もズタズタとなって、細切れにされていく。


「……良いだろう。少しは本気マジってやる』


 そして、その猛攻を前に、里桜が遂に本気を出した。しょうけらも恐れを為す、大悪魔の姿に変身する。


『ガァァギィィィングヴゥン!』

『グルヴォァ……ッ!?』


 さらに、高速回転しながら突っ込んで来る山彦を、里桜は真正面から力尽くで押さえ付け、そのまま破壊光線をお見舞いする。山彦の四肢が吹き飛び、上半身と下半身が生き別れとなった。


『カァァァオォォォ……!』


 それが止めとなったのか、山彦は光の粒子となって消え失せた。


「やったのか?」

『それはフラグだから止めとけ」


 だが、完全に滅びたのかは分からない。山彦は木の霊。つまり、木がある所なら何処にでも現れる可能性がある。それに、


「あの山彦が最後の一匹とは思えないからな」


 こうして、森の雄叫びは閉ざされたが、未来への不穏を残しつつ幕を閉じた。


「……流石にお痛が過ぎるぞ?」


 里桜が、虚空へ向けて呟く。







『お前が言うな』


 何処かで誰かが答えた。

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